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フンベルトが苦渋の表情を浮かべながら、鉄の鍛え方を失った理由を語る。
それは、ヘリオン帝国の計略に掛かり、ヴィルヘルムが里を離れた隙に帝国に攻め込まれた事から始まる。
突然攻めて来た帝国の圧倒的な戦力に敗戦の色が濃厚になり、里から脱出する仲間達の殿にヴィルヘルムの側近達がついた。
仲間たちが逃げるまでの間、時間を稼ぐ側近達は一人また一人とその数を減らしてゆく。
ヴィルヘルムが決死の覚悟で里に戻った時には、側近達は死に絶え、ドワーフ達の里にはヘリオン帝国の旗がはためいていた。
ヴィルヘルムは側近達の敵を討つため帝国軍に切り込んでゆく。
そして、ヴィルヘルムが討たれた時、ヴィルヘルムとその側近達に口伝で伝えられていた鉄の鍛錬方法は失われる事になる。
「わかりました。僕の知っている事でよければお教えします」
ドワーフの王の最後にレナとクリスが驚きのあまり思考が停止するなか、クランが考えるそぶりも見せず答える。
我に返ったクリスがとがめる様な視線をクランに送るが、クランはそんなクリスの視線に気付かない振りをしながら話し出す。
「僕の知っている鉄の鍛錬方法は、折返し鍛錬といいます。これは鉄の中に含まれる炭素を均一にして分子の結合を強化する事と、不純物の除去を目的としています。また、鉄の鍛錬とは違うのですが、意図的に不純物を入れて鉄の改質を行う方法もあります。こちらの方は、僕の国ではダマスカス鋼等と呼ばれ……」
「……いや、驚いた……。人間が、まさかこれほどまでに……」
そうつぶやくと、フンベルトは目を瞑り黙り込む。
その他のドワーフ達も反応はさまざまだが、一様にクランの知識に衝撃を受けていた。
自分達が過去の経験から行っていたことを論理的に説明され、更には、自分達にとっては未知の手法を惜しげもなく教えてくれた。
理解できない部分を質問すれば、自分達に理解できるように噛み砕いて説明してくれる。
「人間よ……、我らはどうすればよい? 我らはお前達に何を返せばよい? これほどまでの秘術を聞いた我らはどうすればよいのだ……」
目を開いたフンベルトはクランに問いかける。
それまでクラン達が感じていた威厳や、自信のようなものは、その言葉からはもはや感じられなかった。
「別に何もいりません。僕の国では‘刀’という武器が作られていました。それを作るために様々な技術や手法が編み出されていました。先人達も、同じ志を持つ者に伝えたところで、喜びこそすれ嫌がる事は無いと思います」
クランの言葉にドワーフ達は静まり返る。
「亜人と……、人間達が亜人と蔑む者を、お前は同じ志を持つ者と呼ぶのか……。ならば我らは、同じ道を進む者が、友であるお前が望むのならば、力を貸す事を惜しまないだろう」
フンベルトの言葉に、その場にいるドワーフ達がクランを見る。
だが、その視線は先程までの厳しいものとは違い、自分達の仲間を見るような親愛の眼差しだった。
(レナ……)
(なにクリス?)
クリスはレナに小声で話しかける。
(なんなの? あの子、なんであんなこと知ってるの? わたしは話している内容がほとんどわからなかった……。それに、ドワーフが仲間と認めるなんて…… 人間で初めてじゃないの? あそこまで言わせた奴は。多分、クランが力を貸してくれって言ったら、ドワーフ達は命がけで答えるわよ……)
(なあ、クリス)
(なに?)
(昔、お前はクランが何者か教えてくれるって私に言っただろう? だったらクランが何であんな事を知っているか、わかるだろう?)
(っ! 悪かったわよ、あの時は。あんたもしつこいわね)
クリスの言葉にレナは意地の悪い笑みを浮かべる。
「我らは早速先程の鍛錬方を試してみようと思う。そして、最初にお前達の剣を打たせてほしい。クラン、お前の国では‘刀’という武器があるそうだな」
フンベルトの言葉にクランは頷く。
「我らに打たせて貰えぬか、その武器を。あれほどの技法を費やす武器だ、我らとてすぐ打てるようにはならないだろう。だが、我らの打った武器をお主に使ってほしいのだ」
「はい! ぜひお願いします!」
「では、‘刀’とはどのような武器なのか、詳しく教えてくれ」
クランは刀の説明をする。
「刀とは、私の国では接近戦最強の武器と呼ばれています。美しい波紋を描く片刃の刃は、達人が使えば鉄をも断つと言われています。実際、兜割りという技も存在します。そして、原料には玉鋼という物を使用します。これは、砂鉄を……」
クランの話を聞き終えたフンベルトが口を開く。
「……なるほどな、やはり刀を打つのは高度な技術が必要なのだな。刀はともかく、他の剣はそれほど時間をかけずに作れると思う。それまで、逗留していってくれるか?」
フンベルトの言葉にクランはクリスを見る。
クリスはクランの視線を受けると、微笑を浮かべながらフンベルトに答える。
「はい。よろしくお願いします」
クリスが頭を下げると、クランとレナもドワーフ達に頭を下げた。
部屋に戻ったクラン達はそれぞれのベッドに腰掛けていた。
「クランさんにはいろいろ言いたいことが有るけど、まあいいわ。とりあえず、これで武器の件は何とかなったわね。わたしの武器もついでに作ってくれそうだし、結果としては上々ね」
クリスが満足そうな表情を浮かべる。
「そうですね。レナさんの武器については何とかなりそうですね。ところでクリスさんの目的の方はどうなんですか?」
クランの問いを聞こえなかったふりをしながらクリスが質問する。
「そういえばクランさん、あなた何であんなにいろいろな事を知ってるの? ドワーフ達も驚いていたし、わたしも何言ってるかほとんど分からなかったわよ?」
クリスが世間話の様に話を切り出す。
が、その視線は密偵のそれになっていた。
「僕の国では、学ぼうと思えば学べる内容です。あまり一般的とは言えませんが……」
「そう、あなたの国はなんて言うの?」
「日本と言います。四季が有り、平和で美しい国です。もう帰る事もできないぐらい遠いいですが…… すみません、僕、ちょっと外に出てきますね」
クランは空を見ながら寂しそうに話した後、リュートを持って部屋を出ていった。
「あら、故郷を思い出させちゃったかしら?」
クリスが失敗したなという様な表情を浮かべる。
そんなクリスをレナが咎める様な視線で見ていた。
レナはしばらくクリスに無言の抗議をすると、クランを追いかけるように部屋を後にする。
「レナ、思いを馳せる事ができる故郷が在るのはいい事よ。わたしもあなたも、もうそんなものは無いでしょう?」
クリスはつぶやくと、ベッドに仰向けに倒れこんだ。




