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「あなたは来なくても良かったのに、レナ」
張り詰めた雰囲気の中、クリスは怪我を押してクランと一緒に来たレナに話しかける。
「私がクラン一人に行かせるわけ無いだろう」
レナはここまで歩くのがよほど堪えたのか、恨みがましい視線でクリスを見る。
「わたしは別に来てなんて頼んでないし、傷が痛むならベッドで寝てればいいじゃない」
レナの視線なんかどこ吹く風とばかりにクリスが言う。
「あの、僕は字を読めないのでレナさんに読んでもらったんです…… そしたら一人で行かせられないと言われまして……」
クランの言葉に緊張した雰囲気が霧散する。
どことなく生暖かい雰囲気の中、クリスが「字ぐらい読めるように教えときなさいよ」とつぶやきながらレナを見た。
「……それで何の用だ?」
グレックの差し出した椅子に座り、クリスの無言の抗議に気付かないふりをしながらレナが口を開く。
「ちょっと確認したいことがあってね」
気を取り直したクリスは三枚の羊皮紙を取り出した。
机の上に置かれたそれには、三人の男の顔が描かれている。
「この三人がどうしたんですか?」
クランが男の顔が描かれた羊皮紙を見ながらクリスに尋ねる。
「この間殺された三人の似顔絵よ。あなた知っているでしょう」
クリスの言葉にクランは改めて似顔絵を見直す。
「わたしはグランデル公国のある極秘機関に所属しているの。今の仕事は殺人事件とは別件なんだけど、関係が有りそうなんで調べていてね。なにか知らないかと思って来てもらったの」
クランの顔を見ながらクリスが説明する。
「何を調べているか聞いてもいいですか?」
「人探しをしているの。黒い髪の、多分特殊な力を持った子供をね」
探るようなクリスの言葉に、クランは一瞬ひるんだ後口を開く。
「その子供を殺すためにですか? ”殺人鬼”さん」
クランがその言葉を口にした瞬間、部屋の雰囲気が一変した。
クリスは殺気を滲ませ、グレックは懐に隠していたダガーを抜く。
レナは咄嗟に立ち上がるが、クランは部屋の隅に置かれていた余っている椅子を持ってくると、ゆっくりと座る。
三人がいぶかしみクランを見るが、本人は気にした様子もなくクリスに話しかける。
「詳しい話を教えてくれますか?」
クリスは突然笑い出すと、グレックに武器をしまうように指示する。
「いい度胸じゃない。わたしはそういう子好きよ。わたし達の仕事はね、ヘリオン帝国のスパイや工作員を捕らえたり、工作員によって引き起こされる事件を未然に防ぐ事なの。今回はヘリオン帝国が黒髪の子供を使って、ルイザの街道で商人達を襲ったりしてたから、その子供を捕まえることだったの。クランさんも最近良く聞くでしょ、治安が悪くなったとか、盗賊とかが良く出るって」
クランはクリスに頷いた。クリスはクランの反応を確認すると話を続ける。
「それであなたを疑った訳、あなたその年でかなりの剣の使い手みたいじゃない。レナと手合わせをしているのを見ていたアデルに気付いて手を抜いたんですって?」
クリスの言葉にクランが苦笑していると、椅子に座りなおしたレナ首を振る。
「クリス、信じられないだろうけど、クランの剣がすごいのは最初の一撃だけだ。その後は、まあ二流だな」
クリスはレナの言葉に「なにそれ?」とつぶやくと話を続ける。
「昨日、グレックがあなたを監視していたけれど殺人が起きたしね。それで剣の腕がたいしたこと無いんじゃ完全に人違いじゃない。そういえば帝国貨なんて何で持ってるの?」
「人から餞別に貰ったんです。三国の国境に近いところに住んでたので」
クリスはクランの話を聞くと、「まったく紛らわしいわね」と思わず口にしていた。
「まあ、人違いなのが分かったからもう帰っていいわ。何なら馬車で送りましょうか?」
二人が誘いを断って帰路につこうとすると、クリスが声を掛ける。
「それと分かってると思うけど、この部屋で話した内容は他の人に話さないでね。長生きしたいでしょ、あなた達」
クランは頷くと部屋を後にした。
部屋から二人がいなくなると、クリスがグレックに指示する。
「クランの後を付ける。あの子はなにか隠していることがある」
そう言うと、剣を手に取り足早に後を追うのだった。
クランがクリスのアジトに行った日の夜。
「助けてくれ!」
クランは、月明かりに照らされた命乞いをする男を見ていた。
静かに剣を抜くと一歩踏み出す。
「ひぃっ!」
男は体から血を流しながら、自分に振り上げられた腕を凝視していた。
その腕が振り下ろされたときに、自分の命の灯火が消え去ることを男は理解していた。
「あの時の事は謝るから、ただ、そうただふざけていただけなんだ! だから助けてくれ! あいつら三人もあんたが殺したんだろう、黙ってるから助けてくれ!」
男は必死で命乞いをする。
あの時、自分達がちょっかいを出した人間が、こんな危険な人間だとは思いもしなかった。
自分の命運を握っている相手は、目に憎悪を籠もらせ、口には弱者をいたぶるのが楽しいのか、うっすら笑みを浮かべていた。
クランはさらに一歩踏み出す。
男は後ずさると壁にぶつかった。
追い詰められ、逃げる事が出来ないことを悟ると、恐怖に失禁する。
クランはさらにもう一歩踏み出すと、口を開いた。
◆ ◆ ◆
「まさかレナに気付かれるとはね」
クリスがつぶやく。
少し前、隠れてクランの部屋を監視していることに気付いたレナが、文句を言いに目の前に現れた。
レナをなだめていたらクランが宿から出てきたので、とりあえずグレックに後を追わせ自分も急いで後を追おうとしたが、どうしても一緒に行くというレナに根負けして、月明かりの中、並んでルイザの街を歩いている。
しばらく現場に出ていなかったから密偵としての腕が落ちたのだろうか?
だとしたら、アジトで書類の確認や指示だけではなく、昔の勘を取り戻すためにも現場に出よう、とクリスは自分の中で結論付けた所でレナを見る。
「レナ、傷が痛いなら無理に着いて来ないで部屋で休んでなさいよ」
顔をしかめながらついて来るレナにクリスが呆れたように話しかける。
「あなたクランの保護者なの? それとも恋人?」
レナは揶揄するクリスに言葉少なく答える。
「仲間だ」
「まだクランとは会ってたいして経ってないじゃない、なにムキになってるのよ?」
クリスはレナの傷を気遣い、気付かれないように若干歩く速度を遅くする。
「私は仲間を決して見捨てない。それはクリス、おまえが私にした事だろう」
レナの言葉にクリスは一瞬驚いた表情をする。
だが、すぐに呆れたような顔でレナに口を開く。
「レナ、いつの話をしてるの? 今のわたしは邪魔だったらあなたでも殺すわよ」
「わかってる。どうせおまえに貰った命だ、その時は遠慮するな。だが、クランに危害を加えようとするなら、その時は覚悟しろ」
クリスはレナの言葉に困ったような表情をすると足を止めた。
「お喋りはここまでね。着いたわよ、どうするレナ? あの路地裏にいるみたいだけど踏み込む?」
レナはクリスの言葉が届かないのか、じっとクランがいると思われる方向を見つめていた。
クリスは肩をすくめると、音も無く現れたグレックに指示を出す。
「周囲を警戒しながら待機、このまま指示を待て」
グレックは頷くと音を立てずにこの場を後にする。
「は~、わたしも甘いわね。さて、この後どうなるかしら」
クリスは思いつめたような表情をしているレナを見ながらつぶやいた。
◆ ◆ ◆
レナが見つめる通路の奥、クランが口を開く。
「やめるんだ、サラ」
失禁している男の前で、腕を振り上げている人物が振り返った。
月明かりに照らされたその人物はクランより年下に見え、濃い茶色の瞳、少々小柄な体で、緩やかにウェーブした黒髪を背中まで伸ばした少女だった。
「いつ気付いた?」
少女がクランに話し掛ける。
「クリスさんに”殺人鬼”と言った時、その場にいた人達の緊張が一瞬で高まった。それは”殺人鬼”と言う二つ名を知っている人間が限られているからじゃないのかと思った。そして、ヘリオン帝国の子供のスパイがクリスさんに殺害されたことや、一般人になじみの薄いウォーベアーの危険性を知っていることもおかしいと思った。クリスさんは極秘機関に所属していると言っていた。それは、クリスさんの関わった情報は秘匿されているという事になる。次に、エリム村の宿で働いていたユリさんはウォーベアーの事を知らなかったし、過去にウォーベアーに襲われた事のある村も老人しか知らなかった。普通の人の知らないことを知っている事に違和感を覚えたんだ」
クランの言葉に感心したのか、少女はクランに向き直ると拍手した。
「思ったより頭も回るようだ。だがひとつだけ間違えている。私はサラではなく、リズだ」
「えっ?」
リズの言葉にクランは言葉をなくす。
深夜に野生の雌鹿亭から人目に付かぬよう出てきたサラをここまで付けて来たのだ、人違いのはずは無い。
「流石に気付かなかったようだな、サラの他に私がいることには」
クランはリズの言葉を聞き思わず口にした。
「多重人格者だったのか……」
「ふむ、なかなか興味深い言葉だな。多重人格か、確かにそうだな。私達は多重人格者だ」
リズは感心したように言葉を紡ぐ。
「なぜ人を殺したんだ」
クランはリズに問いかけた。
「なぜ?か…… 私達はそういう風に作られたとしか答えようが無いな。サラは子供の頃にヘリオン帝国の研究施設に連れて行かれ、数々の実験をされたんだ。それは言葉にするのもおぞましい事をな。そこでの事に耐えられず、サラの心が壊れそうになった時に私が目覚めたんだ。私はサラを守るために、やつらの実験で身に付けさせられた力を使った。力を見たやつらはそれは喜んださ、自分たちの実験が成功したってな。私達の心には人間に対する憎しみしかない、人を憎むように作られ、人を殺すように育てられ、人を殺せと呪いを掛けられた私達にはな。お前も困るだろう? なぜ息をするのだと聞かれたら。そういう事だ」
「元には戻れないのか?」
血を吐くようなクランの言葉に、リズは狂ったように笑いながら答えた。
「戻るって何処へ。私達は人を殺すように作られたんだ。暗黒の女神の呪いが掛かっているんだ。もし私達が戻る所があるとすれば、暗黒の女神の元か、地獄だろう」
「呪いを解く事は出来ないのか?」
「無理だな。どこの世界に私達のような存在の呪いを解こうとする人間がいる? 私達の事を知ったら、光の神々の神官達は私達を討伐しようとするだろうな。実際、グランデル公国の指示でクリスもそうしようとしているだろう? それに、私達に呪いを掛けたネイの神官は高司祭だ。万が一呪いを解こうとしたら、最高司祭を連れて来なければならないだろうな」
クランは唇を噛締めた。
「サラもお前と一緒にいると楽しかったと言っていたぞ、騙されている姿が滑稽だと。そうだ、お前がサラに好意を持っているなら、私達の手伝いをさせてやってもいい。もしかしたらサラも、褒美に抱かせてくれるかもしれないぞ」
リズはさも愉快に笑い出した。
その時、それまで恐怖に震え黙っていた男が、懐からダガーを取り出しリズに踊りかかった。
リズは咄嗟のことに表情を強張らせ、凍りついた様に動けないでいた。
瞬間、辺りに血が飛び散った。




