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クラン達がレムリアース城で過ごすようになって二週間後――
「また聞かせてね、クラン様」
城内の人通りの少ない場所でクランのリュートを聴き終えた侍女達が言う。
「聴きたくなったら僕の部屋に来てよ、いつでも聞かせてあげるよ」
「本当? へんな事したりしない」
「しない、しない。だからいつでも来てよ」
「でも、クラン様の部屋にはイヴ様かミシェル様がいつもいるから……」
「じゃあ、僕が部屋に行こうか?」
「え~、どうしようかな~?」
クランと侍女達が話していると、侍女長がやってきて口を開く。
「あなた達、いつまで油売ってる気!? 休憩時間終わってるわよ、さっさと仕事に戻りなさい!」
その言葉に侍女達は「ごめん、またね!」とクランに言い残して、蜘蛛の子が散る様に逃げ出す。
クランは手を振って見送ると、侍女長に睨まれながら日参しているベティの店へ行く事にした。
途中、市場や街の中をうろうろし、かわいい娘に声を掛けながら目的地へ向かう。
「こんにちはー」
店の入り口をくぐったクランが奥に声を掛けると、ベティがあわててやってくる。
「いらっしゃい! 待ってたよ、改良したから見てくれるかな?」
「いいよ」
クランは気軽に答えると、ベティの差し出すリュートギターを受け取る。
軽く曲を奏でると、小さく頷いた後親指を叩き付けるように音を出す。
弦楽器でのパーカッショナブルな音にベティは大きく目を見開く。
「なに!? 今の!?」
クランが演奏を止めると、興奮したベティが話しかける。
「スラップっていう奏法だよ。格好良いでしょ、あまり上手く引けないけど」
「うん! 普通のリュートじゃ出ない音だね。だからリュートギターの事教えてくれたんだ」
ベティの問いにクランは笑いながら答える。
「そう、下心あったんです」
「ふふふ、私も作りたいと思っていた楽器が作れたからいいよ」
彼女はクランと笑い合う。
二人の笑い声が収まるとクランは懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
「これにギターについて僕の知ってる限りの事が書いてあります。良かったらどうぞ」
「いいの?」
ベティは一瞬手を出そうとするが、思い止まった様にクランに尋ねる。
彼女はリュートギターの改良をしながらギターの話も聞いていたが、クランの国ではかなり広く普及し、多くの奏者がいる楽器のようだった。
そして、彼がリュートギターで弾いた曲は聴きなれないが、どれもすばらしい曲だった。
それらの事が書かれた物を、どうぞと言われて受け取る事ははばかられた。
だが、クランは躊躇しているベティに笑いながら言う。
「もちろん対価は貰いますよ。出来たギターは僕に下さい」
その言葉を聞いたベティは彼の差し出している羊皮紙を受け取る。
無論彼女にもプライドがある。
だが、クランの気遣いを無下には出来ず。なにより、クランが奏でた曲を世に送り出す。
その意義の前には霞む様なものだった。
「分かった。納得できるものが出来たら必ず最初に見てもらうから。それまで、そのリュートギターはクランが持ってて」
「はい。楽しみにしています」
笑顔で答えるクランにリュートギターを渡して、彼女は店から出る彼を見送った。
「ちょっと! きみは毎日何やってるのよ!?」
クランが城に戻ると、両手を腰に当て怒っていますと周囲にアピールしているイヴが出迎えた。
「どうしたの急に? 何かあった?」
クランはイヴの剣幕にたじろきながらも聞き返す。
「何かあった? って、毎日ふらふらしてちゃんと女王の警護をしてよ!」
「ごめん、ごめん。ちょっとやることあって。苦情は今日の夜僕の部屋で聞くから、待っててね」
そう言いながらクランはイヴを軽く抱きしめて立ち去る。
「あっ……」
突然クランに抱きしめられたイヴは顔を赤くしながら彼を見送った。
イヴがしばらくクランの去った方向を見ていると声を掛けられる。
「上手くはぐらかされてしまいましたね」
「あっ、ジャックさん!」
彼女は慌てて声の主を探すと、そこには城で寝泊りするようになってから何かと気遣ってくれている近衛騎士団団長がいた。
「クランったら最近すぐどっか行っちゃうんだから! どうせ侍女達の所油売ってるんですよ!」
先程の事を見られていたのが気恥ずかしいのか、イヴは更に顔を赤くしながら愚痴る。
「まあまあ、彼にも考えがあるのでしょうし、よければ愚痴ぐらいいつでも聞きますよ」
ジャックが苦笑しながら答えると、イヴはクランに対しての不満をまくし立てる。
曰く、侍女といちゃいちゃしている。街の楽器屋のベティって娘に毎日会いに行っている。自分が警護でいない時はミシェルを部屋に連れ込んでいる。
ジャックはイヴの剣幕に若干引きながらも相槌を打つ。
食堂でお茶でも飲みながら愚痴を聞くと言えば良かったと考えながら。
翌朝――
いつもの様に侍女達と話をしたクランは、侍女長に睨まれながら街へ向かった。
混雑する市場でかわいい娘に声を掛け、後からやって来た彼氏に睨まれ、露天を出している商人に呆れたような視線を向けられながら、クランは他にも可愛い女の子がいないか探すために街を足早に歩く。
「こんにちは、そこの可愛い子、ちょっと待ってー」
好みの娘を見つけたのだろうか、クランはそう言いながら路地裏へ向う。
そして、その後を二人の男が追いかけていた。
「ちっ、見失ったか」
男の一人が呟く。
「こっちの方へ来たはずなんですけどね」
もう一人の男が答える。
「しょうがない、もどるか……」
最初に口を開いた男が頭に手をやりながら口にすると、
「せっかく邪魔の入らない場所まで案内したんですから、そんな事言わないでください」
「っ!」
男達が厳しい表情で振り返ると、そこには笑みを浮かべたクランがいた。
男達とクランが裏路地で対峙していると、クランが口を開く。
「えっと、確かシドさんでしたっけ? そちらの方は……すみません、名前を覚えていません」
「いつから気付いてた?」
シドが肩をすくめながらクランに問い返す。
「今日、市場へ向かってる時に気付きました」
「最初からかよ、相変わらず密偵泣かせな奴だな」
クランの答えにシドが笑いながら答える。
「一応、今日まで僕の後を付けていた人達には油断してもらってましたから。クリスさんの部下なら巻こうとしても付いてきてくれると思いまして」
「あの下手なナンパはそのためか、って事は前からナンパをして後を付けてた奴らを油断さてたって事か……」
「普段しない事をしてるので、緊張で汗びっしょりですよ」
「まったく嫌な奴だ」
クランの言葉にシドは苦笑した後、真剣な表情をする。
「それでお前は真っ直ぐ公国に戻らず今何をやってるんだ? てっきり死んだんだと思って皆心配してたし、レナの落ち込みようなんて見てられなかったぞ」
今まで何の連絡もよこさない上、こんな所で尾行されている事が当然といった感じのクランに問い掛ける。
「ルイザの街がどこか分からなかったのもありますし、連絡を取る手段も思いつきませんでした。それと、ひょんなことから女王の護衛をする事になりまして。ついでに、彼女の両親を殺害した犯人探しもしてます」
「それはまた…… いろんな事に首を突っ込むんだなお前は」
クランの答えを聞いたシドは、呆れたように再度苦笑する。
「偶然です」
「偶然か、まあいい。それで目星はついたのか?」
密偵の顔になったシドが問い掛ける。
「いろいろ気になる事はあるんですが……」
「言ってみろ」
シドがクランに言うと、今まで黙っていたもう一人の男が遮る。
「シドさん!」
「サイ、お前はアジトに戻ってろ」
シドは自分の部下に言う。
サイと呼ばれた男はしばらくシドを見た後、あきらめた様に口を開く。
「……このまま戻れる訳ないでしょう」
サイの言葉にシドは笑いながら答える。
「悪いな、いつも」
「そんな事思ってないくせに……」
「さて、クラン。こっちは話がついた。続きを話してくれ」
クランは力になろうとしてくれている二人に、神妙な顔で尋ねる。
「いいんですか? もしかしたら、グランデル公国に仇をなす事になるかも知れませんよ」
「借りは返さないと目覚めが悪くてな」
男くさい笑みを浮かべるシドと、達観したような表情のサイを見た後、クランは今まで調査した事とこれから調査したい事を話し出す。
「……なるほどな」
クランの話を聞き終えたシドは腕を組みながら呟く。
「それでクランはどうしていこうと考えていたんだ?」
「城で馬鹿な事をやっていたので監視の目はイヴさんに向かっているんですが、流石に今考えている事の調査となると目立ちそうで……」
クランの言葉を聞いたシドは少し考えた後口を開く。
「そうだな、一人でやるには難しいかもな。……分かった、出来る範囲の事は俺達がやってやる」
「いいんですか?」
心配そうな顔をしているクランにシドが答える。
「かまわないさ、借りたままってのは性に合わなくてな。そうだろ、サイ」
「別に俺は返さなくていい借りは気にならないですけどね。それより、お頭にばれた時はどうします?」
「むっ、なんかなるだろ多分」
「なんとかなりますかね?」
クランが不安そうな雰囲気をかもし出して自分達を見ているのに気付くと、シドは笑いながら言う。
「ここまで聞いたんだから俺もサイも覚悟は出来てる。そんな不安そうな顔はするな。男の義理は命より重いんだよ」
サイもシドの言葉に、呆れたような、だが覚悟の出来ている顔をする。
そんな二人にクランは黙って頭を下げた後、これからどうするかを説明してゆく。
黙ってクランの話を聞いていたシドが口を開く。
「……取りあえず宰相の屋敷を見張る様にこっちの仲間に言っとく。理由は適当に言い繕っとくからな」
「ありがとうございます。それと僕がここにいる事は、クリスさんにはまだ内緒にしていて貰えますか。下手に連絡してシドさん達に危ない橋を渡ってもらっているのを感づかれたくないので」
「悪いな、そんな事まで考えて貰って。だがお前は気にするな、俺達が好きでやる事だ」
シドはクランが今回の件をクリスが知った時、自分が無理やり協力を頼み、シド達の口止めをした事にして罪を被ろうとしている事を悟るとそう答えた。
クランの気持ちはありがたく受け取るが、その時はきっと、胸を張って借りを返しただけと答えるつもりだった。
それを察したサイも苦笑しながら口を開く。
「ではそろそろ行きましょうか、あまり尾行している密偵を巻いてる訳にもいかないでしょう。俺とシドさんは夕食を‘森の泉亭’という店で取ります。連絡はそこでしましょう」
サイの締めの言葉で、三人はそれぞれの拠点に戻った。




