3.5
前話で書いていたと思っていた部分が抜けていましたので、3.5話として追加いたしました。
申し訳ありませんでした。
早朝からグレンの怒鳴り声が響き渡る。
「自分より大きく力のある相手と正面から打ち合うな!」
グレンは自分と鍔迫り合いをしていた少年を突き飛ばした。
少年がグレンと剣の修練を始めて二ヶ月が経っていた。
最初の頃はグレンが狩りに出かける前の少しの時間だけだったが、最近では時間があれば剣を合せるようになっていた。
剣の修練を始めてすぐわかった事だが、少年には剣を扱う才能がなかった。
だが少年は自分に才能が無いことに嘆かず、才能の有る人間なら一時間、凡人なら二時間掛かる事を三時間かけ覚え、時間が足りない時は食事の時間を削り、睡眠時間を削り、ときには朝日が昇るまで剣を振り続けた。
少年自身も、なぜ自分がこれほどまでに剣の修練に打ち込むのか分からなかったが、少しでも強くならなければならないと、強迫観念のようなものに突き動かされていた。
そんな少年に、グレンは自分の知識や経験を惜しまず叩き込んでいく。
朝の修練を終えた二人は、今日の反省点を話しながら朝食を食べるために食堂に向かった。
「お疲れ様でした」
カルラは二人に声を掛けながら、食卓に朝食を並べていく。
少年が家に来たばかりの頃は、花のような笑顔を浮かべながら二人が食事をしているのを見ていたカルラだったが、いまでは何かに耐えるかのように悲痛な顔をしていることが多くなっていた。
そんなカルラの様子を知ってか知らずか、最近では朝食を済ませた後に少年を狩りに連れて行くようになっていた。
「行ってくるぞ、カルラ」
「カルラ、行ってきます」
食事を済ませ狩りに行くと声を掛けた二人に、「気を付けて下さい」とカルラが送り出す。
家の裏の森に入ると、風向きに注意しながら気配を殺してグレンが進んでいく。
その後ろを、肩にかけた弓と腰に挿したダガーを何度も確認しながら、グレンと同じように気配を殺した少年が付いていく。
三時間程して、二人は今日の獲物である雌鹿を担いで森から出て来た。
少年は始めての猟果に幾分興奮したように顔を高潮させ、その日の夕食は少年の始めての狩りの成功を祝い、いつもより豪華な食事となった。
「おめでとうございます」
笑顔を浮かべたカルラが少年を祝福する。
少年にとっては久しぶりに見たカルラの陰りの無い笑顔であり、温かい食卓の雰囲気にうれしく思っていた。
「どうやって仕留めたのですか?」
カルラにそう聞かれた少年は少し恥ずかしそうに答える。
「僕はグレンみたいに弓がうまく使えないから、鹿に気付かれない様に少しづつ近づいて射ったんだ」
「鹿に気づかれない位の距離から仕留めるなんて、十分弓が使えてるんじゃないですか?」
「そんな事ないよ。だって十メートル位まで近づいてやっと当てたんだから」
カルラは驚いた顔で少年を見た後、黙々と食事をしているグレンに視線を移した。
グレンは、カルラの視線に気づかない振りをしながら少年に話しかける。
「今度街に行く、お前も付いて来い。まだ自分の名前を思い出してないようだが、いつまでもお前と呼んでいるわけにもゆくまい。街に行くことだし記憶が戻るまで……」
そこで一端区切り
「クランと名乗れ」
そうグレンが少年、いや、クランに言った瞬間
「あなたは何を考えているのですか!!!」
声を荒げながら反射的に立ち上ったカルラは、先ほどまで笑顔を浮かべていたとは想像もできない程の怒りの表情を浮かべ、グレンを睨みつけていた。
「クラン部屋に戻っていろ」
怒りに震えるカルラを見ながら、グレンが言う。
「……」
クランは、二人の間に張り詰めた空気にかける言葉も見つからず部屋に戻った。
しばらく無言でグレンを睨みつけていらカルラだったが、ゆっくりと椅子に座る。
「なんでクランなんて名前で呼ぶのですか…… なんで剣なんて教えたのですか…… なんで狩りになんて連れて行くのですか……」
そこにはさっきグレンを怒鳴った女性などいなく、ただ泣きそうになるのを我慢しているだけの少女がいた。
「あんな憎しみのこもった目をして剣を振り、野生の動物も近くに人がいるのに気付かないなんて…… あなたはあの子をアサシンにでもするつもりなんですか……」
そうつぶやいた言葉は、はたしてグレンに届いたのだろうか