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真っ暗で何も見えないところに漂っている。すると声が聞こえてきた。
「お前は許せるのか、昨日会った男達を、怒りで心が塗りつぶされているのではないか? お前は決して怒りを抑えることは出来ないだろう。それゆえにあの男達を殺さずには居られないだろう。その時は……」
クランはゆっくりと目を覚ました。最近、何か夢を見ているような気がするが、朝になると忘れている。すごく大事な、忘れてはいけない事のような気がするが、どうしても思い出せなかった。
クランは気持ちを切り替え身支度を整え部屋を出ると、レナの部屋のドアをノックする。
「誰かな?」
「クランです」
部屋の中から聞こえた声に答えると、クランはドアを開け中に入る。
そこには上半身を起こして、ベッドに横になっているレナがいた。
「体を起こして大丈夫なんですか?」
「ああ、だいぶ良くなったよ。あと1週間位で普通に動けるようになると思う」
まだ傷が痛むのか、少し顔をしかめたレナが、心配そうな表情を浮かべているクランに答える。
「それよりギルドには報告したのかい?」
クランは、レナにギルドへの報告は済んだことを伝え、ウォーベアーの毛皮をどうするかを相談することにした。
「ガイルに相談してみたらどうだろう? あの毛皮は売るにしても結構な値がつくと思うよ」
レナとクランが話していると、ドアをノックしてサラが部屋に入ってきた。手には野菜のスープとパンが載せられたお盆を持っている。
「今日の朝食です」
「ありがとう」
怪我をしてからサラに食事を部屋まで運んでもらっていたレナは、礼を言いながら受け取った。
レナとクランがグレンの店までウォーベアーの毛皮をどうやって運ぶか話していると、それを聞いていたサラが二人に提案する。
「宿の荷車を使ったらどうですか?」
「荷車があるの?」
クランがサラに問い返すと、サラは笑顔で頷く。
「それなら宿の荷車を借りて運べば良いみたいだね」
「じゃあ、わたしが女将さんに話して来ますね」
サラは空のお盆を持って女将に話をするため部屋を後にする。
「後でお礼をしなければな。ところでクラン。最近、君と話しているサラの機嫌が良さそうなんだが、何かあったのかい?」
レナの思いもしなかった言葉に驚くと、クランは早口で答える。
「別に何も無いですよ。気のせいじゃないですか」
レナはクランの慌てぶりが可笑しくて笑いそうになったが、傷が痛むのか、苦笑いになっていた。
話も一段落して朝食を食べ終えたレナが一休みしていると、食器を下げに来たサラがお盆に載せながらクランに話しかける。
「荷車の件は女将さんに話しました。昼の食堂の仕事が終わったら、荷車の置いてあるところまで案内しますね」
「うん、じゃあ裏で剣を振っているから声を掛けて」
「はい、分かりました。後片付けなるべく早く済ませますね」
サラは空になった食器を持って食堂の掃除をするために部屋を後にする。
「もう剣の修練を始めるのか」
サラを見送りながら、レナは呆れたようにつぶやいた。
食堂で昼食を食べた後クランは宿の裏で素振りを始める。
しばらくしてクランが人の気配を感じて振り返ると、近づいてくるサラと目が合った。
サラは驚きで目を見開き一瞬立ち止まった後、クランに小走りで駆け寄る。
「待ちました?」
クランが首を振って答えると、サラはクランを荷車の保管してある場所まで案内する。
昨日冒険者ギルドから戻ったときに、部屋に運び込んでいたウォーベアーの毛皮を積み込むと、クランは荷車を引き出す。
宿の前の道に出るとき、宿の主人に声を掛けられた。
「サラ、さっき食堂で倒れたんだ、気を付けろよ」
サラは「大丈夫」と答え、二人でグレンの店に向う。
「体調悪いの?」
クランがサラに尋ねると「大丈夫」と言葉少なく返ってきた。
それでも黙々と歩くサラを心配して、クランが「部屋に戻って休んだらどう?」などと声を掛けると、「私がいると迷惑?」と不機嫌そうに聞き返す。
どこと無く気まずい雰囲気のまましばらく無言で歩いていると、突然サラがウォーベアーと戦った時のことを尋ねてきた。
クランがその時の事を話し出すと、サラは相槌を打ちながら黙って聞いていた。
「もし、わたしがウォーベアーに襲われたら守ってくれるの ですか?」
サラがクランを見ながら問いかける。
「もちろん」
クランが短く答えると、サラはクランの背中をじっと見ながら歩くのだった。
「こんにちは、ガイルさん居ますか?」
クランがガイルの店の扉を開けて無人の店内に声を掛けると、奥の方から「今行く」という返事が聞こえてきた。
クランが店の中の武具を見ながら待っていると、奥からガイルが現れる。
「今日はなんだい?」
「ちょっと見てもらいたいものが有るんですけど」
クランが店の前に止めた荷車までグレンを案内すると、積まれた荷物を見てグレンは驚きの声を上げた。
「これは、ウォーベアーの毛皮じゃねえか! 本当に倒したのか……」
ウォーベアーの毛皮に手を伸ばしたグレンは、細かく検分しだしす。
一通り見終わったガイルはクラン達に顎で店の中に入るよう指示すると、ウォーベアーの毛皮を積んだ荷車を店の裏に移動する。
クラン達が店の中で待っていると、裏口から椅子を三つ持って入って来たガイルが、自分が座るとクラン達にも椅子に座るように勧めた。
椅子に座るのを待って、ガイルが口を開く。
「譲ちゃん達がウォーベアーを倒したってうわさは聞いていたが、まさか二人で倒すとはな…… いや驚いた。毛皮の状態を見ると魔法の跡も無いし、斧や槌で付いた傷も無い。本当にあんたら二人で倒したんだな」
しきりに感心するガイルにクランが尋ねる。
「レナさんと話して、この毛皮をどうしようかガイルさんに相談しようと思いまして」
「これだけ状態のいい物だと、時間をかけて売りに出せば貴族がほしがるかも知れねえな。それか、これを使って鎧を作るって事もできるな」
腕を組みながら、しばらく考えたグレンがクランに言う。
「ウォーベアーの革鎧だったら、普通の革鎧と比べて重さは変らないが防御力が段違いだ。下手な攻撃魔法なんか弾くし、剣に対する防刃性は身をもって経験しただろ。あんたら二人は軽戦士だし、自分達用に鎧にしてみるのも悪くないと思うぜ。帰ったら譲ちゃんと相談してみな」
クランは了解の意を伝えるとガイルの店を後にする。
荷車は、毛皮をどうするか決めるまでガイルの店で預かってもらうことにした。
ウォーベアーの毛皮ともなれば、不埒な事を考える人間もいるからだ。
「夕食の準備を始めるまで時間があるんだったら、市場に寄ってく?」
野生の雌鹿亭へ帰り道、どことなく元気が無いサラにクランが話しかける。
サラはクランの顔を見て、少し考えた様子を見せた後頷く。
市場通りを歩きながら露店を見ていると、果物を搾って作ったジュースを売っていたので、クランは二つ買った。一つをサラに手渡すと自分のジュースに口を付ける。
サラは手に持ったジュースを持ったまま、クランの顔をじっと見つめる。
「美味しいよ、飲んでみて」
クランに声を掛けられたサラは、おそるおそるといった感じでジュースに口を付けた。
すると、口の中に広がるやさしい甘さに驚いた顔をする。
「美味しいでしょ、葡萄と林檎を混ぜたのかな?」
二人は市場にある広場まで歩きベンチに並んで腰掛けると、辺りを歩く親子連れや走り回る子供達を見ながら無言でジュースを飲む。
ジュースを飲みながら辺りを見ていると、突然サラにクランが寄りかかってきた。
サラが驚いてクランの顔を見ると、クランは眼を閉じて寝入っているようだった。
サラはそのままクランを支えながら、ベンチに座って道行く人々や、空を飛ぶ鳥などをじっと見つめていた。
しばらくして目を覚ましたクランは、ベンチでサラに膝枕をされているのに気付くと慌てて体を起こす。
「ごめん、どのくらい寝てた?」
「二十分くらいです。」
言葉少なく答えたサラを見ると、赤い目をしていた。
「目が赤いよ? こめん、僕重かったかな?」
クランが不安そうに尋ねると、顔を見られるのが恥ずかしいのか、サラは顔を背けながら「なんでもないです」と答える。
自分のせいで思わぬ時間を浪費してしまったクランは、ベンチから立ち上がると野生の雌鹿亭に帰ろうとサラに手を差し出す。
しかし、サラはクランの手を見たまま、時が止まったように動けずにいた。
クランが手を差し出したまま待っていると、サラがおずおずと手を握る。
クランが握った手を引き立たせようとすると、サラは自分の手を引く力に逆らわずクランに抱きつくように立ち上がった。
クランは咄嗟にサラを抱きしめると、サラは額をクランの胸に当てクランの服を握り締めた。
どのくらいの時間が経っただろう、突然サラはクランの腕を振り解くと、そのまま逃げるように走り去った。
クランは呆然とサラを見送ると、悪いことをしたかなと考えながらとぼとぼと帰宅の途につくのだった。
翌朝、顔に傷跡のある男の死体が裏路地で発見された。その死体は、肩から腹に掛けて切り裂かれていた。
そして、同じ時間、目を覚ましたクランは自分の手に血が付いているのを不思議そうに見ていた。
H25.1.12 人物名の間違いを訂正させていただきました。




