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異世界での過ごし方  作者: 太郎
異国
60/130

58

「クラン様の仰った店はここになりますが……」


クランと共に城から出たミシェルが、一軒の店の前で困惑した表情を浮かべながら彼に話し掛けた。

彼女に礼を言ったクランは、店の看板に書かれた文字を読むと扉を開け店内に入る。


「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」


店内を整理していた赤毛の女性が突然現れた客を元気な声で迎える。


「こんにちは、リュートありますか?」


「はい! もちろんです!」


クランのリクエストに元気に答えながら、楽器屋の店員は奥から幾つかのリュートを取り出す。


「こちらのリュートはですね……」


熱心にリュートの説明をする店員と、それを熱心に聞くクランをミシェルは呆然としたような表情で見つめた。

しばらく店員とクランが話し合っていたが、新たな客が現れると店員はクランに一言告げてそちらに向かう。

そこで我に返ったミシェルがクランに話し掛ける。


「クラン様、今回の仕事にリュートが必要なのですか?」


「ええ、必要なのはリュートではないのですが、必要な物を手に入れるのに使えるかなと思いまして……」


小さな声でクランが答える。


「それは一体――」


ミシェルが問い返そうとすると、クランがリュートを爪引き出す。

すると、店内に郷愁を誘うようなやさしい音色が溢れる。

ミシェルは自分の問いを仕舞い込むと、彼の演奏が終わるまで側らに控える事を選んだ。

一曲、二曲と曲を重ねる内に店内から冷やかしと思われる客の姿は消え去り、クランの側らに控えるミシェルと、興味深そうな表情をしている店員だけが残された。


「こんなものかな?」


クランは呟くとリュートをカウンターに置く。


「あなた、珍しい弾き方するのね!」


すると、待ちかねたように赤毛の店員が声を掛ける。


「たいした腕じゃなくて恥ずかしいんですけど……」


「いやいや、最初は初めて聴いた静かな曲を流れるように弾いてたけど、最後の激しい感じの曲なんか鳥肌立ったよ! 今まで見た事も聴いた事もないものあんなの!」


謙遜するクランに興奮した様子で店員が話す。


「リュートだとあまりイメージ通りの音にならなくて、弦の本数で音圧を補おうとしてるからですかね?」


恥ずかしそうに答えたクランに、店員は目を見開くと店の奥へ走る。

ガタガタと急いで何かを探しているような音がやむと、一本のリュートを持って現れた。


「これをみて!」


クランは突き出されたリュートを思わず受け取る。


「弾いてみて!」


顔を高潮させている店員に、クランは思わずリュートを抱え込む。

するとそのリュートは、音圧を補うために一つのコースに二本の弦を配置した通常のリュートと異なり、一つのコースに一本の弦、今のギターに近い作りをしていた。

ギターの原型とも言うべき楽器に興奮しつつも、クランはコードを奏でる。

思い描いた様な音色ではなかったが彼はしばらくそれを繰り返した。


「すごいよ! 私が考えていた音に近いよ!」


クランが奏でるのをやめると興奮した様子で赤毛の店員が言う。


「ありがとうございます。リュートギターっていう物ですか?」


「リュートギター?」


クランの問い掛けに、彼女が問い返す。


「うろ覚えなんですけど、リュートからギターが作られるまでに発生した楽器だったと記憶しています」


「そうなんだ、私が初めて考えたと思ってたけど違うんだ~」


「いえ、僕の故郷はここからかなり遠いので、この地では実質あなたが発明者といってもいいと思いますよ」


がっかりした様にうなだれる彼女に、クランが慰めるように声を掛ける。


「そっか、だったらいいか」


クランの言葉に彼女は気を取り直したように顔を上げる。


その変わり身の早さに苦笑しつつも、クランは話しかける。


「サウンドホールの大きさや形でもっといい音が出ると思いますよ」


「サウンドホール?」


彼女の問いに、クランは出来るだけ分かりやすく自分の知るリュートギターの知識を伝える。




「すぐ改良するからまた来てね~」


思ったより多くの時間を過ごした店の前で手を振るベティ――先程名前を交換した赤毛の店員兼職人――に見送られ、クランとミシェルはレムリアース城への帰路に着いていた。


「クラン様、私にはよく分からなかったのですが目的は果たしたのでしょうか?」


「ええ、まだ最初の一歩ですけど。一応リュートも手に入りましたしね」


クランは手に持ったリュートを撫でながら答える。


「後はこれを使って行動するだけですね」


怪訝そうな表情を浮かべるミシェルに、クランは不敵な笑みを浮かべた。






「こんな時間までどこをうろうろしていた!? もっとも、お前達が戻らなくても私は困らないがな!」


夕暮れ近くにレムリアース城に戻ったクランとミシェルを、オットーの辛辣な言葉が出迎えた。

たまたまその場に居合わせたジャックはオットーの隣で苦笑を浮かべている。


「それと、城内では衛兵以外の者は帯剣禁止だ。いまいましい事に、そこにいるエルフは例外らしいが」


高圧的な態度でクランにオットーが告げる。


「オットー様、クラン様は女王の依頼で――」


「エルフは黙っておれ!」


オットーのあんまりな物言いに、ミシェルが口を開こうとするがオットーがそれを一喝する。

唇を噛み締めるミシェルにクランは小さく首を振ると、黙って剣を外して差し出す。

だが、オットーが手を伸ばそうとするとクランが口を開く。


「この剣は私の家に代々伝わる魔剣です。私達の一族はこの剣の担い手になるために血を吐く様な修練を積んできました。どうか大切に取り扱ってください」


クランの真剣な表情に一瞬手を止めたオットーだが、恐る恐る剣に手を掛けようとする。

そして、オットーの手がクランの差し出す剣に掛かる瞬間、クランが剣を落とし突然苦しみだす。


「ぐぅ! 魔剣を使うための右手の封印が! 馬鹿なっ!? 左手の呪いまで発動するだと! こんな時に契約の対価に払った右足まで痛み出すとは! 黒猫が横切った時に捻った左足の古傷まで! まずい、このままでは左目の封印まで解けてしまう!?」


片膝を床に付きながら、何かに耐える様子のクランを緊張した光を宿した六つの瞳が見つめる。

その時――


「何やってるの?」


ジョセフィーヌと共に通りかかったイヴが声を掛ける。


「魔剣を使うための右手の封印が! と、突然苦しみだされまして」


緊張した面持ちでミシェルが答えると、彼女はクランの前に落ちてる剣を見ながら問い返す。


「魔剣て…… そこに落ちてるあたしの村で買った剣の事? それとも、クランがモンスターから逃げ出す時に放り出したっていう剣の事?」


イヴの言葉を聞いた皆がクランを注視する。

すると、クランはおもむろに立ち上がり、その場にいる者達に聞こえるように話し出す。


「どうやら封印が解かれる危機は去ったようです。今後の打ち合わせもあるので失礼致します。では女王、参りましょう」


突然声を掛けられて驚くジョセフィーヌをせっつく様にクランがその場を離れると、イヴとミシェルがあわてて二人の後を追う。

少しすると、後ろから我に返ったオットーの怒声が聞こえて来た。


「クラン、オットーは一体どうしたのですか?」


足を止めて後ろを振り返りながら問う女王に、クランは少し考えるしぐさをした後答えた。


「きっと足の小指でもぶつけたのでしょう」


「そうですか、大きな怪我をする前に歩く時は気を付ける様に言っておきましょう」


「いえ、それでは宰相のプライドを傷つける事になります。黙っておく方がいいと思われます」


「まあ、そうですね…… そんな事も考えられないから私は疎まれるのでしょう……」


愁いを帯びた表情で俯く女王に、クランが首を振りながら答える。


「いえ、女王の優しさを素直に受け取れない宰相が悪いのです」


そんな二人のやり取りを聞きながらイヴは心の中で突っ込んだ、お前が一番悪いと。




「……と言う事で、女王の夜の警護はイヴさんとミシェルさんが交互で行って、警護を行わない人は僕の部屋に泊まって下さい」


傍聴対策のされた部屋に入って早々クランが口を開く。


「なにが……と言う事なのよ、意味分かんない」


前振りもなく突然話し出したクランにイヴが答える。

ジョセフィーヌとミシェルも突然のクランの話に怪訝そうな表情をしていた。


「これも必要な事なんです!」


腕を組みながら真剣な表情で答えるクランに、イヴが文句を言おうと口を開こうとすると


「わかりました。ミシェル、クランさんの言う通りにして」とジョゼットが言う。


イヴは思わずジョゼットを見ようとするが、その間もなくミシェルが答える。


「かしこまりました」


「なんで!?」


思わずイヴが声を上げる。


「私はクランさんにこの度の件について解決を依頼しました。クランさんの指示に従うのは当然だと思います」


ジョゼットの言葉にミシェルが同意する。


「ちょっと、ジョセフィーヌまで! どうなってるのよ、いいわよ…… わかったよ、もう」


気持ちの整理もつかないまま、突然クランと同じ部屋で夜を過す事になったイヴは、その事をあまり考えないようにしながらしぶしぶ答える。


「流石に今日からという訳にはいかないと思うので、初日は引継ぎも含めて二人で女王の警護について下さい」


クランの閉めの言葉で本日は解散となった。




次の日から、交互でイヴとミシェルは女王の警護に付き、クランは城内をうろうろしつつ、ベティの店に通う日々が始まった。

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