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「うそでしょ? あなたが女王様!?」
イヴはジョゼットを指差しながら驚きの声を上げた。
「はい、ジョゼットは偽名です。本当の名前はジョセフィーヌ・デュラフォアといいます」
ジョセフィーヌを指差しながら、イヴは驚きのあまり口をパクパクさせながらクランを見る。
「人を指差すのは良くないよ」
クランが眉をひそめながらイヴに言うと、彼女はわたわたと指差していた手を下ろしながらクランを非難する。
「ごめん……、じゃなくて驚かないの!? 女王様だよ!?」
「だって言ったじゃない『王位継承に関するほど』って、それと城下街の裏路地で襲われている女性と出くわしたら、僕の国では王女様って相場が決まってるから」
クランはジョセフィーヌが襲われている所に遭遇した時、元の世界で読んだ物語の事が頭に浮かんだ。
そしてそれが切っ掛けで、彼女が王族ではないかと考える一因になっていた。
「……きみの国では、街を歩く女の子はみんな王女様なの?」
イヴは彼の言葉に呆れながらも、女王を前にしているのにこの世界の人々が彼女に抱く、尊敬や畏怖を感じさせない様子のクランを不満そうに見る。
それもそのはず、クランは人は皆平等で、為政者とは政治を行う職業であって、貴賎には関係が無いと考えていたからだ。
もっとも、この世界の人々から見れば決して理解されない考えだったが。
「え~と、女王様。あたし、 いや、私達でいいのですか? 仕事を依頼するのにはもっと相応しい人もいるのでは……」
しどろもどろに言葉を口にするイヴに苦笑しながら、ジョセフィーヌが彼女に話し掛ける。
「先程はきつい話し方をしてごめんなさい。あなた達を私達の争いに巻き込みたくなくて……。私達があなた達に仕事をお願いしたのだから、言葉遣いは気にしないで。私も同じ位の歳の人とお話できて嬉しいから」
そう言うと彼女は弱々しい笑みを浮かべる。
イヴは彼女の笑みの中に隠された孤独を感じると、ちょっとだけ無理して普段通りの表情を作り答えた。
「分かったわ。じゃあ、人のいない所ではジョセフィーヌって呼ぶわね。あたしの事は好きに呼んで。それとミシェル」
クラン達が力になってくれる事に安堵し、一歩引いていた所から自分の主人を見守っていたミシェルは、突然のイヴの呼び掛けに驚く。
「なにそんな所に突っ立ってるの? あなたもジョセフィーヌの隣に座って、これからどうするか一緒に考えなさいよ。あたし達だけに考えさせるつもり?」
棘の有るイヴの言葉に、ミシェルは主に視線を向ける。
大き目のソファーの中央に座っていたジョセフィーヌは、端に座り直しミシェルのスペースを空けた。
ミシェルはしばらく躊躇した後、主が自分のために用意してくれた場所に腰を下ろす。
それまでの主従からは考えられない距離に、二人はどこと無く気恥ずかしげな表情を浮かべ、そんな二人を満足そうに見たイヴは隣に座るクランに視線を向ける。
クランは彼女に少し微笑むと表情を引き締め口を開く。
「では、現在の状況の説明をお願いします」
ジョセフィーヌは小さく頷いた後、自分の置かれている状況を説明しだした。
全ては一年前の惨劇から始まった。
前国王であるジョセフィーヌの父と母、第一、第二王位継承者である兄二人が、そろって公務で近隣の都市に移動中、盗賊たちに襲われ殺害された。
移動のルートは極秘にされ、近衛騎士が護衛に付きながらだ。
そのため、計画的な暗殺の疑惑をジョセフィーヌは抱く。
そして、時を同じくして宰相であるオットーの態度が急変する。
ジョセフィーヌが王位を継ぐ事に反対し、自分が国王の代行を勤めると公言しだしたのだ。
以降、ジョセフィーヌは常に危険に身を晒されるようになり、4ヶ月ほど前にただ一人彼女を支えていた内務長官アランが突然自分の領地に戻る事になる。
頼れるものはミシェルと近衛騎士団のみになった彼女は、その細腕で何とか政を執り行っていた。
「……なるほど、取り合えず話に出てきた主要な人に紹介していただけますか?」
ジョセフィーヌの話を聞き終えたクランが腕を組みながら呟く。
「分かりました。では早速ですが、これから私達と一緒に馬車に乗って城に向かいましょう。その時皆に紹介した上で、今日よりクラン様達は私の警護に付くと説明します」
城へ向かうためにソファーから立ち上がったジョセフィーヌに、クランが声を掛ける。
「馬車は二台用意できますか?」
ジョセフィーヌは怪訝そうに首を傾げた。
屋敷の表から囮としてジョセフィーヌがいつも使用している馬車を走らせ、クラン達は新たに準備してもらった紅茶を頂いてから、裏口からややくたびれた馬車で出発した。
窓を閉ざした馬車に揺られ、クラン達がレムリアース城に着くと城門でジョセフーヌを確認した衛兵が道を空ける。
馬車を降りてから興味深そうに辺りを見回すイヴと共に城の入口を潜ると、ジョセフーヌに気付いた上等な服を着た小太りの男が走り寄って来た。
「ジョセフーヌ様! 一体どういうおつもりですか!? 先に空の馬車を着けるなど、お戯れが過ぎますぞ!」
男は顔を高潮させながらジョセフーヌに文句を言うが、彼女の後ろに立つクラン達に気付くと不機嫌そうな表情を浮かべながら問質す。
「女王、この者達は?」
「本日より私の護衛をしていただく事になった、クランとイヴです」
女王の言葉に合わせて二人が一礼するが、男は見向きもせず女王に食って掛かる。
「どこの馬の骨とも分からない者を護衛に雇うなど、気は確かですか!? 一国の女王ともあろう者が軽率すぎますぞ!」
不敬罪とも取れる物言いに驚く事も無く、ジョセフィーヌが答える。
「彼等の身辺調査は私が致しました。何より暴漢より助けていただいた恩人でもあります。いくらあなたが宰相でも言葉を慎みなさい」
女王の言葉に男は不機嫌そうな表情を浮かべる。
「どこまで当てに出来るか分かりませんが、どうせそこのエルフが素性を調べたのでしょう。私は護衛を雇うなど反対ですぞ、せいぜい何かあってから後悔などしないようにして頂きたい」
そういい残すと、男は肩を怒らせながら足早にこの場を後にした。
「先程の者が宰相のオットーです。昔はあの様な物言いなどしなかったのですが…… 気分を害された事はお詫びいたします」
男の姿が確認できなくなると、ジョセフィーヌが先程の人物の説明をする。
「お気になさらないで下さい」
憔悴した表情で気遣いを見せるジョセフィーヌにクランが答える。
イヴもまた、気にしていないといった風に彼女に笑みを向ける。
そんな二人の様子に、入城してから張り詰めた雰囲気を醸し出していたジョセフィーヌの表情が和らぐ。
主の様子を見て、やはり二人を雇えて良かったとミシェルが考えていると、オットーが歩いて行った通路から帯剣した金髪、碧眼の男が現れた。
男はジョセフィーヌに気付くと笑顔を浮かべながら近寄り、彼女の前で片膝をつき挨拶する。
「女王陛下、ご機嫌麗しゅうございます」
「ジャック、そなたも息災な様で何よりです」
ジャックと呼ばれた男は、形式ばった挨拶が済むと立ち上がる。
「先程オットー宰相とすれ違ったのですが、また嫌味を言われたのですか?」
「はい、また要らぬ心配を掛けたようで」
目を伏せながら答えたジョセフィーヌに、ジャックは整った顔を曇らせ首を振る。
「気にする必要はございません、いつもの嫌がらせですよ。ところでそちらは?」
ジョセフィーヌの後ろにいるクランとイヴに気付くと、ジャックが二人に視線を向けながら女王に尋ねる。
「先日、暴漢に襲われた際に助けて頂いたクランとイヴです」
一歩横に避けたジョセフィーヌが二人をジャックに紹介すると、彼はクランに右手を差し出す。
「私は近衛騎士団団長のジャックです。女王の危ない所を助けていただいたようで、近衛騎士団を代表してお礼いたします」
「偶然居合わせていただけですが、女王様のお役に立てて何よりです」
クランは自分より20cm近く背の高いジャックを見上げながら握手する。
「それでこちらのお嬢さんはイヴさんと言いましたか、女王を助けていただきありがとうございました」
クランと握手したジャックは、今度はイヴに向き直り話し掛ける。
「いえっ、全然たいした事有りませんっ!」
突然現れた美男子に、イヴが緊張した表情でジャックに答えた。
そんなイヴの様子が可笑しかったのか、ジャックは口をほころばせながら言葉を続ける。
「女王の命の恩人なのですからどうか緊張なさらずに、折角のきれいな顔が台無しですよ」
「そんな、きれいな顔だなんて……」
イヴが顔を赤らめながら口ごもっていると、クラン達の自己紹介が済んだと判断したジョセフィーヌがジャックに告げる。
「今日から二人には私の警護をして頂きます。幸いイヴは女性なのでミシェルの負担の軽減にもなります」
ジャックは少し考えた後答える。
「そうですね、ミシェルも賛成しているのならそれもいいでしょう。では、今後とも女王の事をよろしくお願いします」
ジャックはクランとイヴに挨拶をすると、近衛騎士団の詰め所に戻ると言い残してその場を後にした。
期せずして重要人物に遭遇したクラン達は、ジョセフィーヌに案内され傍聴などの対策が施された一室に案内された。
「イヴさん、なんか緊張してたね」
内密の話をするために窓もなくランプに照らされただけの、質素な椅子とテーブルの置かれた薄暗い部屋について早々、クランが含み笑いをしながらイヴに軽口を言う。
「うるさいわね、初めてお城に来たんだし、しょうがないでしょ」
口を尖らせながらイヴがクランに答える。
「大体クランは物事に動じなさすぎなのよ。ジョセフィーヌが女王様って聞いた時も驚かないし、ひょっとして神経無いんじゃないの?」
「ひどいな、僕だって緊張したり驚いたりする事はあるよ」
「どんな時よ?」
「え~と、気が付いたら知らないベッドに寝ていて、家主に会ったら金貨10枚請求された時とか?」
「ぐっ! 結構根に持つタイプなの? きみは」
ジョセフィーヌとミシェルの前で暴露されたイヴが、恨めしそうな表情でクランを見る。
「別に、ただ聞かれた事に答えただけだよ」
しばらく二人が睨み合っていると、ジョセフィーヌの忍び笑いが聞こえて来る。
クランはジョセフィーヌに視線を向け、宰相に会ってから彼女の顔に浮かんでいた陰りが薄れているのを見ると、皆に席につく様に促し自分も適当な椅子に腰を下ろした。
「さて、期せずして宰相と近衛騎士団団長には会えましたね。あとは、元内務長官ですが……」
そこで言葉を切ると、クランはジョセフィーヌを見る。
「アランと面会するのは難しいと思います。オットーが反対するでしょうし、何より私がミシェルに頼んで何度か手紙を運んで貰いましたが、受け取っては貰えませんでした。オットーが何らかの圧力をかけていると思います」
再度表情を陰らせながらジョセフィーヌが答える。
「そうですか、では現状から何らかの情報を得て対策しなければならないのですね。不正の事実を掴んで弾劾するのがとりあえずの近道ですか……」
そう言いながら、クランは考えをまとめるべく目をつぶる。
しばらくの間、誰も物音を立てずに彼の考えがまとまるまで待ち続ける。
「……取りあえず幾つか考えてみましたが、まだ情報が不十分ですね。ちょっと案内してほしい所があるのですが、少しの間ミシェルさんと出かけてもいいですか?」
目を開けたクランがジョセフィーヌに聞くと、彼女は小さく頷く。
「じゃあ、イヴさん女王陛下の護衛をよろしくね」
真剣な表情でクランがイヴに頼むと、心持ち緊張した表情で彼女が答える。
「まかせて! ジョセフィーヌには傷一つ付けさせないから!」




