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ここはどこだろう?
真っ暗で何も見えないところに漂っている。
すると声が聞こえてきた。
「いつまでこんな所にいるんだ。その心に秘められた怒りを、憎悪を閉じ込めて。これは呪いだ、お前に掛けられた呪いだ。いつまでもこのままでいられるとは思うな……」
クランはベッドから跳ね起きた。
辺りを見回すと部屋にはベッドが二つ置いてあり、隣のベッドにはレナが寝ている。
クランはレナの胸が上下しているのを確認すると、今度は、包帯を巻かれた自分の体を確認した。
体には所々傷があるようだが、特に両足と、右の掌は真っ黒いあざが出来ていた。
なぜこんな所に寝ているのか混乱している記憶を整理してみると、先ほどまでウォーベアーと戦っていたことを思い出す。
「何で僕は生きているんだ」
クランはレナに止めを刺そうとしていたウォーベアーの背後から、剣を構えて飛び出したことまでは覚えているが、その後の記憶が無かった。
いくらその後の事を思い出そうとしても思い出せないので、レナが目を覚ましたら聞こうと考える事を放棄した。
クランがベッドに横になっていると、初老の男部屋に入ってきた。
「どうやら目を覚ましたようじゃな」
男は、クランが自分を見ているのに気づくと声を掛けてきた。
「わしの名は、エイブじゃ。この村の村長をしておる。アルがお前達を連れて来た時は、心臓が止まるかと思ったわい。二人とも血まみれで、女の方はかなりひどい怪我をしていたからな。あんな所でどうしたんじゃ?」
エイブの話をまとめると、クランを肩に担いだレナが、村のほうに向かって歩いていた。途中でこの村の住人、アルに偶然会うと「クランを助けてやってくれ」と伝えてそのまま気を失ったようだ。
クランは、怪我した体に鞭打ち、自分を助けようとしてくれたレナに感謝した。
エイブの話を聞き終えたクランは、なぜ自分達があんな所に居たかを話した。
「なんと、あの森にウォーベアーがいたのか、それを二人で倒したと・・・」
エイブは二人の言葉に絶句した。エイブが子供の頃に聞いた話だと、曽祖父達がこの村を作ったときにウォーベアーが現れ、村に甚大な被害が出た。
ルイザの街の冒険者ギルドから討伐隊が組まれたが、15人の冒険者のうち2人が帰らぬ人となり、3人が重症を負った。いくら子供だったとはいえ、ウォーベアーをこんな少年と、隣のベッドで寝ている女二人だけで倒したなど、とても信じられなかった。
「森の入った所に開けた場所が有ります。そこでウォーベアーを倒したので、まだ死体が残っていると思います。」
エイブはクランの言葉に頷くと、ゴブリン達も自分たちを脅かすものが無くなったのなら、森の奥のキャンプに戻ったと思い、村の男達にウォーベアーの死体を確認させようと決めた。
「まだ、怪我も体力も戻ってないだろう。ゆっくり休むといい。」
エイブはクランに言い残すと、部屋を後にした。話し疲れたのか、クランも眠りに着くのだった。
ドアをノックした後、ミルクに漬けて柔らかくしたパンの入った器を、お盆に載せたエイブが部屋に入ってきた。
「どうじゃ、ちょっとは食欲も出てきたか?」
クランはエイブに頷くと、食べ物の入っている器を受け取った。食事をしているクランを見ながら、エイブは口を開いた。
「村の男達に森の中を調べさせた。たしかにウォーベアーの死体があった。わしも子供の頃に、話に聞いていただけなんで初めて見たわい。見つけた村人なんぞ、話も聞いたことが無いから唯の熊の死体だと思っておった。なんにせよ、お前さん達のお陰で村人達が危険に晒されずにすんだ。村長として礼を言う。ありがとう。」
クランに深々と頭を下げたエイブに、「頭を上げて下さい」とクランが声を掛けようとした時、隣から声が聞こえた。
「助かったようだね、私達は。」
クランが声のした方を見ると、痛みに顔をしかめたレナがクランを見ていた。
「起こしてしまったようじゃな。お前さん達は村の恩人じゃ。傷が癒えるまでゆっくりしていってほしい。」
エイブが部屋から出て行った後、二人はまた眠りに着くのだった。
レナの傷がふさがると、二人はルイザの街に戻ることにした。
村人達は、傷が完全に癒えるまで逗留するように勧めたが、冒険者ギルドに報告しなければならないし、サラも心配しているからと丁寧に断った。
クランは、ウォーベアーをどうやって倒したかレナに尋ねたが、レナも記憶が混濁してよく覚えていないようだった。
あれほどの死闘だったのだ、仕方の無いことだろう。ただ、クランの剣がウォーベアーの背骨を粉砕し、それが勝利を引き寄せたのは確かだった。
ルイザの街に出発する日になった。
村人達はせめてもの礼にと、二人を荷馬車でルイザの街まで送ることにした。
荷馬車には、二人が倒したウォーベアーの毛皮の他に、クランの愛用の剣と、レナの双剣が積まれていた。二人の皮鎧は、実用に耐えないぐらい破損していたので、村で処分してもらっていた。
「クラン君、あの時何で戻って来たんだい?私は逃げろと言ったはずだよ。」
荷馬車に揺られながら、レナは厳しい顔でクランの目を見た。
クランはレナから目を逸らさず答えた。
「あそこで逃げ出したら、レナさんはやられると思いました。僕はレナさんのことを見捨てて逃げ出すことなんて出来ません。」
「師匠の言うことを聞けない人間を、わたしは弟子には出来ないよ。」
レナの言葉に、クランは俯くと拳を握り締めた。
「だから、今日から私達は仲間だ。君が危険に晒されたら私は命がけで助ける。どうかな?クラン。」
クランがレナの言葉に驚いて顔を上げると、レナは微笑んでいた。
「はい、よろしくお願いします。レナさん。」
姿勢を正し、真摯に答えたクランの言葉に、レナは不満そうに言った。
「‘さん’は要らないよ」
「いえ、レナさんは先輩ですから。」
「それは、わたしが年増だってことかな?」
「何でそうなるんですか。」
手綱を握っていた村人は、そんな二人を見て、笑いを堪えるのだった。




