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異世界での過ごし方  作者: 太郎
異国
54/130

52

シドがルイザの街を自分の部下と共に歩いていると、途中の宿がやけに騒がしい事に気付き怪訝な表情を浮かべながら呟く。


「なんだ、喧嘩か?」


宿の入り口から中を覗き込むと、物のぶつかる音や、それを見ている暇人どもの野次が聞こえる。


「シドさん、アジトに戻りましょうよ。下手に首を突っ込んで目立つと頭に怒られますよ」


宿の中を覗き込んでいる上司に部下が苦言する。


「ああ、そうだな。『二度と笑ったり出来なくなるまで訓練してやる』なんて言われたくないからな」


そう言ってシドがアジトへの道に戻ろうとすると、一瞬長い黄金色の髪が見えた。

(女か?)

彼は冒険者の宿で大立ち回りをするような女に興味を持つと、引き止めようとする部下を無視して宿の中に入る。


「って、レナじゃないか!」


彼は数人の男達と殴り合いの喧嘩をしている人物を見て驚きの声を上げる。

(そんなに血の気の多い感じには見えなかったんだけどな)

心の中で呟くと、レナと男達の間に無理やり割り込む。


「こんな所で暴れたら迷惑だろう、衛兵の世話になりたいのか? どうしたんだ一体?」


シドがレナに話しかけると、ゼムは突然乱入してきた男をねめつける。


「なんだお前は、これは俺達の問題だ!」


「いや、すまないな。レナとはちょっとした顔見知りでな。衛兵の世話になるのも忍びなくて割り込ませ

てもらった。何が有ったか分からないが、俺も謝るから勘弁してくれ」


シドは目の前にいる大男に頭を下げた。

ゼムは突然乱入してきた男を見て考える。

成り行きでレナと揉める事になったが、本来そんな事は望んでいない。

この男を利用すれば、仲間達に自分の面子を保ったままレナに負い目を負わせることが出来るかもしれない。

そうすれば、レナを自分の思い通りにする事ができ、ついでに面倒な衛兵の世話に成らなくて済む。

そこまで考えると、ゼムは口を開く。


「しょうがねえな。レナがきちんと詫びを入れれば、おまえの顔を立てて許してやってもいい」


口に下卑た笑みを浮かべる大男を見ると、シドはレナに話しかける。


「レナ、何があったか分からないが、ここは大人しく謝ったらどうだ?」


共に肩を並べて戦ったことのある密偵に、彼女は言葉少なく答える。


「……野良犬と呼ばれた」


悔しそうに口にした彼女の言葉に、シドは内心首を傾げる。

(野良犬と呼ばれて暴れたのか。言う方も言う方だが、言われて暴れる方も暴れるほうだな)

彼は呆れたように心の中で呟く。


「どちらかと言うと、レナは犬と言うより猫だと思うな、俺は」


シドは怖い女の上司に散々叩き込まれた笑みを顔に貼り付け、軽口を言う。

大男の下心丸出しの表情を見ながら、シドは何とか騒ぎを収めることが出来そうだと、ほっとする。


「私じゃない、クランの事だ……」


「え?」


レナの呟くような声に、シドが聞き返す。


「野良犬と言われたのは、私じゃない。クランだ」


その言葉を理解した時、シドの拳は大男の顔面に叩き込まれていた。


「言われて我慢できない事って有るよな、サイ」


シドは先程まで一緒に歩いていた、今は後ろの方で天を仰いでいる自分の部下に呟いた。




クリスが空腹の熊亭に着くと、そこは店の客が入り乱れたコロシアムになっていた。

あまりの無秩序ぶりに彼女は一瞬呆然とする。

だが、レナと自分の部下が冒険者と思われる男達と殴り合いをしているのが視界の隅に入ると、彼女は自分が何をしに来たのかを思い出す。

大きな音が出る様に手を打ち鳴らすと声を張り上げる。


「あなた達、それまでにしなさい。衛兵が向かってるわ、捕まりたいの?」


クリスの声の届いた大部分の者達は、面倒ごとは御免だとばかりに宿を後にする。

彼女は残った者達――レナと自分の部下、大男とその仲間達――の所へ向かう。


「それで何をしているのかしら? あなた達」


腕を組みながらこちらを見るクリスに、レナはふてくされた様に視線を逸らし、シドとサイはばつが悪そうに頭を掻く。


「まあいいわ、戻ったらちゃんと話を聞かせてもらうから。行くわよ」


そう言ってきびすを返すクリスの肩を大男が掴む。


「ちょっとまてや! お前が誰か知らないが、このままじゃこっちの気が済まないんだよ!」


「あら、レナが喧嘩をしてるっていうから迎えに来たんだけど、その相手ってあなた達だったの? ごめんなさいね、まさか女相手にいい男が喧嘩だなんて思わなくって」


凄む男に、クリスが小馬鹿にしたように言う。


「てめえ、死にてぇのか!」


男が顔を真っ赤にして彼女の胸倉を掴もうとする。

が、いつ抜いたのか、男の首元にはダガーが突き付けられていた。


「女なんだもの、この位のハンデいいわよね」


クリスが男の首筋に薄っすらと傷を付けながら冷笑する。

男は自分に向けられる、まるで爬虫類の様な瞳を見て凍りつく。

この女は人を殺すのに何とも思っていないと。

自分の命を握っているのが、まるでゴミを見るような視線を向けている女なんだと思うと自然と膝が震えてくる。

曲りなりにも冒険者として生きて来た男が恐怖で黙り込むと、クリスは目を細めながら口を開く。


「レナが本気になって剣を抜いたら、全員謝るまもなく斬られるわよ。分かったらもう二度とレナに関わらないで。それと、治療費ぐらいは払ってあげる」


彼女はダガーを懐にしまうと、金貨を一枚取り出す。

男はひったくる様に金貨を奪うと、仲間達に視線をやり宿を後にする。

それを確認したクリスは振り返り口を開く。


「さてと、今度はあなた達ね」


彼女の視線を受けたシドは、思わず呟いた。


「うへぇ~」




アジトに戻ったシド達は、椅子に座るクリスに乱闘に成るまでの経緯を説明する。


「は~、レナ、なにやってるのよ、あなた」


話を聞き終えたクリスは、ため息をつきながらレナに話し掛けるが、レナはこの部屋に入ってからずっと明後日の方を見ていた。

その姿にクリスは苦笑しつつ、自分の部下を見る。


「それであなた達は自分のやった事分かってる? 密偵が目立ってどうするのよ」


「命の恩人を馬鹿にされました。黙っていられません」


シドは胸を張って答え、そう言い切った彼を思わずレナが見る。

もっとも、そんな直属の上司をサイは困ったように見ていたが。


「あんた、そんな堂々と答えなくても……」


クリスは再度苦笑しながら、前回の作戦に参加してもらった少年を思い浮かべる。

まったく、男気溢れる密偵など使えやしない。誰の影響だ、と考えながら。


「まあ、やっちゃった事はしょうがないわね。シドとサイ、あんた達はほとぼり冷めるまでレムリアースに行ってなさい」


シドは思わず聞き返す。


「それだけですか?」


「なによ、不満?」


「いえ、そういう訳では無いのですけど……、『二度と笑ったり出来なくなるまで訓練してやる』って言われるかと思いまして」


「そう言ってほしいの?」


シドの言葉に、彼女は今日何度目かの苦笑をする。


「いえ、結構です。シド以下二名、レムリアースにて情報収集の任務に就きます」


シドとサイが直立不動で言う。


「じゃあ、さっさと行きなさい」


手をヒラヒラさせて退出を促す上司の言葉に従い、二人が部屋を後にする。


「それでレナ、あなたはどうするの? また暴れられたらめんどう見切れないわよ」


部屋にレナと二人だけになったクリスは、改めてレナに話し掛ける。


「手を貸してくれとは頼んでない」


こちらを見ようともせずに答えるレナの様子に、クリスはため息をつく。


「じゃあ何か情報が入っても知らせなくていいわね」


その言葉に、レナは部屋に入ってから始めて彼女に顔を向ける。


「冗談よ、でも揉め事を起こしてほしくない事は本当」


迷い犬の様な視線を受けたクリスは、彼女に助け舟を出す。


「分かった。野生の雌鹿亭で大人しくしている」


不承不承頷き、退出しようとするレナを呼び止める。


「空腹の熊亭の女将に謝っといて、これ迷惑料。……クランの報酬から引いとくから」


そう言ってクリスはレナに金貨を一枚投げる。


「わかった」


レナは右手で金貨を受け取るとアジトを後にした。




「シドさん。お頭、なんかいつもと違いましたね」


サイの言葉にシドが答える。


「そうだな、いつもはもっと事務的だものな。お頭はお頭でクランが犬呼ばわりされた事が気に食わなかったんじゃないのか?」


シドの言葉にサイが笑いながら答える。


「そうかもしれませんね。自分をアホ呼ばわりした奴が、他の奴に犬扱いされてむっとしたのかもしれませんね」


「違いない」


二人は笑いながら、次の任務に必要な物を準備するために市場へ向かった。


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