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クランがルイザの街に来て三週間がたった。
いつものように、クランが夜明け前から野生の雌鹿亭の裏で剣を振っていると、サラが宿の裏口から姿を現す。
サラはいつもの様にクランを見つけると、はにかみながら挨拶をする。
「おはようございます。クランさん」
「おはよう。ちょっと待ってて」
クランはこの宿に泊まるようになってから、サラと毎日水汲みに行っていた。
最初こそクランと距離を取ろうとしていたサラだったが、今では水汲みに行く時、クランにそれとなく声を掛けるようになっていた。
クランは今まで振っていた剣を鞘に収め汗を拭くと、大きめの桶を持ってサラと一緒に井戸へ向かう。
「クランさん、今日の朝食はわたしもちょっと手伝ったんです。でも、ほんとにちょっとだけなんで、食堂に来たらわたしに声を掛けてください。クランさんの分だけわたしが作った朝食をお出ししますから」
「本当? 楽しみにしてるよ」
「はい、クランさんに食べてもらおうと一生懸命作りました」
サラはクランの言葉が嬉しかったのか、笑顔を浮かべていた。
水汲みが終わると二人はファムの神殿に向かった。
二人で水汲みをするようになり、水汲みにかかる時間が減ったため、最近では朝の少しの時間、サラはクランと一緒にファムの神殿に行くようになっていた。
二人でファムの神殿に行くようになって少しした頃、クランが「ファムを信仰しているの?」と聞くと、サラは恥ずかしそうに微笑むのだった。
朝食の時間になりクランが食堂に行くと、レナがテーブルにつき待っていた。
クランはサラに朝食を頼むと、レナのいるテーブルに向かう。
「実戦の経験を積むため、今日は冒険者ギルドに行って依頼を受けてみようか」
クランが席につくのを待って、レナが口を開く。
この三週間、レナはクランに実戦的な稽古をつけていた。
クランもだいぶ訓練に慣れ、それに伴い実力も身につけてきていたため、実戦の雰囲気を感じるためにも、レナは冒険者ギルドで依頼を受けようと考えていた。
「分かりました」
クランは少し緊張した面持ちで答える。
その時、サラが二人分の朝食を持って来て、レナはクランの朝食が自分のメニューと違うのに気づく。
「クラン君だけ特別メニューなんだね。もしかして私は邪魔だったかな? まあ、冒険者ギルドに行く前にサラと話をする時間位は有るから、その間私はこの席で待ってるよ」
食事を済ませた後、クランは厨房にいるサラに話しかける。
レナは微笑みながら、嬉しそうにしているサラとクランを見ていた。
二時間後、二人は冒険者ギルドの前にいた。
ギルドの扉を開けると、中にいた冒険者達がレナを見た後、クランを値踏みするように見る。
クランは自分に突き刺さる視線に怯むと、受付に向かったレナを追いかけた。
「初心者向けの討伐系依頼は何か無いかな?」
レナがシェラに話しかけると、「ちょっと待って下さい」と答えた後、シェラはギルドに来ている依頼書を確認しだす。
「今はこれだけです」
シェラは依頼書の束から三枚抜き出した。
一枚目は、ルイザの街の北にある森でゴブリンの調査依頼。
二枚目は、ルイザ街道に出没する野生動物の駆除。
三枚目は、熊の肉の調達依頼。
クラン達は話し合った結果、二枚目と三枚目の依頼はクランが自宅でやっていた狩りの内容と変らなかったので、一枚目のゴブリンの調査依頼を受けることにした。
「では、詳しい依頼内容の説明を致します。今回はルイザの街の北にある森で、ゴブリンが頻繁に目撃される情報が寄せられたため、国からの依頼で調査をすることになりました。ゴブリンの個体数の把握、及びキャンプ地の特定などが具体的な調査目的になります。途中でゴブリンに遭遇し戦闘になった場合は、ゴブリン一匹当たり銀貨一枚が報酬として支払われます。また、調査して得られた情報の内容によって、銀貨5枚から小金貨2枚までが報酬として支払われます。最後に、依頼の遂行中に起きたトラブルや、損害については、当ギルドは一切関与しませんのでお含みおきください」
シェラが淡々と依頼内容を説明している間、クランは自分に突き刺さる視線に、居心地の悪さを感じていた。
「何かご質問がありますか? 落ち着かない様子ですが」
シェラは、クランの様子を見て尋ねる。
「いえ、なにか皆さんの視線を感じまして」
「レナさんは、今まで誰かと組んで仕事をする事はほとんどありませんでした。当ギルドに所属する、腕利きと評判のパーティーが誘っても首を縦てに振りませんでした。それが突然、二人とはいえパーティーを組んで仕事を請ければ、いやでも注目されます」
シェラの言葉に、レナは苦笑した。
「私は注目されるほどの人間じゃないんだけどな」
「なにを言っているんですか。レナさんに憧れる人は沢山います」
その後、レナがいかにすばらしい冒険者かシェラは手を握り締めて力説する。
それを聞いていたレナは居た堪れない気持ちになり、クランはますます険悪になる視線に神経をすり減らした。
まだまだ話したりないという感じのシェラから、二人は這う這うの体で逃げ出す。
ギルドの前で二人顔を見合わせて笑うと、二人は森に入る準備をするために市場へ出かけた。
まず、最初にクランの鎧を準備することにして、防具を取り扱っている煉瓦作りの店に行くとレナが扉を開け中に入る。
店の中には、金属の板を組み合わせて作られた重厚なフルプレートメイル、細かい鉄の鎖を組み合せた強度と重量に優れたチェインメイル。そして、動きやすさを重視しながらも、実用的な強度を保った皮鎧が飾られていた。
その他にも、壁にはバックラーなどの小型の盾や、ラウンドシールドなどの中型の盾が飾られていた。
「こんにちは、おやじさん居はいるかな」
レナが声を掛けると、奥から40歳くらいの、髪の毛を剃り落とした筋肉質な男が現れた。
顔には深いしわが刻まれ、鎧などを作っているためか、手は大きくごつごつしていた。
「おう、レナの譲ちゃんじゃないか。今日はどうしたんだい?」
「クラン君に鎧を買おうと思ってね」
レナは、男にクランを紹介する。
「あんたがクランか。俺はガイルだ、よろしくな。しかし、譲ちゃんが本当に男を連れて来るとはな」
レナがガイルを睨むと、ガイルは「怖い怖い」と言いながら肩をすくめた。
「譲ちゃんに頼まれて、兄ちゃんの体格に合う皮鎧を準備してあるんだ。合わせてみるから奥に来な」
ガイルに声を掛けられたクランはレナの顔を見る。
「近いうちに依頼を受けるかと思って、おやじさんにお願いしていたんだ」
奥でガイルがクランを呼んでいるので、クランはレナに軽く頭を下げて奥に向かった。
しばらくすると、クランが皮鎧を身に着けて奥から歩いてきた。
「サイズもちょうど良いみたいだね」
レナが、クランの皮鎧を確認しながら言った。
肩や胸、腕や足などの部位は、なめした皮を何枚も重ねてワックスで煮込んで硬度を出し、間接部などは動きを妨げないように、数枚のなめした皮を縫い合わせて作られていた。
「すぐ使えるように、慣らしておいたからな」
クランに遅れて奥からやってきたガイルが、大きな口を開けて豪快に笑う。
「さすがだね。じゃあ、貰って帰るよ」
先に代金の支払いを済ませたレナが、グレンに礼を言うとクランと一緒に店を出た。
その後、バックパックやロープ、ランタンや調理器具、いざという時のための毒消しなどを買い揃えクランに渡した。
クランが代金をレナに渡そうとすると「依頼の初受注祝いだよ」そう言ったレナは、楽しそうに笑っていた。