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異世界での過ごし方  作者: 太郎
異国
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55

「ミシェル、私とした事が失言を二度も犯してしまいました。そのような事、許される立場ではないのに、です」


クラン達が応接室から退出した後、ジョゼットは自分の後ろに控える従者に消え入りそうな声で話す。


「ですが、何とかこの屋敷に逗留していただく事は出来ました。失礼ですが、この間にクラン様達の事を調べます。グランデル公国とサリウス村、それとこの街での彼らの足取りを調査してください。頼みましたよ、ミシェル」


主人の指示にミシェルは了解の意を伝え、部屋を出る時気遣うような視線を向けた後そっとドアを閉めた。

部屋に一人残されたジョゼットは呟く。


「お父様、お母様、お兄様。私には、お父様達の代わりは勤まりそうにはありません。なぜ私を残して逝ってしまわれたのですか……」




応接室から出たミシェルは、突然の両親と兄の死に、否応無く後継者として振舞う事を求められ苦悩している主人を思う。

彼女の周りを取り巻く者達は、歳若く女性という事も有り積極的に助けになろうとはしなかった。

それでも彼女は気丈に振る舞い、自分の肉親が残したものを守ろうと奮闘する。

だが、本来であれば彼女の右腕となる人物に命を狙われている。

きっと両親が死んだ後継者から、遺産を、権力を奪おうと考えているのだろう。

そして、その事に優しき自分の主人は心を痛めている。

ミシェルはジョゼットに仕えるようになった時の事をふと思い返す。


当初、彼女は一族の長に昔からの盟約にもとづき、人間の元に行くように言われ難色を示した。

なぜ自分達を蔑み、迫害する人間の力になるのだと。

だが、ジョゼットはそんな自分に、まるで姉妹のように接してくれた。

いつしか、そんな彼女を身を挺してでも守ろうと、ミシェルはそう考えるようになっていた。

そして一年前のあの日。

肉親が謀殺され、一人きりになった彼女にミシェルは誓う事になる。

私は貴女の剣になりその敵を打ち払うと。

だが、彼女が必要としているのは剣の力ではなく、その立場を確固たるものにする知の力だった。

それゆえミシェルは自分の生まれを憎む。

エルフに生まれた自分の話す言葉は、人間達にとっては家畜の鳴き声と同じ事に。

主人の身を守る盾になる事しか出来ない自分自身に。

あまつさえ、エルフである自分が主のそばにいるだけで、その立場を危うくする事に。

だが、今日自分のミスにより一筋の光明が見えた。

主人が必要としている知の力を持った人物が現れた。

その人物は銀色に輝くウォーベアーの鎧を身に纏い、この世界では高価な本を床が抜けるほど持ち、ほんの少しの事から主人の現状を予測できる。何かの事情で冒険者をしているが、きっと何処かの貴族か、魔術師の家に生まれたのだろう。

そこまで考えたミシェルは歩み出す。

心優しき主人は彼らを巻き込む事を嫌がるだろうが、彼らが自分達の失脚を願う勢力との繋がりの無い事を確認し、その力を借りるために。






それから一週間、クラン達はジョゼットの屋敷で世話になっていた。

身の回りの世話は屋敷に居る侍女達がしてくれたが、あれからジョゼットとは顔を合わせていなかった。そんな中ミシェルは時々やって来ては、クランの力を借りるために可能な限り彼との接点を持つように苦心していた。

まあ、そんな彼女を見たイヴはその都度機嫌を損ねていたが。


この日も昼食を食べたクランがいつもの様に庭で慣れない剣を振っていると、屋敷からミシェルが現れた。


「こんにちは」


剣を振るのをやめたクランがミシェルに話し掛ける。


「こんにちは、クラン様。剣の修練ですか?」


「はい。でも、ミシェルさんから見れば無様なものでしょう?」


クランが苦笑しながら答える。

目の前にいる女性の強さは嫌というほど味わった。

剣の腕もさることながら、精霊魔法の腕もイヴが嫌そうに認めた。

そして、ジョゼットを守るために放った、必殺のはずの彼女の精霊魔法を受けたクランが踏みとどまった時、すぐさま剣で追撃をかけた。

自分の力を過信する事無く、相手の状況を見て咄嗟に攻撃手段を切り替えた。

きっと、一流と呼ぶにふさわしい力量を持っている。

クランが尊敬の眼差しでミシェルを見ていると、彼女が恐る恐るといった感じで口を開く。


「その、クラン様はわたしの事を恨んでらっしゃらないのですか?」


「なぜです?」


クランが不思議そうに聞き返す。


「わたしはエルフです、亜人です……。そのような者に傷つけられて、普通の人間であれば怒り狂います」


この一週間、少しの時間だがクランに接したミシェルは、目覚めたばかりの彼が口にした通り、自分に向ける彼の眼差しに怒りや憎しみといった負の感情が含まれない事に疑問を感じていた。

まあ、普通は相手が人間であろうと、殺されかければ怒りを感じるのだが。


「逆に聞きますけど、何でミシェルさんは自分がエルフだと卑屈になるのですか? イヴさんに聞きましたけど、エルフは目が良く、弓の扱いも上手くて、精霊魔法の素質にも恵まれているんですよね。そして、現にミシェルさんは剣も精霊魔法の腕も僕よりはるかに優れています。もっとも、僕が弱いだけなのかもしれませんが」


クランはそう言いながら頭を掻く。

だが、ミシェルは信じられないものを見るように彼を見る。

亜人を認めるような彼の言葉に、今まで人間達に自分が蔑まれる事が当然であり、その事でジョゼットの力になれないと思い込んでいた事が否定された様な気がして、思わず感情的になる。


「なぜ…… なぜそんなに簡単に亜人の事を認められるのですか!?」


「だって、事実じゃないですか。人間にも、ドワーフにも、エルフにもそれぞれ優れた所がある。当たり前の事でしょう? それともエルフ族は世界一~~~って思ってました?」


彼は笑いながら答える。

だが、クランの言葉を聞いたミシェルは、自分でも気付かずに心に巣食っていた暗い思いを堪えきれず、彼の力を借りるため良好な関係を構築しようとしていた事など忘れ去り、怒ったような口調で胸の内に秘めた思いを叩き付ける。


「人間達はわたし達を亜人と蔑む! わたし達は人ではないと! その命は人より軽いと! 人間達に従い、仕えるのが普通だと! なぜあなたは、わたしに普通に接する! なぜ人の様に扱う!」


その言葉には、自分が人として生まれていればジョゼットの力になれたのに、という悲痛な想いが込められていた。

そんな彼女の突然の言葉に、面食らったような表情をしたクランだったが、自分を睨む様に見るミシェルの真剣な視線に表情を引き締め口を開く。


「ミシェルさん、負けませんか?」


「は?」


クランの言葉に彼女は呆けた様な表情をする。

彼の言葉はミシェルの考えていた言葉とは違った。

いかにクランとはいえ、亜人にここまで言われて黙っているはずは無いと思っていた。

きっと、エルフごときが何を言っているのだと、彼はそう口にすると考えていた。

だがそれは当たり前の事、集落の一族も、王都に住む人間達も口にしなくても、皆そう思っている事だった。

だが、次に彼が放つ言葉はミシェルを粉々に打ち砕く。


「ミシェルさん、人間達があなた達エルフを蔑む事を認めてませんか? 仕方が無いと思っていませんか? それはあなた達エルフが認めたら事実になってしまうんですよ? 人間達がエルフやドワーフを亜人と呼び、蔑んでいるのはあなた達を恐れているからですよ、だから平気でひどい事が出来る。まあ、世論をそう導いている為政者の政策もあるのでしょうけど」


クランはそこで一息つくと、さらに口を開く。


「ミシェルさん。人間達が何を言おうが、あなたがそれを認めてはだめです。あなたの精霊魔法や、剣だってあなたが努力したから身に付いたんでしょう? それを亜人だと言うだけで無にしてはだめです。心は負けないで行きましょう。少なくても僕はミシェルさんの事を尊敬します。これまで貴女が積み重ねて来た事に、敬意を持ちます。もっとも、僕はあなた達の大変さなんて分からないので、勝手な事を言ってるだけですけどね」


最後にクランは苦笑する。

ミシェルはクランの言葉を上手く理解できないでいた。

いつからだろう、自分がエルフだから差別されても仕方が無いと思ったのは。

いつからだろう、自分の事を亜人だと、人の亜種だと認めたのは。

いつからだろう、自分は家畜と同等だと思ったのは。

子供の頃はそんな事を考えたことも無かったのに。

だが、今はただ瞳から溢れる涙を止めないでおこう。

涙と一緒に、今まで胸に巣食っていた虚無感が流れるような気がしたからだ。

その代わりにほんの少し胸が温かくなる。

それは、目の前で泣き出したわたしをおろおろと見つめる彼が可笑しかったからなのだろう、きっと。


その日から、ミシェルのクランに対する態度が、主の客人に対する態度から少しの変化を見せた。

だが、クランがそれに気付く事は無い代わりに、イヴのミシェルを見る目が一層きつくなる事となった。

そしてそれから数日後、久しぶりにこの館の主と顔を合わせる事になる。


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