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異世界での過ごし方  作者: 太郎
異国
68/130

66

エリム村に一軒だけある宿屋の昼食時の混雑がひと段落した店内で、給仕係の少女が食器を片付けていた。


「ユリ、食器の片付けが済んだら夕食用の食材を取りにいってきてくれないか」


少女の仕事の進み具合を横目で確認した店の主人が声をかける。


「うん、えんどう豆を貰ってくればいいんだよね」


食器棚の扉を閉めながら少女が元気に返事をする。


「ああ、頼むよ」


「じゃあ行ってくるね。お父さん」


そう告げると少女は籠を持って裏口から店を後にした。








「ヨーゼフ、ユリちゃんだいぶ元気になったみたいだな」


店で一人酒を飲んでいた男が、少女が出かけたのを見てカウンター越しにこの店の主人に話しかける。


「ああ、前に比べればな」


「三週間前にルイザの街に行ってきてからしばらく元気がなかったけど、何があったんだ?」


娘の出て行った裏口を見ていたヨーゼフは、今日まで気になりつつもその問いを口にしなった常連の男に向き直る。

いつになく真剣な表情を浮かべていた店の主人に面喰いつつも、男は黙って返事を待つ。

しばらく言おうか悩んだ後、ヨーゼフは重い口を開いた。


「……前にグレンさんの所にクランって子がいただろう」


「たしかグレンさんが傭兵団に戻るとかで…… 今はムーラの森の近くに一人で暮らしてるんだっけ?」


男は最近見かけなくなった子供の事を何とか思い出しながら答える。


「ああ、その後ルイザの街の冒険者に弟子入りしたんだ」


「それでユリちゃんルイザの街に行く前の日は機嫌よさそうにしてたのか……」


呟くように口にした男の言葉に、ヨーゼフは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

男は自分を見ているヨーゼフの視線に、娘を持った父親の葛藤を垣間見ると小さく肩をすくめた。

その仕草に、ヨーゼフは自分でも気付かないうちに眉間にしわを寄せていた事に気付くと、小さく咳払いをして話し出す。


「だが三週間前にユリがクランの宿を訪ねたら居なくてね。それで冒険者ギルドなら知っている者がいるかもしれないと行ってみたら……」


「行ってみたら?」


男の催促にヨーゼフは気を取り直して話を続ける。


「スキンヘッドの冒険者に『クランは死んだ』と言われたようなんだ」


「……」


ヨーゼフの言葉に男は息を飲む。


「それでふさぎ込んでるって訳だ」


「……それはまた、大変だったな」


男の口からもれた言葉に小さく首を振りながら主人が答える。


「だったじゃない、今もだ。無理してるんだ、俺達に心配かけないように」


「……そうか、だが冒険者なんて連中は何処で野たれ死ぬか分らない連中だろ。そういう運命だったんだよ。ユリちゃんも時間が経てば前みたいに笑えるようになるさ」


「だといいけどな……」


男の慰めの言葉にヨーゼフは暗い表情で答えた。







いつもの店でえんどう豆を分けてもらったユリは、重くなった籠を両手で持ちながら店への道を歩いていた。

そして、初めてクランと出会った場所に差し掛かると自然と足が止まり、そこでクランと交わした言葉、一緒にいた時間を思い出し後悔する。

なぜクランがルイザの街へ行くと言った時反対しなかったのだろう?

なぜルイザの街でクランと再会した時にエリム村に戻るように言わなかったのだろう?

なぜ自分の気持ちを彼に伝えなかったのだろう?


今更考えても仕方ない事、分っているが彼との思い出の場所に来ると自然とあふれ出る。

そしていつもの様に彼女は来た道を戻る。

途中にあるファムの礼拝所で祈りを捧げるために。

その祈りは、彼の冥福を願うものなのか、それとも彼との再会の奇跡を願っているのか、祈りを捧げている彼女にも分らなかった。



「ただいま、お父さん。遅くなってごめんね」


ヨーゼフは普通に歩いていたらとっくについている時間、だが、三週間前からこの時間に店に戻るのが普通となった娘を見る。

その瞳がいつものように赤くなっている事に胸を痛めつつも、何事も無かったように返事をする。


「いや、思っていたより早かったよ」


父の気遣いにユリはほんの少し気恥ずかしそうに微笑むと、キッチンのテーブルの上に豆の入った籠を置く。


「ここに置いておくね。お母さんは食堂?」


ヨーゼフは娘の問いに頷いて答える。


「じゃあ、手伝ってくるね」


そういい残して食堂に向かった娘の後ろ姿を心配そうに見ていたが、気を取り直して夕食の準備をするために籠に入っている豆を使ったスープの下ごしらえを始めた。




「いらっしゃいませ!」


夕食には少し早い時間に店の入り口を潜った男を元気な声が出迎える。


「こんばんは、ユリちゃん。席空いてるかな?」


「はい、いつもの席が空いてますよ」


昼間にも店にいた常連の男の問いに、両手に料理の盛られた食器を持った少女が器用に振り向きながら答える。


「じゃあいつもの頼むよ」


男は少女にオーダーをするとカウンターの席に向かう。

席に着いた男が何となく少女を見ていると、オープンキッチンから声をかけられる。


「娘をじろじろ見るな」


男が声の主を見ると、睨むように店の主人がじっと見ていた。


「別に良いだろう、減る物じゃないし」


男が過保護な父親に肩をすくめながら答える。


「お前が見ると減るんだよ」


その言葉に男は苦笑した後、料理が来るまで昔からの知り合いをからかって時間を潰す事に決め口を開く。


「おいおい、おれはユリちゃんの事を心配してだな……」




夕食時になり混雑してきた店に、突然一人の村人が走りこんできた。


「大変だ! 猟師のオーレニーが森の外れで殺された!」


息も絶え絶えに男が口にした言葉に店内が騒然となる。

この店にもよく顔を出していた人物の訃報にヨーゼフがキッチンから男に駆け寄る。


「どういうことだ!? モンスターにやられたのか!?」


息を整えながら問われた男が首を振る。


「いや、刀傷が付いていたらしい! 相手は人間だ!」


「ばかな! 猟師の前には冒険者をやっていたんだぞ! 逃げる事も出来ずにオーレニーが簡単にやられるはずが無い! 盗賊が相手でも村まで戻る事ぐらい出来るはずだ!」


店内の客達が騒いでいると、ユリはカップに水を注ぎ男に差し出す。


「ありがとう」


男が礼を口にして一気に水を飲み干すと、店にいる人に聞こえるように声を張り上げる。


「俺は村長にこの事を伝えてくる! 皆は村人達に見かけない人間を見たら注意するように伝えてくれ!」


店内の客達が頷くのを見ると、男は村長の家へ向かうために店を出る。

だが、そこで男は立ち止まると、まるで悪夢を見たような表情を浮かべる。

男が呆然と立ち止まっている事に不安を感じたヨーゼフが、声をかけるために男の隣に立つと、男の向ける視線の先を見て目を見開き店内に叫ぶ。


「火事だー!!」


その言葉に店内にいた客達が店の外に出ると、そこにはまるで、炎の精霊であるサラマンダーが暴れているような大火が無数に見えた。

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