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異世界での過ごし方  作者: 太郎
異世界
41/130

39

ドワーフの住む洞窟から外に出たクランは少し歩き、周囲の気配を確認した後、丁度いい大きさの岩に腰掛けた。

リュートを抱え込むように固定すると、確かめるようにコードを鳴らす。

元の世界で弾いていたギターとの違いに慣れてきた所で、無意識に文化祭で演奏した曲を弾く。

もう十年近く楽器に触っていなかったため、テンポは遅くミスも多かったが、時間が過ぎるのを忘れるほど熱中して弾いた。

二時間程してクランが休憩しようとリュートを置くと、いつから見ていたのか、少し離れた所からレナが見ていた。

クランと視線が絡んだレナは、彼に向かってゆっくりと歩み出す。


「邪魔してしまったかな?」


「いいえ、丁度休憩しようと思った所でしたから」


何処となく気まずそうに話しかけるレナにクランが答える。


「気にしないで声をかけてくれてよかったのに」


クランの言葉にレナは小さく首を振った。

レナはドワーフ達の住む洞窟を出てからリュートの音色の聞こえる方向に歩いてきた。

岩に腰掛けリュートを弾いているクランを見つけたが、何かに耐えている様なクランの表情を見て声を掛ける事を躊躇い、遠くから見つめる事しか出来なかった。


「今まで聞いた事の無い曲だけど、クランの国の曲なのかい?」


クランの隣に腰を下ろしながらレナが聞く。


「はい。初めて弾く楽器なので上手く弾けませんけれど……」


「そんな事は無いよ。ここで聞いてもいいかな?」


小さく頷くと、クランはリュートを弾き始めた。




「ふーん、それで昼食も食べずに、指の皮が剥けるまでリュートを弾いていたのね」


練習を終えたクランとレナが部屋に戻ると、不機嫌そうなクリスが出迎えた。

リュートを弾いていたら時間の経つのを忘れていたと言ったクランに、先程の言葉が浴びせられた。


「まあいいけどね。今日はクランさんがどの程度戦えるか手合わせをお願いしようと思ってたんだけど、また後でお願いしようかしら。レナとデートしてたんじゃ、しょうがないわね」


デートじゃないと言いかけた二人だったが、クリスの凍て付く様な視線に怯み口に出来なかった。


「さっき夕食の準備が出来たから食堂に来てほしいってドワーフが言いに来たわ。行きましょ」


そう言って部屋を出たクリスの後を、二人はいそいそと追いかけた。



三人が食堂に着くと、そこは大きめな部屋になっていて十数人のドワーフ達が出迎えた。


「さあ、我が友よ。心ばかりの夕食だが、思う存分食べてくれ」

満面の笑みを浮かべたフンベルトの言葉に礼を言い、クラン達は食事を開始する。

決して豪華とは言えない食事をしている最中、何人ものドワーフが我先にとクラン達に杯を交しに来た。


「クランさん、あなたお酒飲めるのね」


ドワーフ達とエールを飲んでいるクランにクリスが話しかける。


「はい、飲めますよ。飲めないと思ってたんですか?」


「ええ、わたし達と一緒にいる時は飲んでなかったじゃない」


「そうですね。クリスさん達に会う前にルイザの街で飲んだことはあるんですけれど、美味しいと感じなかったので進んで飲んだりはしませんね」


クランの言葉を聞きつけたフンベルトが彼に尋ねた。


「我らの作った酒はどうだ?」


「街で飲んだものよりは美味しいですよ」


曖昧な笑みを浮かべて発したクランの答えに、フンベルトは笑い声を上げる。


「その言い方だと口には合わないようだな、正直だな我が友よ。だが、我らドワーフの作った酒が、これだけだと思われるのも面白くないな」


そう言うとフンベルトは、近くの仲間に話しかけた。

するとそのドワーフは、一度食堂から出ると小さめの樽を持って戻ってきた。

フンベルトは樽から杯に黒い液体を注ぐとクラン達に差し出す。

レナとクリスは、見たことの無い液体に恐る恐るといった感じで口を付ける。


「「美味しい」」


色からは想像できないフルーティーな味わいと、腰の強さに二人は思わず声を上げた。

フンベルトは二人の反応に満足そうに頷くとクランに声を掛ける。


「どうかな、我が友よ」


ゆっくりと味わっていたクランは、笑顔でフンベルトに答える。


「バーレーワインですね。美味しいです」


フンベルトはクランの言葉に一瞬驚きの表情を浮かべた後、苦笑する。


「我らドワーフの秘伝の酒なのだがな。作り方も知っているのか?」


頷くクランにフンベルトは呆れたように話しかける。


「まったく、恐ろしいまでの知識よな…… それで我が友よ、お前の好きな酒はどんな酒か教えてくれぬか?」


フンベルトは、自分達の作る酒をことごとく知っているクランに、彼の国ではどんな酒が飲まれているか好奇心を抑えられず尋ねる事にした。


「そうですね。老師がビールやワイン等の醸造酒はあまり飲まなかったので、蒸留酒が多かったですね。特にシングルモルトを良く飲みました」


「ほう、蒸留酒とは初めて聞くな。どんな物なのだ?」


フンベルトの問いを、ドワーフ達も興味深そうに聞いている。


「蒸留酒とは醸造した酒を蒸留して作られます。僕の国では、錬金術が切っ掛けで作られるようになりました」


「そうか、それでどの様な味なのだ?」


「バーレーワインも腰がありますが、シングルモルトは蒸留したことによって力強い、荒々しい味がします。だが、バーボン樽やシェリー樽で熟成されることによって、味に深みが出る。それはバーレーワインを数倍濃縮したような味。まだ見ぬ異国の果実、何種類もの果実が複雑に交じり合った交響曲。それはまさに神の味」


クランの歌うような言葉に、ドワーフ達が唾を飲む。


「それほどの物なのか……」


フンベルトが呟く。

そして、いつの間にか立ち上がったクランが声高らかに続ける。


「当たり前だ、ドワーフよ。それは命の水と呼ばれるほどの物。人間が長き年月を費やし作り上げた物。樽の中で数十年の歳月を経て作られる物。それほどの物が不味いはずが無かろう」


ドワーフ達は自分達の知らない酒の味を想像し、ある者は飲めない事に絶望の色の滲んだ眼差しで、またある者は羨望の眼差しをクランに向ける。クランは一度目を瞑るとドワーフ達に語りかける。


「知りたいか? ドワーフ達よ」


クランの言葉に、悔しさのために俯いていたフンベルトが顔を上げる。


「蒸留酒の造り方を教えていただけるのですか?」


いつの間にかテーブルの上に立ったクランがドワーフ達を見下ろしながら口を開く。


「貴様達が望むのならば作り方を教えよう。錬金術の秘術を。神の飲み物を。ふははははは――」


腕を振り上げ笑い声を上げているクランを、ドワーフ達は陶酔したような目で見つめる。

そして、それはフンベルトとて例外ではない。


(レナ、クランさんにはお酒の話もダメなの?)


クランの高笑いが響き渡るなか、クリスがレナに話しかける。


(私も酒の話は初めてだ)

(そう、だったら今後お酒の話はクランさんの前では厳禁ね……)

(ああ……)


二人は俯いたまま、クランの笑い声が収まるのを待ち続けた。


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