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「おはようございます。ごめんなさい、昨日はご迷惑お掛けして」
野生の野鹿亭の裏で剣の素振りをしていたクランに、気まずい表情をしたサラが話しかける。
クランは振り返ってサラを見ると、気にしてないとばかりに笑顔を浮かべて口を開いた。
「僕の方こそごめんね。無神経なことをして」
「いえ、わたしの方こそ不愉快な思いをさせたと思うので」
「僕は気にしてないよ」
「わたしもクランさんに謝ってもらうような事、されていません」
クランは恐縮しているサラを見ながら、剣を鞘に収めて苦笑する。
それを見たサラも知らずに笑みを浮かべていた。
二人の間にあった気まずい雰囲気は消え去り、いつもの様に水汲みの準備をすると、一緒に井戸へ歩き出す。
水汲みが終わりると、クランはサラをファムの神殿まで送り神殿の外で時間を潰していると声を掛けられた。
「お久しぶりです。クランさん」
あまりこの街に知り合いのいないクランが、怪訝そうに声の方を見ると、そこには一ヶ月ほど前にエリム村で別れたユリが微笑んで立っていた。
クランは突然の出会いに驚くが、すぐに再会を喜んで嬉しそうに破顔する。
「久しぶり! 突然だったからビックリしたよ。元気だった?」
「はい。クランさんの方こそ病気なんかしてませんか?」
クランの屈託のない笑顔を見たユリもまた、うれしそうに答える。
「僕は何とかやってるよ。最近は冒険者ギルドで依頼なんか受けるようになったよ」
クランの言葉に驚くと、ユリは不安そうな顔をしながらクランに尋ねる。
「危険な事はしてないですか? 怪我とかしてませんか?」
「うん、この間初めて依頼を受けたんだけど、突然ウォーベアーと戦うことになって大変だったよ。レナさんなんか今でもベッドで寝てるし」
ユリはクランの話にショックを受けたのか、青い顔をしながら口を開く。
「ウォーベアーがどの位危険な生き物か分かりませんけれど、危ないことはしないで下さい。クランさんに何か有ったら、私……」
途中で言葉を詰まらせたユリは、肩を震わせながら俯く。
クランが何か声を掛けようとすると、丁度ファムの神殿から出て来たサラが二人に気付き声を掛ける。
「お待たせしましたクランさん。えーと、こちらの方は?」
「あ、サラさん。紹介するね。エリム村でお世話になってたユリさんです。それで、こちらが今、僕がお世話になってる宿で働いているサラさん」
クランが双方に紹介をする。
「私はユリといいます。クランさんにはいつもお世話になっています」
「サラです。よろしくお願いします」
ユリは先ほどの話のショックを隠しながら、二人とも改めて自己紹介をした。
「立ち話するのもなんですから、宿に来ていただいたらどうですか?」
サラがクランに提案すると、クランは頷いて三人で野生の雌鹿亭に向かうことにした。
宿までの道を歩く間、サラはクランとユリの後ろを歩く。
クランの後ろを歩くサラは、切なそうな目をしながらクランの背中を見ていた。
宿に着くと、サラは朝食の準備をするためにいそいそと厨房へ向かう。
クランはユリを食堂に案内するといつも座っている席に着き、ユリは勧められた椅子に腰かけながら宿の中を興味深そうに見回す。
「立派な暖炉ですね」
宿屋の娘であるユリは、食堂に備え付けられた暖炉を見て感心したようにつぶやく。
クランはユリに朝食を取っていない事を聞くと、二人分の朝食をオーダーする。
「剣の方はどうなんですか?」
朝食が出来るのを待っている間、ユリがクランに聞く。
「レナさんと打ち合っているんだけど、まあ、代わり映えしないというか、いい様にやられているというか、あまり上達している気はしないかな~」
クランの返事を聞いたユリは、逸る気持ちを抑えてクランに尋ねる。
「春になったら、自宅に戻って狩人をするんですよね」
「そのつもりだよ。ここにずっと居るほどお金も持ってないしね」
「冒険者になったりしないですよね?」
クランは不安そうに尋ねたユリの問いに即答する。
「うん、別に冒険者になりたくてここに来たわけじゃないしね。剣の扱いが上手くなりたかっただけだし」
クランの返事を聞いたユリは、ほっとした表情を浮かべる。
その時、ちょうどサラが二人の朝食を持って来た。
楽しそうに話をしているように見える二人に朝食を配膳すると、どこか硬い表情をしながらお辞儀をして席から離れる。
朝食を食べ終えた二人は、ユリが買いたい物が有るというので市場に行くことにした。
ユリは二人で数件の店を回り、クランの意見を聞きながら何枚かの毛織物を購入する。どうやら冬の間は服を作って過ごすつもりらしい。
クランはユリを宿泊している春の草原亭まで送ると、野性の雌鹿亭に戻りレナの部屋へ向う。
「おはようございます」
クランがノックをして室内に入ると、レナはベッドに腰掛け自分の双剣を見ていた。
「おはよう、クラン」
レナは挨拶をすると剣を鞘に収める。
クランは昨日ガイルと相談した内容-ウォーベアーの毛皮をそのまま売りに出すか、又はそれを使って鎧を作るか-をレナに話した。レナは少し考えた後、口を開く。
「そうだね、二人とも鎧は処分してしまったし。私は、ウォーベアーの毛皮を使って鎧を作ってもいいと思う。クランはどうかな?」
「はい、僕も鎧を作った方がいいと思います。そういえば、レナさんの剣はどうなんですか?」
レナはクランの返事に頷いた後、剣を鞘から抜いてクランに見せる。
剣を見たクランは思わず眉をしかめる。一本は半ばから折れ、もう一本はかなり刃こぼれしていた。
「結構酷いですね。剣の方も、どうにかしなければならないですね」
レナは剣を鞘に納めながら口を開く。
「折れた方はもう使えないかな。もう一本も、砥ぎに出してもわたしの剣は元々少し細めだから、強度的にも使いづらくなるだろうし、二本とも買い替えになるだろうね。クランの剣はどうかな?」
クランは腰から剣を外すとレナに手渡した。レナは鞘から剣を抜くと剣身を検める。
「問題ないようだ」
しばらく剣を見た後、鞘に戻してクランに手渡した。
「どこかにわたしの剣を作ってくれるドワーフはいないかな」
クランの持っている剣がうらやましいのか、クランの剣を見ながらレナは独りごちた。
その後、二人は今後のことを話し合い、まずはレナの傷が癒えたら二人でガイルの店に行って、ウォーベアーの毛皮を使った鎧の作成依頼に行く事にした。それと、レナの新しい剣を二人で探しに行く事も決めた。
話がひと段落してレナの部屋を後にしたクランは、いつもの様に剣の素振りを裏庭で行い、夕食を食べて眠りに付くのだった。
翌朝。
胴体から首を切り離された、昨日から数えて二人目となる男の死体が発見された。
そしてクランのシーツにはなぜか血が付いているのだった。




