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異世界での過ごし方  作者: 太郎
異世界
50/130

48

密偵達は重要書類を持つ仲間を援護しながら、徐々に森へ後退していた。

そして、迷彩を施したローブを脱ぎ捨て、輝かんばかりの白銀の鎧を身に纏ったクランとレナが、ワイバーンの矢面に立っている。


「グレック、脱出状況はどうなっている!」


クリスがワイバーンから目を離さずに叫ぶ。


「重要書類を持った者は森へ逃げ込みました!」


部下の報告にクリスは考える。

森の中に逃げ込めばあの図体だ、追ってくるのは難しいだろう。

だが、ここから全員無事に逃げ出せる保証はない。

そして、倒そうにも今の戦力ではどれほどの被害が出るか見当もつかない。

どうする事がベターなのか、彼女は考えながら敵と戦っている仲間達に視線を向ける。


レナは目の前にいる敵の一挙手一投足を見逃すまいと神経を張り巡らせる。

相手はワイバーンだ。亜種とはいえ今のレナ達では手に余る。

そのため、クランと敵の的を絞らせないように小まめにポジションを入れ替える。


「チェンジ!」


クランの掛け声でレナは敵の正面から後ろに移動する。

レナは自分なら多少の時間敵をひきつける事ができると踏んでいたが、クランでは十秒も持たないと思っていた。

だが、レナの考えていた以上にクランは成長していた。

それは、ドワーフ達の所でのクリスとの手合わせでも垣間見ることが出来ていた事だ。

敵の攻撃を捌くという事に関して、クリスが相手でも凌げたという事は、相手が一流の戦士でも防御だけを考えれば問題が無いという事になる。

レナは、ワイバーンの後ろで相手の気を引くために攻撃を仕掛けながらクランを見る。

そこには、レナが感じるよりワンテンポ早く敵の攻撃に反応しようとする姿が見えた。

もっとも、反射神経も身体能力も劣るため、何とか避けているぐらいにしかなっていなかったが。

だが、戦況はそれらの事を踏まえても予断を許さない状況だった。


「クリス、どうなっている!」


レナは、クリスに現在の状況を確認する。


「重要書類を持った密偵は脱出した!」


クリスの言葉に、レナは次にどうするべきか考えようとした。

だが―――


「クリスさん! 残った密偵達を脱出させてください!」


レナが結論を出すより早くクランが叫ぶと、「問題ないですよね」という目で彼女を見る。

だったら答えなければなるまい。私は師匠なのだから!


「クリス、クランの声が聞こえたか! ここは私達に任せろ!」


そう言いながらレナは、導かなければならない弟子から頼れる仲間になったクランを見る。

だが、彼のワイバーンに斬り付ける姿を見て、攻撃に関してはまだまだ指導しなければならないな、と苦笑を浮かべた。


「全員聞こえた!? 今のうちに脱出しなさい! レナ達だっていつまで持たないわよ!」


クリスの指示で密偵達が脱出する。

クラン達から離れる際、すまないと言い残して。

そして、部下達が全員脱出した所でクリスはこの後の事を考える。


(わたしが残るしかないかしら)


残った中で一番足が速く、身軽なのは自分だ。

もしかしたら無事に逃げられるかもしれない。

クリスがそう結論を出そうとしたところで、クランの声が聞こえた。


「ここは僕が残ります! 二人は皆と合流してください!」

「しかし!」


彼の提案にレナが否定の声を上げる。


「ワイバーンがこんな所にいる事は変です! 帝国の罠かもしれない! だったら森に帝国の伏兵が潜んでいる可能性がある! 二人は先行して脱出した人達の護衛をして下さい!」


クランは躊躇する二人に更なる言葉をかける。


「何のためにここまで来たんだ! 目的を忘れたのか! 一人だったら俺はなんとか逃げられる! だからお前達は脱出しろ!」


そう言いながらクランは、腰からダガーを抜きワイバーンの目を狙って投げる。

敵は避けるために頭を左にずらす。

その隙に、クランは大きく踏み込み敵に斬りかかる。

その技は、彼が唯一師匠から教えられずに自ら編み出したものだった。




――「なにをやっているんじゃ、おぬしは」


守の老師である顔厳が、あきれたように自分の弟子に声をかけた。


「すみません」


守は立ち木打ち用の丸太の前で俯く。

顔厳が見ていると、絶招歩法である箭疾歩と蜻蛉からの斬激を合わせた様な事をやっていた。


「遠い間合いからでも蜻蛉で斬激を放つ歩法は教えたはずじゃ、なぜそれを練習しない?」


それはもっともな事だ。

すでに遠い間合いから攻撃するための手段があるのだ、わざわざ不恰好な姿を晒す必要は無い。


「僕には才能がありません。だから、箭疾歩と蜻蛉用の歩法の二つを習得するより、箭疾歩だけで無手の時と刀を持った時、両方賄えないかを考えました」


顔厳にとっては理解できない論法であったが、まあ、言いたい事は分かる。

しかし、それは新しい技を編み出す事と同じ事だ。

才能が無いからやってみましたで習得できるはずも無い。

だが、顔厳は自分の弟子の才能の無さ以上に、彼の執念を信じてみる事にする。


「大事なのは体の捻りだ、震脚も本来の意味を考えながらやってみろ」


顔厳の言葉に守は一礼すると、下手な踏み込みを再開する。

そして一年程経つ頃には、後は功夫を積むだけという所まで到達し、その事に顔厳は驚愕する事になる。




クランがワイバーンの一瞬の隙を突いて放った技。

それは、五メートル程離れた間合いを箭疾歩で一息で詰め、記憶が無かったため不十分な震脚しかできなかった時とは違い、必要以上に地面に勁を逃がさず蜻蛉からの斬激に乗せる。


「GYAaaaaaaaaa!」


絶招 蜻蛉とでも言うべき攻撃は、ワイバーンの決して柔らかいとはいえない腹部を切り裂いていた。


「今だ! 行けーーーーーー!」 


クランの叫びに気圧されるように二人は脱兎の如く走り出す。

二人が走り去った気配を感じると、彼は大きく息を吐き出した。


「ここまでやったら、大人しく逃がしてはくれないよな」


腹部から血を流し、怒りの篭った目で彼を見るワイバーンを見てつぶやいた。




密偵達は森の中を走り続けていた。


「ちくしょう! 本当に俺達はピクニックに連れて来てもらっただけかよ!」


密偵のリーダー格の男がつぶやく。

その男は、帝国の施設を見つけようとしていた時に、重くなった雰囲気を何とかしようと、クリスに手を引いて貰おうなどと軽口を言った男だった。


「シドさん、しょうがないですよ。ワイバーンですよ? 俺達には荷が重いですって。」


シドと呼ばれた男の隣を走る密偵が答える。


「だけどよ、あんな子供みたいな奴が残って、俺達は尻尾を巻いて逃げるんだぞ!」


シドは思わず隣を走る男に怒鳴る。


「俺だってなんとも思わないわけじゃないですよ、でも今は施設から持ち出した物をきちんと街まで持って帰る事が任務でしょう? それができなかった時にあのクランってガキに謝りましょうよ」


男の言葉にシドは黙り込む。

しばらく無言で走っていると、前方で争いの音が聞こえてきた。


「ちっ! 何だいったい!」


走る速度を上げると、重要書類を持ち出した仲間が剣を抜いて戦っているのが見えた。

シドがその場所までたどり着くと驚きの声を上げる。


「グリズリーか!」


そこには体長3メートルに達しようかという熊がいた。

シドは剣を抜くと重要書類を持った仲間に向かって叫ぶ。


「ここは俺達に任せてお前達は先に行け!」

「すまん!」


そう言い残して、書類持ち出し組の密偵達は走り出す。


「お前達は俺と一緒にここで足止めだ」


シドは自分と一緒に走っていた密偵達に言った。


「まあ、ワイバーンじゃないですからね。給料分の仕事はしないと、頭にどやされますから」


男の飄々とした言葉にシドは苦笑する。


「いいか手前ら! ちっとばっかし大きく育った狸なんぞに殺られてみろ、ここまで引率してくれた奴に笑われるぞ! いいか、全員生きて帰るぞ!」


そう言うとシドはグリズリーに斬りかかった。



一方、グレックを先頭にレナとクリスは森の中を走っていた。

クリスとグレックは緊張した表情を浮かべ、レナは苦しそうな表情をしていた。


「クリス、契約を破棄させてくれ」


突然そう言うとレナは足を止める。


「どういうつもり? まさかクランさんを助けに行くつもり?」


レナから数メートル離れた所で足を止めたクリスが聞き返す。


「ああ」


「いまから戻っても、間に合わないかもしれないわよ?」


「ああ」


「あなたが戻っても、彼を助けられないかもしれないわよ?」


「ああ」


「それでも戻るのね」


クリスの言葉に彼女は頷く。


「冒険者が依頼を破棄するって、どういう事か分かってるわよね」


「本当にすまない。だが、ここで戻らないと一生後悔することになると思う。たぶん、もう二度と剣を握れなくなるくらいに」


レナはクリスから目を逸らさずに答える。


「わかったわ、だったら報酬の十倍を違約金として払いなさい」


クリスは根負けしたように、ため息を付きながら答えた。


「クリス、ありがとう」


レナはきびすを返して走り出す。

今回、レナはクリスに報酬は不要と伝えてある。

だから、クリスはレナに遠まわしに言ったのだ、「行け」と。

故にレナはクリスに礼を言う。

そしてクリスもまた、初めて聞いたレナの詫びと礼の言葉に、手を貸してやろうかなと柄にも無く思った。


「グレック、後はお願い」


自分の部下に作戦の責任者としては不適切な指示をすると、彼女はレナの後追う。

グレックは二人を無言で見送ると、先に脱出した部下達を追いかけた。



その頃クランは、目の前にそびえ立つワイバーンを見ながら肩で息をしていた。


「さすがにやばいな」


そう呟くと彼は考える。

先に脱出した密偵達は無事だろうか?

レナとクリスは皆と合流できただろうか?

クランは帝国の伏兵がいる可能性は低いと考えていた。

こんな所に偶然ワイバーンが現れたとは考えづらい。

それならば帝国の策略だろうか?

だが、こんな不確実な手段を取るとは思えない。

その上、密偵達はくもの子を散らすようにバラバラに逃げ出した。

その状態で伏兵を配置しても成果は上げられないだろう。

クランが自分の思考に埋没した隙を突いて敵が長い尾を横なぎに振りぬく。

彼はとっさにバックステップするが、避けきれずに吹き飛ばされる。


「ぐはっ!」


全身を駆け抜けた激痛に、彼は失いそうになる意識をなんとかつなぎ止める。

笑い出しそうになる膝を気力で押さえ込み、何とか立ち上がった。

かなりの時間を稼いだつもりだ。

これならワイバーンが飛んで密偵達を探しても見つけづらいだろう。

もちろんレナ達も逃げ切れる。

そこまで考えて彼は自分が脱出する方法を考える。

満身創痍の状態だが、彼は自分が生き残る事を決してあきらめていなかった。

それは、誓い。

今は亡きサラとリズに、もう二度と彼女達の様な不幸な子供を生み出させないと約束したことが、彼を死のその瞬間まであきらめさせない。

生への執念を瞳に滲ませてじりじりと森へ後退するクラン。

そして、自分を傷つけた人間を怒りの篭った目で睨むワイバーン。

徐々に高まる緊張感が、一触即発まで昇華した時。


「クラン!」


自分を呼ぶ声が聞こえた。

彼が声の方を見ると、肩で息をするレナと皮肉げな表情を浮かべたクリスがいた。


「悪いわねクランさん、戻って来ちゃった」


クリスはそう言うと双剣を抜きながら、レナと一緒にクランの横に走る。


「なんで戻って来た、逃げろと言ったはずだ!」


「なによ、仲間を助けに来たんだから怒らないでよ」


いつになく厳しい口調のクランにクリスは驚きながら答えた。

彼は舌打ちをすると、クリスに声をかける。


「ダガーを貸せ」


彼女はワイバーンから視線を逸らさずにクランにダガーを渡す。


「どうするつもり?」


クランはクリスの言葉を黙殺して目の前の敵を見る。

ワイバーンは突然現れた二人の人間を見極めようとしていた。

その様子にクランは再度舌打ちをする。

腹部を斬られた事に怒りで我を忘れていた敵が、突然乱入者が現れた事で冷静さを取り戻していたからだ。

敵はこちらの弱点を見極めると、それを突いてくるだろう。

そして、それは肩で大きく息をしているレナか、動きを妨げないよう柔らかい革鎧を身に着けているクリスが選ばれるだろう。

そこまで考えたクランは、心の中でサラとリズに詫びる。

もしかしたらここまでかもしれない、と。

そして、ついにワイバーンが獲物を定めたようにレナを見る。

その瞬間、クランが敵に向かって走り出す。

ワイバーンはレナに襲い掛かるのを止め、自分の間合いにやって来たクランに牙の並んだ口を開く。

クランはそれをサイドステップで避けると、愛用のバスタードソードを手放し敵の大きな頭に飛び掛る。

ワイバーンは、自分の頭に取り付いた敵を振り払おうと頭を左右に振り暴れだす。

クランは振り落とされないようにしがみ付きながら、クリスから受け取ったダガーを鞘から抜くと敵の目に突き入れる。


「GYAaaaaaaaaa!」


あたりにワイバーンの悲鳴が響き渡る。

そしてクランは、さらに突き刺したダガーをひねる。


「GRAaaaaaaaa!」


更なる激痛に、ワイバーンは敵を振り払おうと翼を広げる。


「クラン、飛び降りろ!」


クランの無謀とも思える特攻に呆然としていたレナが、声を張り上げる。

だが彼は、手負いとなったワイバーンが執拗にレナ達を襲うのを恐れて振り落とされないように更にしがみ付く。


「クランさん、離れて! 飛び立とうとしている!」


大きく羽ばたいたワイバーンを見てクリスが叫ぶ。

だがクランは、困ったような顔で二人を見た後、笑ったのだ。

彼女達が息を呑むと、その瞬間、周囲に風を撒き散らしながらワイバーンの巨体が宙に浮く。


「クラーーーーーーーーーーーーーン!」


小石を巻き上げる強風の中、レナが絶叫する。

だが、ワンバーンは飛び立つ、クランを乗せたまま。

レナは反射的に後を追おうと走りだそうとするが、クリスに腕を掴まれた。


「はなせ!」


鬼気迫る表情でレナはクリスの手を振り払おうとするが、クリスは半狂乱になっているレナの頬を平手で打つ。


「しっかりしなさい!」


「追いかけても追いつけるわけないでしょう! なんで彼があんな事したかわからないの? 退くわよ!」


そう言うとクリスは大人しくなったレナの腕を引いて走り出した。

クランにあんな事をさせてしまった自分を責めながら。



クランは高度を上げながら空を飛ぶワイバーンに必死にしがみ付いていた。

眼下に森が流れるように映る。

かなりの高さで飛行しているため、落ちたらただではすまないだろう。

そしてなにより、帝国の施設から遠ざかるにつれワイバーンの挙動が不安定になり、それに比例するようにクランの疲労も増大していた。

どのくらいの時間が経過したのだろうか?

すでにクランの疲労は限界に達し、時間の感覚も麻痺していた。

そして、ここまで無理を重ねてきた彼はついに力尽き、その体が大空に投げ出される。


(ごめん、サラ、リズ……、理沙……)


落下しながらクランの意識は暗闇に落ちていった。

御覧いただきありがとうございます。

取り合えず当月中に一区切りする事ができました。

次章は、僭越ながら私のレポート提出が終わった所で再開したいと思います。

今後とも、よろしくお願いいたします。

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