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ドワーフの里へ向けて旅を始めて四日目。
クランとレナがウォーベアーと遭遇した森を抜け、さらに北上したクラン達はついに目的地にたどり着いた。
そこは、ヘリオン帝国とグランデル公国の国境付近の険しい岩肌をさらす山岳だった。
「本当にこんな所にいるのか?」
山のふもとの村を早朝に出発し、山岳の中腹で昼食を食べている時にレナがクリスに尋ねた。
「この山でよくドワーフを見かけるっていう情報があるの。それに、ふもとの村にもたまにドワーフが現れるらしいわ」
レナはクリスの言葉に一応納得する。
「さて、食事も済んだし、ドワーフ達をさっさと探しましょ」
宿の女将が作ってくれた弁当を食べ終えたクリスが立ち上がり、レナとクランも後片付けをするとクリスに続く。
それから日が沈むまで捜索したが、ドワーフ達の姿は一向に発見できなかった。
夜の帳が下り、周囲を月明かりが照らす頃、クラン達は焚き火を囲んでいた。
「結局見つからなかったわね。さっさと夕食を済ませて明日に備えましょ」
「わかりました。じゃあ、夕食の準備をしますね」
クリスの言葉にクランが保存食を用意しながら答える。
「いいわよ別に。干し肉そのままかじって済ませればいいじゃない」
クリスが言った瞬間、レナが硬直した。
「すぐ準備できますから、ちょっと待ってください」
「だからいいって言ってるでしょ」
いうことを聞かないクランにイライラした様子のクリスを、レナは迷子の子犬の様な瞳で見る。
「何よレナ、何か言いたいことあるの?」
彼女は小さく首を振ると焚き火に顔を向ける。
なぜだろう? その背中が震えているように見えるのは……
その間にクランはクリスの言葉を無視して調理器具を準備し調理を開始していた。
干し肉を薄めた蜂蜜酒で煮込み、やわらかくなった所で皿に取り出し乾燥ハーブを振り掛ける。
固いパンは食べやすい様にいくつかに切り分けた。
クランは作った料理をレナに渡す。
「じゃあ、いただきましょうか」
クランが食事を開始しようとした所で、クリスが話しかける。
「クランさん、わたしの夕食は?」
「クリスさんは硬い干し肉がお好きなようなので、僕の作った料理は口に合わないと思い作ってありません」
クリスは驚いてレナを見る。彼女は正座をしてゆっくりと夕食を食べていた。
(ちょっとレナ、どうなってるのよ?)
レナはクリスに目を合わせないように小声で答える。
(私は今までの経験で、クランが料理する時は黙って見ていると決めたんだ)
(なによそれ、わたしは聞いてないわよ)
(最初は誰もが通る道だと思って諦めろ。全ては固いパンが悪いんだ)
(なにそれ、意味わかんないわよ。それでレナはその時どうしたの?)
(謝った……)
(そうなの……)
「……クランさん」
何かを決心したようなクリスがクランに声をかけた。
「なんですか? 食事中ですよ」
ジト目で見るクランに言いたい事を堪えると、クリスは口を開く。
「ゴメンナサイ……」
クランは今回だけですよ、といった感じでクリスの夕食を作り始めた。
夕食が終わり、当直のため睡眠を取る順番を決めようと話し合っている時。
クランが人差し指を口に当て、レナとクリスに声を立てない様に伝える。
いぶかしみながらレナとクリスが静かにすると、クランは集中するように目を瞑る。
数秒して彼は目を開けると、「人の気配がします」と言うと同時に剣を持って走り出す。
クリスとレナも戸惑いながらもクランを追いかける。
レナが二人から徐々に遅れる中、クリスは必死にクランに付いて行く。
(何なのよ、この子!)
明かりは月明かりのみという状況で、クランは全力で山道を走る。
いくら月明かりが有るとはいえ、暗闇の中での訓練を積んだクリスでさえ走るのをためらう様な速度だ。
もし転倒などしたら怪我をするかも知れないし、滑落の危険性さえある。
避けられる危険なら可能な限り避ける、それが冒険者としてやって行くには必要な心構えだった。
(あとでよく言い聞かせないと。)
クリスがクランへの説教をしようと-決して先程の意趣返しなどではない-決めた時、彼が立ち止まり辺りを気にしている。
遅れてきたレナが二人に追いつくと同時にクリスが口を開く。
「……クランさん 」
「ええ、囲まれてますね」
クリスの呼びかけを遮り、クランが答えた。
クラン達が自分達の気配に気付き、じっとしている事に業を煮やした人影が三人に近づく。
「この山に 何の用だ」
身長はクランの胸ぐらいだろうか、がっしりした体格の髭を生やした人影が、慣れていないと思われる共通語を口にする。
周りを見ると見える範囲だけで十数人の人影が確認できた。
レナとクランが緊張して気配をさっぐっていると、クリスが一歩歩み出る。
『突然の無礼を お許しください。故あって ドワーフの方達の里を 探していました』
クリスは目の前にいる人影に、こちらも慣れていないと思われるドワーフ語で話しかけた。
『人間が何の用だ?』
クリスがドワーフ語を話せるのが分かると、目の前の人影もドワーフ語で問いかけてきた。
『数年前、 わたしは 傷ついたドワーフを 助けました。ですが、 そのドワーフは 傷が原因で 亡くなりました。その際、 わたしにお礼として 持っていた剣をくれました。わたしは、 なくなった方の事を なんとかドワーフの方達に 伝えたくて 旅をしていました』
クリスは答えながら、クランの持っている剣を差し出す。
ドワーフと思われる人影は警戒しながら剣を受け取ると、距離を取った後、剣を確認しだした。
柄に彫られた紋章に気付くと、剣をクリスに差し出しながら口を開く。
『すまなかった、人間よ。この剣は確かに我らドワーフ、‘鉄の王’ヴィルヘルムの作った剣のようだ。我らが同胞を看取ってくれた人への無礼、こちらこそ申し訳なかった。長にあって欲しい。我らの集落へ案内する』
『よろしくお願いします』
クリスはドワーフに深々とお辞儀すると、クラン達に声を掛ける。
「話が付いたわ、行くわよ」
そう言うと歩き出した。
ドワーフの集落へ歩いている途中レナはそっとクリスに近づき、辺りを歩くドワーフ達に聞こえないよう小さな声で話しかけた。
「どこへ向かってるんだ?」
「集落で長に会わせてくれるんだって」
「よくあんな短時間で話をまとめられたな」
「言ったでしょ、何とかなるって。まあ、多少の作り話と演技はしたけどね。それより、わたしの話に合わせる様にクランさんに言っておいて、それと余計なことを口にしないように。共通語を完全に理解できるドワーフがいると不味いから」
(私達の話を理解されると不味いって、多少の嘘じゃなくて、ほとんど嘘だったんじゃないのか? お前の話は)
レナは心の中で毒づくと、クリスの言葉を伝えるためにクランの元に移動した。




