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クラン達がドワーフの元を訪れて二週間ほどが経過していた。
まだ早朝と呼べる時間に、ドワーフ達の住む洞窟より少し離れた場所に四人の人影があった。
一人はドワーフの作った試作の刀を構え、地面に突き刺した直径10Cm程の杭の前に立つクラン。
そして、少し離れた場所からクランを見ているレナとクリス、そしてフンベルトだった。
クランは一度目を瞑った後、奇声を上げながら刀を振り下ろす。途中で抵抗が増したがそのまま力を込めて振りぬいた。
一瞬の間を空け、切られた杭が地面に落ちる。
クリスが近づき、落ちた杭を拾い上げ断面を見ながら呆れたようにつぶやく。
「本当に‘切った’のね。オークの杭よ、これ……」
杭の断面を見たレナは驚きの表情を浮かべ、フンベルトはまじまじと見つめていた。
クランが刀の説明をする時、兜も切れると言っていたが、レナもフンベルトも半信半疑だった。
ましてや、クリスなどはまったく信じていなかった。
昨日、刀の試作品ができ、試し切りにオークの杭を使うと聞いた時には、三人とも叩き切るものとばかり思っていた。
だが、今見ている杭の断面を見ると、本当に‘切った’事がわかる。
そのため、皆それぞれ別々の表情を浮かべていたが、一様に驚愕していた。
三人が杭の断面を見ている間に刀身をあらためていたクランが、申し訳なさそうにフンベルトに声を掛ける。
「フンベルトさん、僕の腕が未熟で刃こぼれさせてしまいました。すみません」
クランの言葉に我に返ったフンベルトが答える。
「いや、この杭の断面を見ればわかる。未熟なのはクランの腕ではなく、我らの腕だろう。玉鋼という物も準備が間に合わなかったしな」
「そう言ってもらえると助かります。本当は不安だったんですよ、杭を切れるか。刃こぼれさせてしまったので綺麗な断面とは言えませんけど、良かったです」
クランが頭をかきながら、ほっとしたように言う。
「そんな事はないよ。こんなに綺麗な断面私は見た事が無い。それが君の使うべき武器なんだね」
嬉しそうなレナの言葉にクランが頷く。
「珍しい物を見せてくれた事は確かね。でも、実戦では相手は黙って立っていてくれはしないわよ。あなたがどの程度戦えるか見てあげるから準備しなさい」
あらかじめ準備していたと思われる棒を二本手にしながら、クリスがクランに声を掛ける。
クランが刀をフンベルトに預け、最近素振りに使う木刀を手に持ち返事をすると、クリスは遊んであげるといった感じの余裕の笑みを浮かべた。
打ち合いを始めて数分後、クリスは棒を構え乱れた息を整えながらクランを睨む。
(なんなのよ、この子!)
最初はクランの腕を見るつもりで、視線でフェイントをかけたり殺気を叩きつけ様子を見た。
だが、それらをまったく気にせずクランは打ちかかって来る。
レナが二流と言っていたんだ、こんなものだろうと思い、今度は足捌きや、小さなフェイントを混ぜながら打ち掛かるが、それも気にした様子は見えない。
三流以下なんじゃないの? と思いながら大げさにフェイントをかければ、逆に余計な動きをしたためにできた隙を突いてくる。
まあ、避けられない程鋭い攻撃ではないので問題は無いのだが、とにかくやりづらい。
フェイントや身のこなしで相手の隙を作り、急所を狙うのがクリスの戦い方なのだが、それが通用しない。
まるで自分の考えを全て見透かしているかの様な相手の動きに、打ち掛かるタイミングを計りかねていた。
そして、それはクランにも当てはまる。
彼がクリスの不用意なフェイントの隙を突き、当たると確信した攻撃をクリスは見てから回避する。
それも、余裕の表情を浮かべながら。
クランは、まるで自分とは時間の流れが違うようなクリスの動きに、こちらも攻撃に転じ切れずにいた。
「次の打ち合いで終わりにしよう」
審判役のレナの言葉に、クリスは四メートル程離れているクランに踏み込む。
あと少しで剣の間合いになる所で、クリスは左手に持った棒を投げつけた。
それをクランは、左に身を避けてかわす。
クリスはクランが棒を避けたためにできた隙をつき、右手に持った棒で打ち掛かる。
だが、クランは初めから分かっていたかの様に木刀で受ける。
クリスは自分の予想通りのクランの動きに内心ほくそ笑む。
そして、いつの間に抜いたのか左手に握り締めたダガーでクランの首に切りかかる。
殺った! クリスが確信する。
が、あと少しでクランの首にダガーがとどくという所で、クリスの左手首はクランの右手に自由を奪われていた。
「それまで!」
終了を告げるレナの言葉に、クリスは大きく息を吐き出した。
「クリスさん、そのダガー真剣じゃないですか!」
クリスが終わったとばかりに懐に仕舞おうとするダガーを指差しながら、クランが必死の形相で抗議する。
「だってこれしか無かったんですもの、しょうがないじゃない」
クリスがめんどくさそうに答える。
「当たったらどうするんですか!」
「当たらなかったんだからいいじゃない。だいたい、あなたがわたしのフェイントに掛からないのが悪いんじゃない」
「意味わかんないですよ!」
「もう、めんどくさいわね。わたしのフェイントを無視するからイライラしてたの、一回ぐらい我慢しなさい、男でしょ」
「一回って、首に当たったら死にますよ!」
「当たり前じゃない、わたしが殺うと思って失敗するはず無いでしょ」
クリスの言葉にクランは一瞬絶句するが、再度抗議の声を上げようとする。
が、その前にレナが彼に話しかける。
「クラン、クリスはちゃんと寸止めしようと思ってたよ」
「それは分かってましたけど…… 万が一って事もあるじゃないですか」
「ふーん、分かってたんだ」
クランの言葉にクリスが呟く。
「レナ、あなたの腕がどの程度になったか見たいから、次はあなたがわたしの相手をしなさい」
気を取り直してクリスがレナに声をかける。
「そうだな、お前と打ち合うのは久しぶりだ。私をがっかりさせるなよ」
「あなたの方こそがっかりさせないでよ」
レナの挑発にクリスが笑いながら答える。
「クランさん、審判お願いね」
クランは頷くと、レナとクリスが二本の棒を構えるのを待つ。
「始め!」
クランの掛け声と同時に、クリスがレナに襲い掛かる。
「僕と打ち合ってた時はぜんぜん本気じゃなかったんだ・・・・・・」
「我らドワーフの戦士でも、あそこまで腕の立つ者はほとんどいないのう」
クランのつぶやきにフンベルトが答える。
クリスは視線や殺気、肩や腕の動きで常にフェイントをかけ、相手に少しでも隙があれば一息で近づき連撃を放ちすぐに死角に回り込む。
相手からはまるで突然消えたように見えるだろう。
対するレナは、クリスの筋肉の動きや重心の位置を見て、今までの自分の経験を元に常に相手の考えを先読みし、動きの選択肢を潰してゆくように攻撃する。
クランは、クリスの人間離れした身軽さと、レナの歴戦の戦士を思わせる戦い方に羨望の眼差しを向けていた。
しばらくして肩で息をしながら地面に座り込んだクリスが口にする。
「あーあ、やられちゃったわね」
「あれだけ動き回れば、疲れもするだろう」
息こそ乱れてはいるが、レナにはまだ余裕があるのか立ったまま答えた。
「すごかったです二人とも!」
「たしかにな、いいものを見せてもらった」
二人に駆け寄ったクランの言葉に、フンベルトが続く。
「負けは負けよ、勝負は勝たないとね」
クリスがゆっくり立ち上がりながら答えた。
「今のレナの腕も分かったし、何よりクランさんが思ったより腕が立ちそうなのが分かって良かったわ。あー疲れた、早く部屋に戻りましょ」
歩き出そうとするクリスにフンベルトが手を差し出す。
「なに? 手を引いてもらわなくても一人で帰れるわよ?」
フンベルトが首を左右に振りながら口を開く。
「懐に隠しているダガーを渡してくれ。武器の持ち込みは禁止していたはずだ」
「けちね」
そう言いながらクリスは懐からダガーを取り出す。
「しかし、おぬし最初と話し方がだいぶ違うのう? こっちが本性か?」
フンベルトがダガーを受け取りながら聞く。
「本性って、感じ悪いわね。最初はドワーフ達の長だっていうから気を使ってたわよ、だけど毎日クランとお酒の話をしているあなた達を見ていたら、なんだか馬鹿らしく感じてね」
「むう、そうか……」
クリスの言葉にフンベルトが黙り込む。
「毎晩毎晩、クランの高笑いを聞いてるほうの身にもなってほしいわよ」
「どうしたんですか?」
後ろから掛けられた声にクリスは一瞬で背筋を伸ばすと、ゆっくり振り返る。
「なんでもないわよクランさん。ちょっと疲れたって話してただけだから」
「そうですか、だったら早く部屋に戻って休みましょう」
クリスは彼に愛想笑いを浮かべながら、何度も頷いた。




