20
荷馬車でルイザの街にある野生の雌鹿亭まで送ってもらい、荷物を降ろすとクラン達は村人に別れを告げる。
レナは荷馬車から降りると、傷が開くと拙いので早々に部屋に戻り休む事にした。
一方のクランは、宿の裏に降ろしたウォーベアーの毛皮の前で、これをどうしようか考えていた。
「クランさん、無事だったんですね……」
声のした方に振り返ると、目から大粒の涙を溢れさせたサラが胸に飛び込んできた。
咄嗟にクランはサラを抱きしめる。
「心配したんですから! 本当に心配したんですから! もう帰ってこないんじゃないかって…… ウォーベアーと二人で戦うなんて無茶です! 死んだらどうするつもりだったんですか!」
サラはクランの顔を見ながら、腕の中で慟哭する。
しばらくして落ち着いたサラは、顔を赤くしてクランに謝った。
クランも、サラにこれほどまでに心配させて申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、この後どう接していいか分からず、ウォーベアーの毛皮をどうするかは保留して冒険者ギルドに報告に行こうと考えた。
まるで、サラから逃げ出すかのように。
「どこに行くんですか?」
落ち着いたサラを腕から開放し、宿を後にしようとしたクランにサラが尋ねる。
「冒険者ギルドに報告に行こうと思って」
どことなくばつが悪そうに言ったクランに、サラは「ちょっと待っていて下さい」と言い残して宿の中へ走っていく。クランがしばらく待っていると、宿から出てきたサラがクランに告げる。
「わたしも一緒に行きます」
有無を言わせぬサラの口調に、クランは思わず頷くと二人でギルドに向かう。
まだ足の痛むクランが歩きながら顔をしかめていると、サラはそっと寄り添いクランを支えるのだった。
いつもより時間は掛かったが、何とか冒険者ギルドに着くと二人は扉を開けて中に入る。
二人がギルドの中に入ると、それまで冒険者達の話し声や、怒声で騒がしかった室内が一瞬で静まった。クランは、いつもの様に自分に突き刺さる視線を無視すると、受付のあるカウンターに向う。
「こんにちはシェラさん。依頼の報告に来ました」
声を掛けられたシェラは一瞬驚いた顔をした後、すぐにギルド職員の表情に戻る。
「お疲れ様でした。森での事はエイブさんからの手紙で連絡を受けています。内容の確認を行いたいので、お手数ですが最初から説明をお願いします」
「分かりました」
そう言うと、クランは自分の覚えている事を説明しだした。
「エイブさんの手紙に書かれているウォーベアーの死体の状況と内容が一致します。ただ、どうやってウォーベアーを倒したかが不明確なのが気になりますが……」
そこで一息入れるとシェラは話を続ける。
「ゴブリンを頻繁に見かけるようになったのは、ウォーベアーが原因だという仮説は当ギルドも支持します。ただ、ゴブリンキャンプが移動してしまったので、その分の情報は差し引かせていただいて、報酬は小金貨1枚をお支払いいたします」
クランは受け取った小金貨を見ながら思わず考える。
レナと二人で命がけで戦って、普通の労働者が五日間働いた位の報酬が妥当なのかと。
ひょっとして冒険者とは、危険な仕事をしても割りに合わないのではないのかと。
クランが考えている内容を察したのか、シェラが口を開いた。
「今回は、ウォーベアーを倒したことに対しての報酬は支払われません。あくまでもゴブリンの調査が依頼だったからです。もし、依頼内容がウォーベアーの討伐だったなら、金貨12枚程度の報酬が支払われたと思います」
「つまり、危険を回避しながら依頼をこなすのが優秀な冒険者って事ですか?」
シェラは自分の話した内容から、言いたいことを読み取ったクランの頭の良さに驚いた。
剣を振るい前衛で戦うような人は、あまり物事を考えない直情型の人が多く、腕力に頼り依頼を解決しようとする事が多い。
そのため、一人で受けた討伐系の依頼の達成率や、生存率が低くギルドとしては頭痛の種になっていた。
その点レナは、必要の無い戦闘は可能な限り回避しながら依頼を達成する柔軟さを持ち合わせていた。
もちろん一度戦闘になれば、障害になった物を打ち倒す腕も持ち合わせていたが。
そして、レナとパーティーを組んでいるクランも、レナと同じく物事を柔軟に考えることができる人のようだ。
このまま依頼をこなし、経験を積めば、レナのような一流の冒険者になれるかもしれない、とシェラは思った。
「分かりました。じゃあ、レナさんの怪我が治ったらまた来ます」
シェラとの会話が途切れたところで、サラと一緒にクランがギルドを後にしようとした時だ。
「ちょっと待てよ、新入り。」
二人がギルドに入って来てから、じっと見ていた男達が声を掛けて来た。
クランが振り返ると、腰に剣を帯た男が四人でクラン達を取り囲む。
「まったくうまくやったもんだな。レナの尻に付いてくだけで、ウォーベアーを倒したと大きな顔を出来るんだからな」
顔に大きな傷跡がある男がクランを見下ろし、他の三人はニヤニヤしながらクランとサラに視線を這わせる。
「レナが怪我をしたら、今度は他の女か。実力も無いのにいい身分だな」
男はクランの肩に腕を回しながら続ける。
「お前みたいに人の尻馬に乗って目立つ奴は、他の冒険者に目の敵にされるかもしれないな。夜出歩く時は気を付けたほうがいいぜ」
男の言葉に他の三人も笑い出す。
クランが男達を無視して、ギルドから出ようと決めた時。
「クランさんは弱くなんかありません! わたしを助けてくれました!」
サラが逃げ出したい気持ちを抑え文句を言うと、男達は呆然とした後笑い出す。
「いや流石色男。女かと思ってたら子供じゃないか」
「子供に守ってもらえるなんて、いいな色男」
男達がはやし立てる。だがサラは怯まず口を開く。
「クランさんの実力が無いと言ったことを訂正してください!」
さっさと逃げ出すと思ったサラがしつこく食い下がると、男達は笑いを納め剣呑な雰囲気を放つ。
「すみません。折角忠告してもらったのにお礼も言わないで」
男達の雰囲気が変わったのを感じ取ると、クランはサラを背中に隠す。
「ああ、そのガキがしつこくてしらけちまったよ。折角お前のために忠告してやったのによ」
クランは男達に頭を下げながら謝罪の言葉を口にする。
「本当にすみません」
謝り続けるクランに、男は下卑た笑みを浮かべた。
「本当に悪いと思っているなら、他に謝り方が有るだろう」
クランは一瞬考えると、地面に膝を付き土下座をする。
「本当に申し訳ありませんでした」
男はクランの頭を踏みつけると「二度と俺達に口答えするんじゃねえぞ」と言い残し、笑いながらギルドから出て行く。
クランは男達がギルドから出て行くのを確認した後、立ち上がりサラに声を掛ける。
「大丈夫だった?」
「なんであんな謝り方をするんですか! そんなことする必要ないのに!」
よほど悔しかったのか、目を赤くしたサラがクランに言った。
「あの場はああするのが一番良いと思って、もしサラが怪我するような事になったら大変だから」
「わたしは怪我することぐらい平気です!」
「僕が嫌なんだ、サラが傷つくのは」
そう言われたサラは、何も言い返せずにクランを見つめた。




