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異世界での過ごし方  作者: 太郎
異国
56/130

54

クランが目を覚ますと、職人が手間隙かけて作り上げたと思われる上質なベッドの上にいた。

思わず口から漏れそうになる言葉を苦笑しつつ飲み込み体を起こすと、彼のそばに控えていた侍女と思われる少女があわてて部屋を出る。


「拘束されている訳でもないし、誤解は解けたのかな?」


彼は呟きながら右肩に手をやる。

だがそこは、まるで戦闘など無かったかのように傷が消え去り、クランは信じられないものを見るように自分の右肩を凝視する。


「クラン、大丈夫!?」


突然ドアが開くと、張り詰めた表情のイヴが部屋に駆け込んできた。


「うん、大丈夫だよ」


クランが答えると、彼女は力が抜けた様に床に座り込む。


「よかった~、血すごい出てたし、顔色どんどん悪くなるし、死んじゃうのかと思った」


「ごめんね、心配かけて」


瞳に涙を溜める彼女にクランは笑顔で言う。

彼女にも余裕が出てきたのか、幾分やわらかい雰囲気になるが、部屋に入ってきた侍女が発した言葉を聞くとその顔に敵意が満ちる。


「お嬢様がお待ちです。歩けるのであればついて来て下さい」




侍女に案内され、派手過ぎない、だが一目で高級だと分かる調度品の置かれた部屋に通されると、これまた高級そうな三人掛けのソファーに座る金髪の女性と、その後ろに控えるレイピアを帯剣し、革鎧を身に着けた女が出迎えた。

クラン達が進められるまま対面のソファーに腰を下ろすと、侍女が音も無く前のテーブルに紅茶の注がれたティーカップを置く。

仕事を終えた侍女が一礼し退出すると、目の前の女性が口を開いた。


「申し訳ありませんでした、危ない所を助けていただいた方に危害を加えるような事をしてしまい…… 私の名はジョゼットと申します。私達に出来る事でしたらどの様な償いでもする所存です」


目の前の女性は深々と頭を下げる。


「そうね、助けてと言う人を助けたら、危うくこっちが殺されかけたからね。で、その張本人はミシェルさんだっけ?」


イヴがジョゼットの後ろに控える女を睨む。


「はい、ミシェルといいます」


ミシェルが口を開くと、クランが目を見開く。

華奢な体に小さな整った顔立ち、元の世界では染めない限り見ることの無い水色の髪。

そしてなにより――


「……見ての通りエルフです」


エルフの特徴である尖った長い耳をした女性が、搾り出すような声で告げる。

そして、ジョゼットが悲痛な表情で彼女を見た後口を開く。


「失礼ですがお詫びとして金貨10枚をお支払いいたします。ミシェルは天涯孤独になった私の家族のような……」


「どの様な償いでもするのですね」


クランがジョゼットの言葉を遮る。

ミシェルから視線をそらさないクランを見て彼女は唇を噛む。

エルフが、亜人が人を傷付けたのだ、ただで済むはずが無い。

レムリアースは、過去の歴史から比較的亜人に対する差別は少ない。

だが、彼女が怒り狂うイヴから聞いた話によると、目の前の冒険者はグランデル公国から来たという。

帝国の様に亜人を犬や猫の様な扱いをする事は無いが、人として扱う事も無い。

亜人が人に瀕死の傷を負わせたら、良くて切捨て、普通は散々慰み者にされた挙句、どこかに捨てられるか、奴隷商人に売られるだろう。

なにしろ、亜人に人権は無いのだ。


「剣と鎧を外してください」


ソファーから立ち上がり、ミシェルの目の前に移動したクランが言う。

ミシェルは男の言う通りに震える手で剣を外し、鎧の止め具を外す。

全ては自分のミスだ、守るべき人を危険に晒したのも、誤ってお嬢様を守ってくれた方を傷付けたのも。

だが、心配そうに自分を見つめるお嬢様の前で弱音は吐けない。

そう考えながら鎧を外した彼女は次に服に手を掛けようとする。

だが、クランがその前に彼女の両肩を掴む。

ジョゼットはクランに何か言おうとするが、口にする言葉が見つからず。

イヴは普段と様子の違うクランに驚き、声も出せず。

ミシェルは、この後訪れる醜態を主人に見られる事に涙しそうになる自分を押さえ込む。

そして、クランは彼女に熱の篭った視線を向けたまま、肩に掛けた手を下に動かしてゆく。




「……で、結局何やってるの? クラン」


ミシェルを椅子に座らせ、足をペタペタ触っている変態にイヴが声を掛ける。

その瞳にはミシェルに対する怒りはなりを潜め、その代わりに蔑むような視線でクランを見ていた。


「え? エルフですよ、森の民ですよ、神秘の存在ですよ。こんな機会多分一生ないですよ?」


「……気が済んだら呼んでね」


クランの変な熱の篭った視線を受けたイヴは、諦めた様に冷たくなった紅茶を口に運ぶ。




クランはミシェルに普段どんな生活をしているか尋ねながら、少し離れたところから体を眺めたり、人間と間接の動きに違いがないか、軽い運動などをするようにお願いする。

仕舞いには部屋を出て外を走ってもらおうとした所で、イヴがたまりかねて待ったを掛ける事となった。

元の世界で物語の中でしか語られる事の無いエルフに触れる機会に、明らかに暴走していたクランは我に返る。


「すみません、エルフの方と接する事が嬉しくて」


自分の醜態を詫びるクランに、ジョゼットとミシェルは困惑した視線を向ける。

彼はなぜエルフに頭を下げるのか? なぜ体を調べるような事をするのか?

エルフなど探そうと思えば娼館にでもいるだろうに、彼の行動が理解できずにどの様な態度を取ればいいのか、二人はどうしていいか分からずに混乱から抜け出せずにいた。

そんな二人の様子に、クランは彼女らが自分のした事に怒りのあまり口も開かないと思い込む。


「知りたい事が有ると我慢できなくて、ここに来る前は本も床が抜けるほど買ったりしまして、不愉快な思いをさせて本当に申し訳ありません」


膝と手の平を床に付き、額を床に付けんばかりに謝罪するクランに、ジョゼットは混乱しつつも声を出す。


「頭を上げて下さい。元はといえば私達に非があるのです、謝って頂く必要はございません」


彼女の言葉にクランはほっとした様に頭を上げソファーに座る。

すると、人間が亜人である自分に謝罪する事が信じられず、混乱の極みにいるミシェルが目の前にいる少年に話し掛ける。


「なぜクラン様は、自分を殺そうとしたエルフに頭を下げるのですか?」


「嫌な思いをさせてしまいまして…… 謝らなければならないのは当然です」


彼の言葉にミシェルは更に混乱する。


(当然? なにが? 人間がエルフに謝る? なぜ? 言葉を話す家畜と呼ぶものもいるのに?)


「クラン、自分が殺されかけた事はいいの?」


思考がフリーズしているミシェルを放って置いて、イヴがクランに話し掛ける。


「怪我も残ってないし、謝罪もしてくれたから」


「教会に依頼して腕のいい神官を派遣していただきました。私達のせいで負ってしまった傷です。当然の事です」


場の雰囲気が穏やかになりつつある事に、安心した様な笑顔でジョゼットが答える。


「有難うございます、怪我を負う前より調子が良いくらいです」


クランの軽口にイヴが面白くなさそうな視線を向ける。


「しょうがないよ、ずっと身内のような人に狙われているんだから、どこかで間違え位犯す事もあるよ」


不満そうなイヴに話し掛けるクランの言葉に、思わずジョゼットが聞き返す。


「なぜ知っているのですか?」


普段であれば決して犯す事の無い失言に、彼女は思わず口に手をやる。

そして、ミシェルも自分が殺しかけた人間が、自分の事を許すなどと口にしている事に混乱しつつも、思わず剣の柄に手を掛ける。


「いままでの状況から推測しただけです。でも、その様子だとあながち外れてないようですね。すみません、部外者が余計なことを口にして……」


クランの謝罪の言葉を、ジョゼットとミシェルが強張った表情で聞く。


「ふ~ん、まああたし達には関係ないからいいけど」


興味なさそうにイヴが言と、クランは苦笑をした後目の前にいる女性二人に話し掛ける。


「ええと、そういう事なので僕達は失礼させていただこうと思うのですが」


彼の言葉を聞いたジョゼットは、いままでの会話で自分のペースを乱されていた事もあり、思わず目の前の人物に問い掛ける。


「戯れにお聞きしますが、もし私達がクラン様の仰る通りの状況だったとしたら、どうしたらよいとお考えになりますか?」


「そうですね、詳しい話が分からないので具体的なことは言えませんが、第三者的視点で見る事の出来る識者を挟んで先方との話し合いをしたり、対策を立てたらいかがでしょうか? 今、僕が言える事はこの位です。若輩者の言うことなので、お気を悪くしないで下さい」


思わず答えたクランは、話しすぎたかなと若干後悔しながらもソファーから腰を浮かせる。

クランが席を立とうとするのを見たイヴも、怪我を負わされた事は彼が気にしてないようなので慰謝料の事はあきらめ、最後に助けた報酬を貰わなきゃ、と考えながら席を立つ。

だが、ジョゼットの次の言葉で二人は再度ソファーに座り直す事になる。


「お待ちください。クラン様達を雇うのには報酬はいかほどお支払いすればよろしいのですか?」




クランがジョゼットからの突然の仕事の依頼の返事をしかねていると、ゆっくりと考えてくださいと言われ客室に案内された。

クランとイヴは別々の客室に案内されたが、今はクランの部屋で今後の事を二人で話し合っていた。


「まいったな、口は災いの元とはよく言ったものだね」


「何それ?」


苦笑しながらクランが口にした言葉を、イヴが不思議そうな顔で聞き返す。


「うん、僕の故郷の言葉だよ。余計な事は言わない方が良いって意味。まあ、取りあえずしばらく世話になる事になると思うから、ゆっくりしようか。傷口はふさがったけど体力までは回復してないみたいだし」


そう言うとクランはベッドに横になる。


「結構血が流れたもんね」


「……うん」


イヴの言葉にクランは上の空で返事をした。


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