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異世界での過ごし方  作者: 太郎
過去
32/130

30

学校に着いた守達が昇降口で靴を履き替え、廊下を自分達の教室へ向かって歩いていると、前方に見覚えのある後姿を見つけた。


「おはよ、京」


理沙に声を掛けられた人物はこちらに振り向く。


「よお、理沙に守。今日も一緒に登校か」


京一は、どことなく下卑た笑みを浮かべながら理沙に話しかける。


「しょうが無いじゃない。守のお父さんに頼まれてるんだから」


不愉快ですとばかりに理沙が頬を膨らませて京一を睨む。

守が理沙の後ろで京一に手を上げると、京一は守に小さく手を上げて答える。


「そんな事より京、ドラムの練習ちゃんとしてる?」


理沙の問いに、京一は肩をすくめた。


「ああ、信じられないことにな。この俺が家に帰ったら毎日3時間は練習してるよ。おかげで今度ゲーセンで女の子とデートする時は、いままで以上にかっこいい所をアピールできそうだぜ」


どこか投げやりな感じで京一は答える。

守が申し訳なさそうな目で見ていると、京一は気にするなといった感じで首を振った。


「そうだ、京。終業式の次の日空いてる?」


理沙の突然の言葉に、頭の中にクエスチョンマークを浮かべた京一が問い返す。


「なんだ突然? デートの誘いか?」


「うん、駄目かな?」


自分を上目遣いに見ながら頬を高潮させている理沙に、京一は柄にも無くどもりながら答える。


「あ ああ、い いいぜ、その日は 予定ないからな」


「じゃあ、明後日、駅前に9時に待ち合わせね。遅れたら怒るから。じゃあね」


守と一緒に自分の教室に向かう理沙を、京一はぼうっと見送るのだった。




理沙と京一がデートの約束をした二日後、二人はテーブルを挟み向かい合わせに椅子に座っていた。


「なあ、理沙。今日デートだって言ってなかったか?」


いつもよりちょっとお洒落をしている京一が、理沙に話しかける。


「うん、言ったよ。なんか変?」


普段着を着ている理沙が首を傾げて答えた。


「いや、まあ、守と花音がいるのは百歩譲ってダブルデートって事にしてやる」


京一は理沙の隣に座る守と、自分の隣に座る花音を指差す。


「だがな、9時から呼び出されて、来た所がスタジオってどういうことだ! こりゃデートじゃなくてバンドの練習じゃねえか!!!」


スタジオのロビーに置かれた椅子から立ち上がった京一は、大声で言いたいことを叫び大きく肩で息をする。


「バンドの練習だって言ったら、京逃げるじゃん」


「当たり前だ! せっかく凛ちゃんとデートの約束してたのに…… OK貰うまでどんだけ大変だったと思ってんだ!」


理沙と京一が言い争っている横で、守は花音が作ったギター用のTAB譜を見ていた。


「花音、これが2曲目のTAB譜?」


「はい、時間が掛かって申し訳ありません、守さん」


守の言葉に花音は目を伏せて答える。


「いや、助かるよ。僕、練習でいっぱいいっぱいだったから」


「そんなご謙遜されて、張り出されていた期末のテスト結果見ましたよ。上位にお名前が有りました」


花音は守の顔を真直ぐ見ながら微笑む。


「それを言ったら花音なんて、一年の時からずっとトップじゃない」


守は花音から目を逸らし、頭をかきながら答える。


「私はその位しか取柄がありませんから……」


寂しそうに言う花音に、守が花音の顔を見て何か言おうとした所で理沙に声を掛けられた。


「いつまで話してるの、守。スタジオ準備できたみたいだから入るよ」


守はギターケースを持ちながら立ち上がり、花音に手を差し出した。

花音は一瞬躊躇し、理沙が京一と一緒に歩いているのを確認すると、守の手を握り立ち上がる。


「ありがとう、守さん」


ヴァイオリンケースを両手で持ち、守に礼を言った後、花音は理沙と京一を追いかけて小走りに走り出した。

花音が走りだしたのを見た守も、慌てて三人を追いかける。




「初めての音合わせだし、こんなもんかな。それより京、あんた本当に毎日練習してた? ドラムがムラッ気有っても可愛くないわよ」


「うるせーな、ちゃんとやってたよ。だいたい守だってギター弾くの久しぶりだろ、なんでそんなに指動くんだよ」


スタジオでの練習が終わりロビーで休憩している時、理沙にかけられた言葉に京一は若干不機嫌そうな表情を浮かべる。


「平日は大体5時間、休みの日は10時間位弾いてたからね」


守の練習時間を聞いた京一は大げさに肩をすくめた。


「ほんと、優等生だな。ちょっとは手を抜けよ。俺が大変じゃん」


「夏休みだし、京もこれから練習すれば大丈夫だよ」


京一は守の言葉を聞くと、「それが大変なんだよ」とつぶやいていた。

京一の方を見ないようにしながら、守は花音に話しかける。


「花音のヴァイオリン久しぶりに聞いたけど、前聞いたときよりうまくなってるね。なんていうか、音に深みがあるっていうか、優しい感じがして僕好きだよ」


「ありがとうございます。守さんのギターも素敵でしたよ」


守の言葉に花音はうれしそうに笑顔を浮かべる。


「話はこのくらいにして、もう時間だし守の家でお昼にしようか」


理沙の提案に、守以外が賛成して場所を移すことにした。




「なんだこれ、蕎麦粉じゃん。守、お前蕎麦打ちなんてしたのか?」


守の家に上がり、キッチンの戸棚を開けて回った京一が驚いたように声を上げた。

京一の言葉に花音も京一の手元を覗き込む。

そして、理沙は冷蔵庫から牛乳を持ってリビングでテレビを見ていた。


「うん、夏休み中にはある程度上達したくて。かえしも作ってあるんだ」


「ほんとまめだな。おっし、じゃあ今日の昼飯は蕎麦にしようぜ」


「え、今からだとお昼だいぶ遅くなるよ」


「いいから、いいから。花音もそれでいいか?」


花音は京一の言葉に頷く。


「じゃあ俺は理沙に言ってくるから、後よろしくな」


京一は後の事を二人に任せると、理沙のいるリビングのソファーに腰を下ろす。


「花音もリビングで休んでて」


花音は守の言葉に小さく首を振る。


「ご迷惑でなければ、お手伝いさせていただけますか?」


「うん、じゃあ僕が蕎麦を打つから、花音は出汁を作って貰えるかな」


花音は守の言葉に嬉しそうに頷く。

守はキッチンの戸棚から大きいボウルを取り出すと、蕎麦粉を8に小麦を2の比率で混ぜだした。

その間に花音は、鍋に厚く削った鰹節と鯖節を入れて出汁を作り出す。

花音は、真剣な表情で蕎麦粉を捏ね、麺棒で伸ばしだした守の横顔を見ながら、初めて守と会った日の事を思い出していた。




◇  ◇  ◇




一条花音は地元では名士と呼ばれる家に生まれた。

物心がつく前から一条家の名に恥じない人になれと言われ、家庭教師を付けられ、茶道や華道、そしてヴァイオリンなどを寝る間も惜しんで練習した。

そして、周囲の大人達からはいつのまにか一条家に相応しい令嬢と見られるようになっていた。

たとえ、ここ数年笑顔を浮かべたことなどなく、子供らしい目の輝きを失っていたとしても……

まるで人形の様に愛らしいと言われ、自分自身も一条家の人形だと思っていた花音にも一つだけ楽しみにしていることがあった。

それは、ヴァイオリン教室に通う途中、執事の運転する車の窓から信号待ちの間だけ見ることが出来る、同年代と思われる子供達が公園で遊んでいる姿だった。

笑顔を浮かべながら公園で遊んでいる3人の子供達の中に、自分も入れたらどんなに楽しいだろうと、そんな普通の事を想像する事が唯一の楽しみだった。


ある日、花音がいつもの様にヴァイオリン教室の帰り道を、執事の運転する車で通りかかった時、V型8気筒OHVターボエンジンを搭載したヨーロッパ製の車が故障した。

執事が車外で自動車会社に連絡を取っている間、普段の花音であれば大人しく車内で待っていたはずだが、その日は、恐る恐る車のドアを開けそっと車外に出るという冒険をする気になった。

花音は、普段の自分では決してしないであろう事に緊張しながらも、高鳴る胸を押さえながら小走りで公園の入口へ向かう。

そして、そこにはいつもの様に3人の子供達が居た。

花音は公園の入口で、ここから先は自分には関係の無い世界だと、今まで憧れていた光景にじっと見入っていた。

すると、一人の子供が息を切らせ走ってくる。


「ねえ、どうしたの? どこか痛いの?」


花音は自分に声を掛けてきた男の子をまじまじと見ながら答える。


「いえ、痛いところはありません」


「だったら一緒に遊ぼうよ」


「いえ、私は……」


花音が男の子に断りの言葉を伝えようとすると


「お迎えが来るまで一緒に遊ぼ」


花音の言葉を遮り、男の子が花音の手を握って走り出す。

花音が男の子の手を振り解くでもなく、消極的にではあるが一緒に走ると


「僕の名前は守って言うんだ。君は?」


「……私の名前は、花音です」


守は笑顔を浮かべると、新しい友達を幼馴染の京一と理沙に紹介した。




それから一時間ほどすると、屋敷から車を呼んだ執事が公園で遊んでいる花音を迎えに来た。


「お嬢様、新しいお車を用意致しましたので、お屋敷に戻ります」


花音は名残惜しそうに守達に別れを告げると、執事と一緒に歩き出す。

守がまた遊ぼうと花音の後姿に声を掛けたが返事は無かった。


「後藤さん、勝手な真似をしてごめんなさい」


花音は屋敷から呼んだ車に乗った後、ハンドルを握る執事に話し掛ける。


「お嬢様、お車をご用意するのに時間がかかって申し訳ございません。家庭教師様が屋敷でお待ちになっていると思います。お嬢様のご休憩の時間が無くなってしまいました」


花音は執事の言葉に小さく礼を言ったが、執事は花音の言葉に気付かない振りをしながら車を運転する。

花音の屋敷までここから10分も掛からないのだ。

後藤は、自分が花音に仕えてから始めてみた笑顔に、子供らしい様子に車の手配をギリギリまで伸ばしていた。

年齢の割には聡い花音もその事を察していただろう。

この日以降後藤の運転する車は、決まって花音の初めての友達がいる公園の前で、原因不明の故障で一時間ほど立往生するようになった。

そして、いつの間にか花音を人形の様だと例える大人達はいなくなった。

それから花音は周囲の期待に対し、常にそれ以上の結果を出し、ついには私立の中学ではなく、守達と同じ公立の中学に通う事を両親に認めさせた。

それも自分を檻から助け出してくれた、子供の頃に読んだ絵本の王子様に見えた男の子と、ただ一緒の学校に通いたいという思いが原動力となっていたのかも知れない。




◇  ◇  ◇




「おまたせー」


一時間程経った頃、茹で上がったざる蕎麦とそばつゆ、そして薬味を乗せたお盆を持った守と花音が、リビングにいる二人に声を掛けた。


「おお、やっと出来たか。早く食べようぜ」


京一が手をこすり合わせながら催促すると、守は苦笑しながら京一の前にお盆を置く。


「じゃあ、食べましょ!」


いつの間にか箸を持った理沙が口を開く。


「いただきます」


花音の声を切欠に、蕎麦をすする音だけがしばらく聞こえた。




「あ~、ご馳走さん」


京一が満足そうな表情を浮かべながら箸をお盆に投げ出した。


「ほんと、おいしかったよ、守」


理沙が守の顔を見ながら料理の感想を口にする。


「花音が手伝ってくれたからうまく出来たんだよ。僕一人だとこんなにうまく出来なかったよ」


守が謙遜しながら理沙に答えた。


「いえ、私はただお鍋の前に立っていただけなので、守さんが上手にお蕎麦を打てたからだと思います」


花音が守を見ながら口にする。


「そんな事ないよ」


守と花音がお互いを立てていると京一が口を開く。


「初めての二人の共同作業ってやつか」


京一の思いもよらなかった言葉に、花音は顔を赤くして俯き、守は呆れた顔をする。

守が京一に文句を言おうと口を開こうとした時、理沙が守に言った。


「守、食器片付けましょ」


理沙が自分と花音のお盆を持ってキッチンに向かう。

守は慌てて自分と京一の食器を持つと理沙を追いかけた。


「ごめん」


キッチンで食器を不機嫌そうに洗っている理沙に守が話しかける。


「別に守は謝る様な事してないでしょ。ほら、食器渡して」


守は食器を渡すと、理沙の洗い終わった食器をもくもくと片付ける。

二人がリビングに戻ると、四人で今日の反省と次の練習日を決めて解散することになった。


「気を付けて帰ってね」


守が玄関で三人に声を掛ける。


「おう、花音は俺が送って行くから心配するな。じゃあな」


京一が守に別れの言葉を告げると、花音は守にお辞儀をし、理沙は手を振って帰路についた。


理沙と別れて、京一と花音が二人で歩いている時だった。


「悪かったな、変な事言って」


京一の突然の言葉に花音は怪訝な顔をしながら聞き返す。


「どうしたんですか急に?」


「いや、さっき二人を茶化すような事を言って」


京一がばつの悪そうな顔をする。


「気にしてませんから」


花音の答えを聞いた京一が、少し躊躇した後口を開く。


「花音。お前さ、守の事好きだろ」


花音は京一の言葉に一瞬心臓が止まるほど驚いたが、それを隠して京一に答える。


「どうしたんですか急に? 私をからかっても面白くないですよ?」


「いつからかな、花音が守の事を”守さん”って呼び出したの」


京一の言葉に花音は俯いたまま歩き続ける。


「理沙から守さんの事が好きと聞いた時からです。その時から私は、守さんと呼ぶようにしました。だって、理沙の好きな人を、私が好きになったら理沙は悩むから。私は理沙も守さんの事も好きだから」


しばらくして花音が重い口を開く。

それは、いままで自分の内に秘めていた気持ちを懺悔する様な、辛そうな表情を浮かべていた。


「でも、京一さんも理沙の事が好きなんでしょう?」


「俺は理紗の事なんて……」


京一は思わず否定の言葉を口にしていたが、真剣な表情をしている花音の顔を見ると言い直す。


「ああ、そうだな。俺は理沙の事が好きだ」


「はい」


京一の言葉を聞いた花音は言葉少なく返事する。


「本当にあの二人は世話が掛かるからな。理沙はあれで臆病な所はあるし、守は回りに気を使いすぎだ。もっとも、守は自分の気持ちを隠すのがうまいからな。いや待てよ、気づいていないだけって可能性もあるな」


京一の言葉に花音は静かに頷く。


「は~ 初恋は実らないって本当だな。花音が守と付き合えば俺にもチャンスが有るんだけどな~」


どこか投げやりに京一が口にした。


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