56
「お久しぶりです、クラン様。不自由をお掛けして申し訳ございません」
前回対面したのと同じ部屋で、ソファーに腰を下ろして待っていたこの屋敷の主人と、その後ろに控える護衛がクラン達と再度顔を合わせていた。
「いえ、こちらこそ面倒をお掛けしまして」
ジョゼットの対面のソファーに腰を下ろしたクランが微笑みながら答える。
その隣では、イヴがつまらなそうに出された紅茶を口にしていた。
「早速で申し訳ありませんが、先日の依頼の返事を頂けないでしょうか?」
テーブルに置かれた紅茶に手を付けずに、先日とは違い落着いた様子のジョゼットが本題を切り出す。
「……断ったらどうなります?」
少し考えた後、クランが彼女を見ながら尋ねる。
「残念ですが、その時は助けて頂いた時のお礼をさせていただいて、お帰りいただくことになります」
「そうですか……」
クランはジョゼットから視線を逸らさずに黙り込む。
しばしの間、部屋を沈黙が包み込んでいると、興味なさそうにしていたイヴが口を開く。
「クラン、断るならさっさと断って旅立とうよ。なにを悩んでるの?」
「……そうですね」
クランは意を決してジョゼットに返答しようとする。
だが――
「クラン様、どうかお嬢様の御力になって下さい。ご両親を亡くした今、お嬢様は一人でも多くの味方が必要なのです」
今まで黙って主人の後ろに控えていたミシェルが、クランに懇願する。
主を差し置いて口を出す事は憚られたが、彼女はどうしても彼の力を借りたかった。
「イヴ様。あなた様がわたしを嫌っている事は承知しています。今回の件が終わりましたらどのような事でもさせて頂きます。どうか、わたし達に力を貸して下さい」
ミシェルは膝に付きそうなほど頭を下げてイヴに語り掛ける。
一方のイヴは、ほとんど一人で過ごしていたため、亜人に対する偏見などは持っていなかった。
目の前で頭を下げているエルフを嫌っていたのは、クランを傷つけ、クランもその事を許していたことに対する、いわば八つ当たりの様な物だった。
(なんかこれで断ったら、あたしがわがまま言ってるみたいじゃない)
イヴは憮然とした様子で考える。
「僕はイヴさんをグランデル公国まで、無事に連れて行く依頼を受けています。今回ジョゼットさんの依頼を受けたら、彼女を危険に晒す事になります」
クランはイヴに頭を下げているミシェルに答える。
それを聞いたイヴは、クランが自分の身を案じて依頼に乗り気ではないことを知り、嬉しそうに彼に視線を向けた。
だが、そんな二人の様子に気が付かないのか、ミシェルがクランに話し続ける。
「では、彼女を無事にグランデル公国まで送り届ければ、クラン様は力を貸して下さるのですか?」
「だめよ、あたしはクランに送ってもらいたいんだから」
ミシェルの提案を不機嫌そうにイヴが遮る。
「それに、僕がここに残ってイヴさんがグランデル公国に向かったら、彼女は危険に晒されるんじゃないでしょうか?」
「え、なんで?」
クランの発言の意味が分からずに、イヴは彼に聞く。
「……今回の依頼は、身内同士の争いに間違いないですね?」
クランはイヴに視線を向けた後ジョゼットに問い掛け、イヴはクランの視線の意味は理解できなかったが彼の話に耳を傾ける。
「はい、お恥ずかしい話ですが」
ジョゼットの言葉に、クランは一瞬躊躇した後口を開く。
「……その身内争いの規模なんですが、特権階級規模の争いなんじゃないでしょうか? たとえば王位継承に関するほどの」
彼の言葉に場の空気が凍り付く。
「なぜ、そう考えたのですか?」
ジョゼットが笑顔を浮かべながら、だがその視線は鷹の様な鋭さでクランを見据える。
「初めてジョゼットさんと会った時の服装。これほどの屋敷に住んでいる人であれば、それに見合った服装をするはずです。ですが、ジョゼットさんは身分を隠すためにわざと質素な服装をしている様に僕には見えました。その時見えた指先も、水仕事などした事のないようなきれいな指でしたし。次に、ミシェルさんの過剰ともいえる反応。僕は話す事も許されず攻撃されました。たぶん、長期間に渡る重要人物の警護のストレスが原因ですかね? 普段のミシェルさんからは考えられない短絡的な行動に感じました。それに、ミシェルさん程の腕利きの護衛を簡単に雇えるとも思えませんし、ジョゼットさんに対する忠誠も感じられました。そして、裏路地で襲い掛かって来た男達の言っていた‘あの方’という言葉。普通は身分の高い人物に使いますよね。それに、あなた達も犯人に心当たりがあるから驚きもしなかったんじゃないですか? 犯人に心当たりがあるのに容易に手を出せない、それも相手の身分が高い事を示します。最後に、この屋敷での一週間超の逗留。僕達の事を調べていたと思うと妥当な時間でしょうか。取りあえず帰してくれそうだったので、僕達は問題ないと判断されたという事ですかね」
ジョゼットはクランの言葉を黙って聞く。
「まあ、今回の手を貸して欲しいという依頼も、この屋敷に逗留させるための方便でしょうから、僕達が断っても問題ないはずだと思ったんですけど……」
そこで言葉を区切るとクランはミシェルを見る。
「ミシェルさんは僕達を監視するようにしか言われてなかったんですか? 本気で依頼を受けて貰いたいように見えましたよ」
「そうね、ミシェルにはあなた達を監視するようにしか言ってないわ。だから依頼を受けて欲しいと言ったのはミシェルの独断になるわね」
ジョゼットは浮かべていた笑みを消すと、先程までの友好的な態度をかなぐり捨てる。
「それでどうするの? 今だったらすんなり帰れるわよ?」
突然豹変したジョゼットの態度に、イヴは不安そうな表情でクランを見る。
「そうですね、僕達はここで失礼させて貰います」
「そう。口止め料込みで金貨20枚を払うわ、ミシェル用意して」
だが、ジョゼットの指示を受けたはずのミシェルは動かない。
「ミシェル! 聞こえなかったの!?」
ジョゼットの再度の言葉にもミシェルは動かない。
痺れを切らしたジョゼットが振り返りミシェルを見ると、彼女は悲しそうな瞳で己の主人を見ていた。
「お嬢様、クラン様に助けを求めたらいかがですか?」
ミシェルの言葉にジョゼットは声を荒げる。
「ふざけないで! こんな無能な冒険者風情が私達の役に立つはずが無いでしょう!」
ミシェルは初めて主の言葉を無視すると、クランに話し掛ける。
「ジョゼット様の事はご存知だったのですか?」
ミシェルの問いにクランは首を振って答える。
「最初にクラン様がわたし達に助言した言葉は、偽りですか?」
彼女の問いに、彼は再度首を振る。
「わたしに、エルフと、亜人と指差す人々に負けるなと言ったことは偽りですか?」
ミシェルがクランに問い掛けた言葉を聞いたジョゼットは、信じられない様なものを見るようにクランに視線を向ける。
「僕が言った事はすべて本心です。信じられないかもしれませんけどね」
クランが苦笑する。
「だったら、わたしはあなたに依頼する。お嬢様を助けてと。肉親を亡くし、たった一人で重圧に耐える主を助けてください」
「ミシェル!」
ジョゼットが今では家族と呼ぶことが出来る、ただ一人の女性に声を荒げる。
「お嬢様、クラン様のグランデル公国での評判など関係有りません。今までの彼の話でそれはお嬢様も分かっているはずです。お願いします、お嬢様。彼等に助けを請いましょう」
いままでジョゼットの言う事には黙って従っていてくれた、自分が姉と思い慕っていたミシェルの言葉に、気丈に振舞っていたジョゼットはクラン達を巻き込まないために必死の思いで被った仮面を取り去る。
「ミシェル、だけどそれは彼等を危険に晒す事になります。私達の争いに、他の人を巻き込むことは出来ません」
「もう十分巻き込まれてるわよ」
黙って話を聞いていたイヴが二人に声を掛ける。
「正直、ミシェルの事は気に入らないけど、ジョゼットの事を心配しているのは分かったし、ジョゼットも両親を亡くして大変なんでしょ? あたしの両親はまだ生きてるけど、今までほっとかれてたから一人で生きてく大変さは分かるしね。どうするクラン、あたしはどっちでもいいわよ。依頼を受けても受けなくっても」
イヴはクランの判断に任せたが、彼女は彼が依頼を受ける事を確信している。
なにせ、彼はお人よしなのだ、そして自分は彼のそんな所が気に入っていた。
だが、彼女は自分自身も十分お人よしな事に気付いていない。
そんなイヴを見ていたクランはジョゼットに視線を向ける。
「……危険な仕事です。それでも私達の力になっていただけますか?」
ジョゼットは縋る様な視線をクランに向ける。
「分かりました。この依頼引き受けます」
クランの言葉に、イヴは満足そうに小さく頷いた。




