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異世界での過ごし方  作者: 太郎
異国
55/130

53

「ちょっと休憩しようか?」


早朝にサリウス村を出発し、次の村に向かって街道を歩いていたイヴは隣を歩いているクランを見る。


「まだ歩き始めてから2時間位じゃない。お昼まで歩くよ」


「でも……」


「あたしは大丈夫。それともクランは疲れた? 冒険者なのに?」


クランは彼女の言葉に休憩の提案を飲み込む。


「さっさと行きましょ。初めての村だから、早く着いて村の中を見てみたいしね」


そう言うとイヴは足早に歩き続ける。

太陽が真上に差し掛かる頃、二人は最初の休憩を取る事にした。

クランが石を探して簡易的な竈を作り、イヴがちょっとしたスープを作りパンを温める。


「じゃあ食べましょ、こんなかわいい子が作ったんだから味わって食べてよ」


イヴは笑いながらスープの入った器をクランに差し出す。

彼はスープを一口啜った後、感想を口にする。


「うん、美味しいよ。かわいい子が作っただけの事はあるね」


「なっ、馬鹿。美味しいのは当たり前じゃない!」


クランの言葉に彼女は怒ったような口調で答える。

顔が赤いのは美味しいと言われたからか、それともかわいいと言われたからなのか。

彼女はクランをチラチラ見ながら自分の作った昼食を口に運ぶ。

昼食を食べ終えた二人は、後片付けをすると食休みもそこそこに歩き出す。

そのかいあってか、太陽がまだ高いうちに次の村に辿り着いた。




「やっと着いたね。宿を探して休もうよ」


そう口にしたイヴは、疲れたような表情を浮かべていた。


「村の中は見なくていいの?」


クランの言葉に彼女は少し考えた後、答える。


「う~ん、小さい村だしいいかな」


「じゃあ、宿を探そうか」


彼の言葉にイヴは素直に頷いた。




村に一軒だけある宿で部屋を取った二人は、食堂で夕食というには早い時間から食事をする事にした。


「ん~、まあこんな物かな」


食事をしながら料理の感想をイヴが口にする。


「そうだね、イヴさんの作った食事のほうが美味しいかな」


クランの言葉にイヴは恥ずかしそうに視線を逸らす。

食事を終えた二人は、まだ日が沈む前だがそれぞれの部屋へ向う事にした。


「今日はもう休むから、じゃあお休み」


彼女は部屋に入る前にクランに就寝の言葉を告げた。




「痛っ」


イヴはベッドに腰掛けながら靴を脱ぐ。

足は豆がつぶれ血が滲んでいた。


「げ、痛いと思ったら結構酷い事になってる」


クランと一緒にいる間は我慢していたが、部屋に戻って傷を見ると余計痛くなったように感じる。


「は~、明日ちゃんと歩けるかな」


傷を濡らした布で拭きながら呟く。

自分が平気だとクランの休憩の提案を断っていた手前、弱音を吐くわけにはいかなかった。

それは彼女が、本来なら両親から保護されている子供の頃、家に寄り付かない両親に心配させえないように聞き分けの良い子供でいたため、否応無く身に着けた強がりだった。

だが、彼女は自らの家を離れ、慣れない旅をしている事で今まで張っていた意地が剥がれ、自然と目に涙がたまって行く。

必死にこらえていた思いが嗚咽に変わろうとした時、ドアをノックする音が聞こえた。

彼女は潤んだ瞳を擦ると返事をする。


「はい」


「クランだけど、ちょっといい?」


イヴは咄嗟に断ろうと考えたが、不自然になると思いドアを開ける。


「なに?」


彼女の声色が若干硬くなる事は仕方が無いのだろう。


「ん、ちょっと気になる事があって」


そう言うと彼はずかずかと部屋に入って来る。


「ちょっと、女の子の部屋に入るのに無神経じゃないの?」


文句を言う少女を半ば強引にベッドに座らせると、跪き足を掴む。


「やめてよ、人呼ぶよ!」


彼女はクランを睨みつける。

彼はそれを無視すると、ため息をつく様に話す。


「痛かったでしょ?」


彼は手に持っていた薬をイヴの血の滲むマメに塗ると、清潔な布を取り出す。


「薬草は村で買って来たから、明日までに治るか分からないけどじっとしていて」


「気付いていたの?」


イヴは気まずそうに、自分の足の手当てをしているクランに問い掛ける。


「歩き方を見ればね、それと初めての旅であの速さで歩けばマメもできるよ」


クランは叱るでもなく、呆れるでもなく話す。


「ごめんね……」


だからイヴも素直に謝る、彼が純粋に心配している事が分かるから。


「最初は誰でもそうだよ、経験して初めて分かる」


笑いながら口にするクランを見ながらイヴは思う。

この人は、強がっているあたしに教えるために黙っていたんだと。

だが、素直にそれを口にするには彼女は若すぎた。

イヴが黙っていると、彼女の足に布を巻き終えたクランは部屋を後にする。

「また明日ね」と言い残して。

イヴはお礼を言えなかった事を心残りにしながら、少しだけ嬉しそうに足に巻いてある布に触れた。




「おはよ~、クラン」


早朝、クランが食堂でイヴを待っていると、部屋から歩いて来た彼女が笑顔で挨拶する。


「おはよう」


クランも笑顔で答えると、昨夜の事が気まずいのか、イヴは少し顔を赤くしながら椅子に腰を下ろす。


「さあ、今日も頑張りましょ」


「うん、いよいよ王都だもんね」


昨日の事を口にしないクランの気遣いに、彼女の表情は自然と柔らかくなる。


「じゃあ、ちゃっちゃと食べて出発しましょ」


そう言うと彼女は、女将が持ってきた朝食を美味しそうに食べるのだった。




この日、王都に向かう旅路は概ね順調だった。

クランはイヴの足を気遣って歩く速度を遅くし、休憩を小まめに取るようにした。

イヴも昨日の失態を気にしてか、クランの指示に素直に従う。

昼食も二人で作業を分担して十分時間を取るようにした。

そのため、早朝に村を出発したにも関わらず、王都レムリアースに到着したのは夕方近くになっていた。

王都に着いた二人は、街を取り囲む様に作られている広大な防壁の、北にある正門から入ろうと列に並ぶ。


「混んでるねー」


街に入るために並んでいる人の列を途中で数える事を諦めたイヴが、思わず口にする。


「そうだね、さすが王都だけの事はあるね」


クランが周囲を見回しながら彼女に答えた。

街の中心にはレムリアース城の主塔(ベルクフリート)が見える。

そして、街の北東から南西に向けて河が流れている。河などの畔に建てる城の事を、水城(ヴァッサーブルク)と呼ぶ。北門が混むのは、河があるため東と南から来る人が少ないからだろう、という事は西門も混雑しているはずだ。

防壁の長さからして、中には十万人前後の人々が暮らしていると思われる。

クランがそこまで考えると、思っていたより早く順番がやってきた。

愛想の無い衛兵に、街に来た目的とおおよその滞在期間を聞かれ、当たり障りの無い答えを返すとすんなり門を通過出来た。


「なんか簡単に入れたね」


クランが思った事を口にする。

戸籍などもきちんと管理されておらず、身分の証明が難しいため、ある程度まともに見える人間なら問題視されないのだろう。

戦時下でもないため、厳しく取り締まって人と物の流れが滞り、経済活動が停滞する事の方を問題視しているのかも知れない。


「まあ、楽だったんだからいいじゃない。早く宿を見つけましょ。グランデル公国のルイザの街ってのがどっちにあるのか、王都なら分かるでしょ」


イヴの言葉にクランが頷く。

王都に寄る事にしたのも、ルイザの街がどの方向にあるか正確に分からなかったからだ。

途中の村で聞いてはみたが、異国の街の名前を知っている人はいなかった。

北にあるのは間違いないが、途中で迷ってヘリオン帝国領に着いてしまったら面倒な事になるだろう。

下手をすれば、敵国の密偵として処刑される可能性すらある。

何といっても、クランは帝国に仇名す依頼を果たしたばかりだった。

帝国が犯人を捜すのに躍起になっている所に、のこのこ出て行って捕まり問答無用でバッサリやられたら目も当てられない。

チキンと言われようが、旅の連れの事も考えて彼は安全なルートを選んだ。


街の中に入ったイヴが道行く人に尋ねながら、冒険者の宿を探す。

初めて大きな街に来た彼女とって見るもの全て珍しく、レンガ作りの家、道行く人に声を張り上げ売り込む露天商、店先に並べられた商品を見ては足を止めていた。


「迷った……」


目の前にそびえる防壁を、街の中から見上げながら彼女は呟いた。


「とりあえず戻ろうか」


子猫の様に興味を引かれた物に吸い寄せられ、気付けば迷子になっていたイヴを見ながらクランが苦笑する。


「ごめんね」


上目遣いにクランを見ながら謝るイヴに、彼は再度苦笑する。

彼女は今までの道のりで、クランの事を多少の好意を持って見るようになっていた。

彼の事を一言で言えば、お人好し。

旅など初めてなのに、言う事を聞かない女の子のわがままを黙って聞き、自尊心を傷付けない様にさりげなく手助けする。

正直彼の事などほとんど知らない。

でも、きっとその人間性は信じられる。

今まで友達といえば精霊しかいなかった彼女の、初めての人間の友達なのかも知れない。

そして、両親の他に甘える事のできる相手なのかも知れない。

彼女は困った様な苦笑を浮かべつつ、でも優しい眼差しを自分に向けているクランを見て、嬉しそうに来た道を戻るために振り返る。


すると――


「待ちやがれ!」


きびすを返したイヴが突然聞こえてきた怒声の方に目を凝らす。

そこには数人の男達に追われ、自分達の方へ走って来る一人の女性がいた。

その女性は、足を止め目の前にそびえる防壁を見ると絶望の色を浮かべるが、クランとイヴがいる事に気付くと、藁をも縋る思いで話し掛ける。


「お願いです、助けてください!」


クランは切羽詰った様子で声を掛けてきた女性を見る。

よく手入れされた金髪に透き通るような青い瞳、街にありふれた服を着ていたが、そこからは白魚の様な指先が見える。背の高さはイヴより高く、クランには届かない。


なぜこの女性は男達に追われているのだろう?


クランがそんな事を考えるより先に、彼に相談もせずにイヴが女性に答える


「まかせて!」


そう言うと、彼女は男達と女性の間に立ち声を張り上げる。


「ちょっとあなた達、なんだか分からないけどここは通さないからね!」


男達は突然の闖入者に顔を見合わせる。


「あの方からの依頼だ、悪く思うなよ」


男の一人が口を開きながら懐からダガーを取り出すと、それに呼応して気を取り直した男達がクラン達を取り囲む。


(五人か……)


クランが男達を数えて心の中で呟き、人数が多い事に苦悩する。

男達を引き付けた所で何人かは抜けるだろう。

それではイヴと後ろの女性が脅威に晒される事になる。

何より、彼らの中に一人だけ明らかに腕の立つ男がいる。

どうやって二人を逃がすか、じりじりと包囲の輪を狭めてくる男達にクランがゆっくり懐に手を入れようとすると、


『大地の精霊ノームよ、石つぶてを!』


イヴの願いに精霊が応え、地面から機関銃のように打ち出された石が男達を襲う。


「ぐあっ!」

「ぎぃっ!」


幾つかの悲鳴が上がった後には、二人の男達が地面に倒れていた。

イヴの精霊魔法になんとか耐えた男達も全身に傷を負い、形勢が不利になると見るや脱兎の如く逃出す。

とりあえずの危機を脱した女性は安心したのか地面に座り込み、それを見たイヴが心配して声を掛ける。

クランは残った男達の息があるか確かめるために、倒れたまま動かない彼らに近づき、首筋に手を当て全員に息が有る事を確認すると、後ろにいるイヴ達に声を掛けようと一歩踏み出す。


その時―――


「貴様、お嬢様から離れろ!」


クランは突然の怒鳴り声に何事かと聞こえた方を振り返ると、そこには髪を逆立てんとばかりに怒りの篭った視線を向ける女がいた。


「いや、僕は 」


クランが女に向き直り話しかけようとすると、彼のローブの隙間から銀の鎧と鞘を見た女は呪文を唱えだす。


『風の精霊シルフよ、敵に風の刃を!』


クランは咄嗟に両腕で顔を庇う。

その瞬間、真空の刃が彼の鎧を切り裂き辺りに血が飛び散る。

クランは右肩を鎧の肩当てごと切り裂かれ、痛みに一瞬意識を失いそうになる。

呪文を唱えた女はクランがまだ立っている事に驚きつつも、相手がウォーベアーの毛皮から作られた銀色の鎧を着けていたために致命傷を与えられなかった事を悟り、相手が態勢を立て直す前に腰に吊るしたレイピアを抜き斬り掛かる。

クランは朦朧とする意識の中、右腕が使い物にならない事を悟ると左手を懐に入れる。

二人の敵意が交錯しようとした瞬間、戦闘中の彼らの後ろより女性の叫び声が聞こえる。


「待ちなさい、ミシェル!」


声を聞いた女は振り下ろそうとするレイピアを止め、バックステップでクランから距離を取る。

それを見たクランは、後ろでイヴに支えられている女性の呼びかけで戦闘を回避できたと判断し、かろうじでつなぎ止めていた意識を手放した。

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