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異世界での過ごし方  作者: 太郎
過去
33/130

31

文化祭まで一ヶ月を切った頃、理沙と守は理沙の父親の馴染みの楽器店にいた。


「弦張り替えるの面倒だからって、ちゃんとやらないとだめだよ」


守が理沙のベースの弦を選びながら口にする。


「いや~、あたし不器用だから」


理沙がばつが悪そうに答えた。


「言ってくれれば僕が張り替えるから」


「よろしくお願いします」


守の言葉に理沙が両手を合わせお願いする。

本番まで時間が無いこともあり、ついつい面倒なことを後回しにしていたため、昨日の練習で京一に弦が死んでると指摘され慌てて換えの弦を買いに来るはめになった。

一緒に来た守は弦を買って早く練習を始めたいと思っていたが、理沙は久しぶりに練習以外で守と一緒にいる事にうれしそうにしている。

もっとも、守は弦を選ぶのに真剣でそんな理沙の様子には気付かないでいたが。


「いつもの弦と、違うメーカーの弦を買って帰ろう」


理沙は守の言葉に頷くと、会計を済ませ店を後にした。




帰り道、途中で日本全国どこにでもあるハンバーガーチェーンで食事をしようと店に入る。

守はオーダーした商品を受け取ると、先に席を取っていた理沙の所へ向かった。


「お待たせ」


守がテーブルにトレーを置きながら席に着く。

二人はハンバーガーの包みを広げると口に運ぶ。


「守の作った料理のほうが美味しいね」


食べ終えた理沙が感想を口にする。


「あ、そうだ。ギターのソロパートの所スラップにアレンジしてみない?」


料理とはまったく関係の無い話題に、守は一瞬ほおけた顔をしたが気を取り直して答える。


「今から変更なんて無理だよ、練習する時間もないし。次、機会があったら弾けるようにするから」


「本当? じゃあ、次バンドする時は必ず弾いてね。約束だよ」


理沙は約束とばかりに小指を立てて守に突き出す。

守は半ば諦めて自分の指を理沙の小指に絡めた。

指切りした後、理沙は嬉しそうに「約束だよ」と微笑んだ。




そして、あっという間に文化祭当日がやって来た。


「みんな準備は大丈夫? ピックとかスティック忘れてない?」


体育館のステージ脇に陣取った理沙が、守、京一、そして花音に声を掛ける。


「理沙こそ平気かよ?」


京一がそわそわと落着かない理沙に言う。


「だってもう一時間も無いんだよ、じっとしてられないよ」


「理沙、緊張するのは分かるけど落着きなよ」


守の言葉に、理沙は不承不承と守の横に腰を下ろす。


「でも花音はさすがね、人前で弾き慣れているから?」


緊張をまぎらわせるためか、理沙が普段と変らないように見える花音に話しかける。


「私も緊張してますよ。普段は一人ですけれど、今回は皆さんに迷惑をかけないようにしなければなりませんし、私の失敗は皆の失敗になってしまいますから」


緊張を紛らわせるために話しかけた理沙だったが、花音の言葉に更に緊張することになった。

花音も普段であれば相手の気持ちを考え、口にするはずの無い言葉を思わず口にしたという事は、やはり緊張しているのだろう。

にわかに高まった緊張感に、京一は眉をひそめる。


(拙いな、このままじゃ音ばらばらになるかもしれないな)


多少緊張していた京一も、重くなった雰囲気に危機感を募らせる。


「大丈夫だよ」


守の言葉に三人は声の主を見る。


「あれだけ練習したんだもん、絶対失敗なんかしないって。それに僕達が楽しく演奏できればいいじゃない」


笑みを浮かべた守の言葉に、立ち込めていた緊張感が霧散する。


「そうね、初めてからまだ5ヶ月だもんね。聞きに来てくれた人たちも大切だけど、あたし達が楽しく演奏する方が大事だもんね。それに、守が失敗しないって言うんなら必ず上手くいくよ」


理沙の言葉に花音が笑顔で頷く。


「せっかくの機会ですから、楽しく演奏しましょう」


花音の言葉を聞きながら京一は嘆息する。

(一言で理沙と花音の緊張が解けるのか、かなわないな。本当に……)


「俺ちょっとジュース買って来る。おまえ達のは適当でいいよな」


そう言い残して京一は、笑顔で守を見ている理沙と花音の元を後にした。




文化祭実行委員が守達に声を掛ける。


「時間です、ステージまでお願いします。それと後の組の準備が遅れているので、20分間の予定でしたが、30分使うようにお願いします」


言いたいことを言い終えると、実行委員は忙しそうにその場を後にした。


「急に持ち時間の延長なんて困るよ。三曲しか練習してないんだから」


理沙が実行委員の歩いていった方に向かって文句を言う。


「まあ、理沙がMCで時間使えばいいじゃん」


京一の言葉に理沙が言い返す。


「勝手なこと言わないでよ、あたし人見知りするんだから」


「嘘つけ」


前の組の演奏が終わりステージ袖に移動する際、緊張もせずに笑い合っている守達を、演奏を終えたばかりのグループが不思議そうに見ながらすれ違った。


「うわ、いっぱい人いるよ」


ステージの脇から客席を覗いた理沙が思わず声を上げる。

この学校の生徒はもちろん、父兄や他校の生徒などで体育館の半分ぐらいは埋まっていた。

それもそうだろう、本人達は知らないが校内でもかなり注目されていたのだ。

噂を聞きつけた他校の生徒や、その父兄などかなりの人数が集まっていた。


「お~、すげ~な」


理沙の横から覗き込んだ京一も感嘆の声を上げた。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

「ええ」

「おう」

「はい」

守の合図に理沙達が返事をする。


ステージに現れた守達を観客の拍手が出迎える。


「こんにちはー、今日はあたし達の演奏を聴きに来てくれてありがとうございます」


マイクを持った理沙が観客に話しかける。


「バンドを結成してから五ヶ月しかたっていないけど、一生懸命練習したんで楽しんでもらえたらと思います。最初にメンバーの紹介をします」


そこで一旦切ると、スポットライトが理沙を照らす。


「まずは私から、ベースボーカルの結城理沙です。ベースを始めてから5ヶ月なんでまだまだ下手なので、やさしく見守ってください。次にギターの本田守です」


理沙が守の名前を言うと、スポットライトが守を照らす。


「今回の曲ではギターのソロパートがあります。結構難しいので上手く弾けたら拍手してあげてくださ

い。もし失敗したら、生暖かい目で見てあげてください」


理沙の紹介に観客から笑いが漏れる。


「次はヴァイオリンの一条花音です。あたし達のバンドにはもったいないくらい上手いです。幼馴染特権で無理やり参加して貰いました。あたしと守の音が惨くて聞いてられない人は、花音のヴァイオリンだけ聞いてください」


理沙の紹介が終わると、緊張のためか少し頬を赤くした花音がゆっくりお辞儀した。


「え~、後一人いるんですが皆さんに紹介する程じゃないので省略します」


理沙が言い終えると、京一がドラムスツールから立ち上がり身振りで抗議する。

照明の係りも分かったもので、京一にはライトを当てないでいた。

京一の姿に観客から笑いが起きると、理沙が仕方ないといった様子で話し出す。


「本人から紹介するよう抗議があったので紹介することにします。ドラム担当の京一です。女の子が大好きなので、女の子は顔を良く覚えて近づかない様にしてください。じゃあ、メンバーの紹介も終わったので、あたし達の演奏を聞いてください。最初の曲は……」


理沙が曲の紹介を始めたので、何か言いたそうにしている京一も慌てて座る。

そして、観客の拍手の中、守達の演奏が始まった。




守達の演奏が終わり、ステージを降りた後でも体育館に拍手が鳴り響く中、後に演奏するグループが恨めしそうに守達を見送る。

今までの文化祭の中で一番盛り上がったステージだったのだ、その後に出て行かなければならない彼らのプレッシャーは想像を絶するだろう。

無理やり頼まれて引き受けたボーカルの子など真っ青な顔をしていた。


「守、ソロパート凄かったよ、聞きに来てくれた人達喜んでくれたよね」


頬を高潮させた理沙が守に話し掛ける。


「ああ、俺もビックリしたよ。守、お前のギターソロなんだよ、ビブラートもすげーし、俺、鳥肌立ったぞ」


京一が腕をさすりながら理沙に続ける。


「花音が引っ張ってくれたからいい感じで弾けたよ。いままでで一番上手く弾けたかも。それに、理沙も良く声出てたし、花音も楽しそうに弾いてたし、京一もムラッ気出なかったじゃない」


守は嬉しそうに幼馴染に答え、花音も嬉しそうに微笑む。


「俺のムラッ気はどうでもいいだろ。それより理沙、俺の紹介何だあれ? 女好きって、実際そうだけどあんな所で言うことないだろ、警戒されたらどうするんだ」


「別にいいじゃない、警戒されてもされなくても変らないでしょ」


「そういう事じゃないだろ、俺のイメージの事を言ってるんだ」


「なに? イメージ通りじゃない」


じゃれ合っている二人を、守と花音は微笑みながら見ていた。


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