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帝国施設の調査に向かって出立する日が来た。
深夜、クラン達は野生の雌鹿亭に音も無く迎えに来たグレックに案内され、ルイザの街の西門から街を出た。
「待たせたな」
先に門の外の目立たない所で待っていたクリスに、レナが声を掛ける。
「タダ働きしてもらうんだもの、この位我慢するわ。それより、その格好どうしたの?」
真っ黒いローブを鎧の上から羽織っているレナにクリスが聞き返す。
「ああ、これか? クランがこの革鎧だと、月明かりで目立つかもしれないと準備したんだ」
そう言いながらレナがローブから腕を出し、白銀のガントレットをクリスに見せる。
「なるほどね、確かに黒いローブを準備したのは正解ね。しかし目立つ鎧ね、あなたがその鎧着た時、クランさん戦乙女みたいだとか言わなかった?」
「うるさい、余計なこと言ってないでさっさと行くぞ」
そういうとレナは西に向かって歩き始める。
「あら、本当に言われたの?」
レナの様子が可笑しかったのか、クリスはくすくす笑いながら更にレナをからかうため、足早に歩くレナを追いかけた。
クラン達四人は、先発組みとの合流地点まで、昼は人目につかない所で休み、夜は月明かりの中歩き続けた。三日程で到着する予定だったが、日々悪化するクランの機嫌に皆の口数が少なくなってゆく。
そして、三日目の夜。
今晩中に目的地に着かなければならないため、日没を待ちかねたように三人は足早に歩き出す。
しばらく歩いていると、先頭を歩くクランの背中を見ながら、グレックがレナの隣に移動し声をかける。
「レナ様。クラン様はどこか体の調子でも崩しているので?」
レナが声の主を見ると、重苦しい雰囲気にたまりかね不安そうな表情をしていた。
「問題無いとは言えないが、問題無い。さすがに火も使えないと調理もできないしな」
「調理?」
意味が分からないといった感じで、彼はレナに聞き返す。
「ああ、クランは、その、なんだ。保存食等が嫌いでな。どうも、食べていると機嫌が悪くなるんだ。普段は自分で調理するんだが、さすがに人目につかないように火も使わないと、それもできなくてな。だが、ここまで文句も言わずに歩いているんだ、多少機嫌が悪くなっても見守ってやってくれないか」
「はあ……」
レナの言葉に理解が追いつかないグレックが気の抜けた返事をする。
「それと酒の話もやめたほうがいいな、うん。クランは酒の話になると我を忘れるようだから。クリスも我慢してると思う、だからグレックももう少し我慢してくれ」
「わかりました。なんだか苦労している様ですね」
グレックは理解しがたいながらも返事をする。
「ああ、大変だったんだ」
グレックの言葉にレナは思わず口にしていた。
クラン達が集合場所に到着した時には、出立日とルートをずらした密偵達20名がすでに集まっていた。
クリスがリーダーと思われる人間を集めると、一言二言指示をして解散させる。
「さて、明日の日の出に合わせて森の中を進むわ。わたし達も早く休みましょ」
クリスはそういい残すとバックパックから毛布を取り出しそそくさと横になった。
日の出の時間が近くなると、当直が全員に朝が近いことを知らせる。
起きた者から簡単な食事を済ませると、装備等の確認を行う。
朝日が顔を出す頃には、全員が準備を済ませクリスの前に整列していた。
「じゃ、行くわよ」
クリスの言葉に密偵達が頷く。
全員が今までの任務を思い出す。
今回の任務で今までの苦労が報われるかもしれない。
志半ばで散っていった仲間達の無念を果たす事ができるかもしれない。
心に飛来する思いは人それぞれだが、その瞳には、この任務を成功させる確固たる決意が込められていた。
クリスは感慨深く部下達を見渡した後、きびすを返し森へ一歩踏み出す。
「ちょっと待ってください!」
突然掛けられた静止の言葉に、クリスは眉間にしわを寄せて声の主を見る。
密偵達も、水をさすような言葉を発した人物に視線を向けた。
「なによクランさん、ここまで来て怖気づいたの?」
クリスの咎めるような言葉に、クランが恐る恐る口を開く。
「このまま行くんですか?」
「当たり前じゃない」
「皆を引き連れてぞろぞろと? 本当に?」
クリスが頷くと、クランは思わず叫んだ。
「あ、アホかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
クランは密偵達を残して、クリスとグレックを離れた場所に引きずるように連れ出す。
心配したレナもクラン達の後に付いて行く。
「なによ、もう!」
クリスが不機嫌そうにクランの手を振り解く。
「今回の作戦の目的はなんですか?」
クランは気にするでもなくクリスに問いかける。
「そんなの最初に説明したじゃない」
「僕が聞いたのは『帝国の施設を発見して突入する』だけです。中に入ったら挨拶して帰っていいんですか?」
「そんな訳無いじゃない!」
クリスが思わず声を荒げる。
「じゃあ目的はなんなんですか? 機密文書の確保ですか? 敵の殲滅ですか? 施設の破壊ですか? それがはっきりしないと作戦も立てられないでしょう?」
「そこは臨機応変に……」
クランの指摘にクリスが黙り込む。
「森の中を進むのだって、漫然と進めばはぐれたり、敵に発見されて各個撃破されます。レンジャー技能を持つものを中心に、フォーメーションやハンドサインを決めなければ着いたときは自分一人って事も考えられますよ」
クランが一旦言葉を切ると、何人かの密偵と、クリスを指差しながら再度口を開く。
「それと、あんなのや、あんなのや、こんなの。金髪とか、金属を打ってあるレザーアーマーとか光に当たったら森の中だって目立ちます。クリスさんの髪だって光が当たると綺麗な青い色に見えます。僕とレナさんが何のためにこんな格好しているか、考えて下さい」
クランとレナは昨日まで着ていた黒いローブではなく、彼がグレンに頼んで作ってもらった、分割迷彩で緑や茶色で染められたローブを身に着け、同じく分割迷彩のバンダナを頭に巻き髪を隠していた。
クリスは彼にこんなの扱いされて気分を害したが、綺麗な髪と言われ若干心の中で喜びの声を上げていた。
「クラン様の考えを聞かせていただきますか?」
グレックが複雑な胸中を押さえ込んでクランに尋ねる。
「まずは目的の優先順位をはっきりさせましょう。必ず達成しなければならない事、次に可能であればやる事、最後に余裕があったらやりたい事を決めましょう」
「……そうね、帝国の実験体に関する文書の確保、これは絶対やらなければならないわ。次に敵の殺害か確保。最後に施設が再利用できないように破壊することかしら」
クランの問いにクリスが答えた。
「わかりました。次にレンジャー技能を持った人員は?」
「残念ながらいないわね」
クリスが首を振る。
「回答ありがとうございます。では僕の考えるプランを説明いたします。まず、作戦に参加する人員を力量に差が出ない様にツーマンセルで組んでもらいます。その際、前後の間隔は3メートル以内とします。これはアンブッシュを受けた際、ぎりぎりフォローできる距離です。また森の中を進む時は、敵の斥候を考え口頭ではなくハンドサインで情報を交換します。ただ、緊急事態に関しては口笛で周囲のセルに注意を促します。そしてセル同士の間隔は各セルから二組以上のセルを目視できるようにフォーメーションを組みます。最後に、各人員には草や蔓、葉や枝等で迷彩をほどこしてもらいます。以上が施設を発見するまでの偵察任務のプランになります」
ここでクリス達に疑問点がないかクランは視線で問いかける。
「ツーマンセルとかセルってなんでしょう?」
グレックがクランに質問をする。
「はい、ツーマンセルとは二人一組のことです。そしてセルとは組の事です。今回の人数ですと全部で24名いるので12セルできます」
クランが再び視線で問いかけると質問がないようなので話を続ける。
「次に施設を発見した際の攻略についてです。最初にセルを三つのグループに分けます。まず第一グループが可能な限り敵に気付かれないように施設に侵入します。そして第一グループが敵に発見され戦闘状態に入った後、第二グループが別の場所から突入します。突入に時差を設ける事によって、敵への奇襲及び混乱を与える効果が期待できます。残った第三グループは施設の外で退路の確保、及び撤退時の援護をします。また、敵の人数が多く任務の継続が困難になった時の事を考え、各グループの足の早い人員を機密文書の持ち出し要員に任命し、他の人員が敵の足止めをしている間に、機密文書を持って脱出し最優先事項を達成できるようにします。以上が施設攻略に関する僕の立案したプランになります」
クリスは腕を組み、目を瞑りながらクランの説明を考える。
しばらくすると目を開きグレックを見た。
彼女の副官が小さく頷くのを確認すると、口を開く。
「はー、気に入らないけどクランさんの考えた案を採用するわ。わたし達は街での諜報や戦闘がメインの活動だったから、偵察や制圧戦なんかには詳しくないしね」
「いえ、普段のクリスさんだったらもっと上手くやっていたと思います。でも今回の任務には、なんとなく入れ込みすぎているような感じがします。もしかしたら、それが原因で視野が狭くなっているのかもしれません」
クランの言葉にクリスが苦笑する。
「まさかクランさんに注意されるとはね」
そう言うとクリスは気持ちを切り替えてグレックに指示を出す。
「クランの立案した作戦を皆に説明しろ。何か不明な点があったらクランに都度確認してから指示しろ。以上」
グレックは一礼すると、部下達に説明するために移動する。
「でもさすがですね。他人の意見をこんなに簡単に受け入れるなんて」
話しながらクランはクリスに羨望の眼差しを向けていた。
「なによ、慰めてるつもり?」
クリスはクランを見つめながら肩をすくめる。
「いえ、本心です。僕は人の話に耳を傾けられるほどできた人間じゃなかったので……」
後悔を滲ませた表情でクランが口にする。
「すみません。忘れてください」
そう言うと彼は皆に説明しているグレックに向けて足を踏み出す。
「ちょっと待ちなさい」
クリスが歩き出したクランに声をかける。
「あなたがわたしの事をすごいと思っているのなら、そのすごい人もあなたの事を認めているわ。もちろんレナもあなたの事を認めている。だからあなたも、もう少し自分の事を認めてやりなさい」
クランは小さな声で礼を言うと、止めていた足を動かし始めた。
「めずらしいなクリス。お前があんな事を言うなんて」
「別に、言葉はタダだから。これで張り切ってくれるなら安いものよ」
クリスはレナに答えると自分の部下の待つ場所へ向かった。




