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異世界での過ごし方  作者: 太郎
目覚め
17/130

15

その日、サラはいつもの様に、客室の掃除をしてシーツを洗い、食堂の片づけを終えた後に遅い昼食を食べていた。

食事を終えると自分の使った食器を洗い、休憩時間を取る。


「今日はお客も少ないし、ゆっくりして来な」


女将にそう声を掛けられ、小さな声で礼を告げるとサラはファムの神殿に向かった。

ファムの神殿の入口をくぐると、奥にあるファムの女神像の前に跪き祈りを捧げる。

よほど熱心な信者なのだろうか、30分もの時間が経ったところで、ようやくサラは立ち上がり神殿を後にした。


サラは市場に並んでいる露店を冷やかしながら宿への道を歩く。


「すみません。道を教えてほしいのですが」


サラに男が声を掛けてきた。

男の尋ねてきた場所は、スラムとは言わないまでも、ルイザの町ではあまり治安のよくない場所だった。

サラは少し逡巡した後、男の聞いて来た場所まで案内することにする。

だんだんと道が細くなり、道端に座り込んだ男などが見かけられるようになると、サラは大体の場所を教えて、後は自分で探してもらおうと男に声を掛けた。


「ここまで来ればあと少しなので、どうやって行くか説明しますね」


「ああそうだな、ここまで来れば十分だ」


男の言葉に不吉なものを感じたサラは、急いで大通りに戻ろうとする。が、後ろから右腕を掴まれ、小柄なサラは身動きが取れなくなる。


「そんなに怖がるなよ」


男がニヤニヤしながらサラに顔を近づけ、サラが恐怖に目を瞑った時だった。


「あ~、なんか恥ずかしいぐらいのタイミングだな」


どこかで聞いた事のある声が聞こえる。

サラが恐る恐る目を開けると、そこには頭をかきながら佇むクランがいた。


「なんだ、てめーは!」


「ただの通りすがりの通行人だ」


怒鳴りつける男に、クランは飄々と答える。


「とにかく、その女の子を放してもらおうか」


クランは男に向かって一歩踏み出した。

男はサラを放すと、懐からダガーを取り出しクランに上段から切りかかる。


「逃げて!」


サラはとっさに叫んだ。

サラは、たまにレナとクランが宿の裏で行っていた訓練を見たことがある。

そこでは、クランはレナに触れることすら出来ずに、一方的に打ち据えられ地面に這い蹲っていた。このままでは、クランが殺されてしまう。

だが、サラの思いとは裏腹に、クランは左足を一歩踏み込み、ダガーを振り下ろそうとしている相手の右手首を右手で掴んだ。

そして、相手の右脇の下から左の裏拳を顔面に叩き込むと同時に、踏み込んだ左足で相手の右足を払う。男はつかまれた手首を中心に90度回転すると、後頭部から地面に叩き付けられた。

クランと男が争っている音に気づいたのか、奥の道からダガーを持った男が二人並んで現れる。サラを背中に庇い、クランは男達と対峙した。


「仲間にずいぶんな事をしてくれたな」

そう言いながら男達が間合いを詰め、クランに切りかかろうとした瞬間、クランが男達に向けて手を振った。


「ぐあっ」

「ぎゃっ」


二人の男の口から悲鳴が漏れる。

男達が目を押さえ、たたらを踏んだ瞬間、クランは向かって左の男に近づくと、顎に向けて張り手をするように右手を振り、当たった瞬間掌を上に返した。男の顔は90度近く横を向き、脳を揺らされ膝から崩れ落ちる。

残った男の視力が戻る前に、クランは左回し蹴りを男の顎に放ちこちらも昏倒させるのだった。


「大丈夫だった?」


クランは男たちに立ち上がる気配が無いのを確認すると、サラに声を掛ける。


「はい、大丈夫です」


サラは、心ここにあらずといった感じでクランに返事をした。


「そっか、じゃあ一緒に帰ろうか。でもその前に、この三人にちょっと話があるから、大通りで待っててくれるかな」


サラは頷くと小走りに走り去る。

クランはサラが居なくなったのを確認すると、倒れている男の顔を蹴り上げた。


「ごふっ」


男が口から血を流しながらクランを睨むと、クランは男の髪を掴み壁に叩きつける。

残りの二人の男も意識を取り戻したが、先ほどまで飄々としていたクランの替わりように、驚愕の表情を浮かべていた。

クランは男が気絶するまで暴行を加えると、残りの男達を見た。


「ひっ」


クランに睨まれた男は声にならない声を上げる。

そして、クランの目に込められた殺気と、全身から怒気を撒き散らす姿に恐怖した。


「助けて……」


腰を抜かして後退る男達に、クランは笑みを浮かべながら尋ねた。


「さっきの女の子が助けてと言ったら、お前らは助けたか? そんな事は無いよな。ならば仕方ないだろう? 祈れ、自分達のために」


「ひぃっ」


男たちは失禁しながら、自分たちに訪れる不幸に涙を流すのだった。


「今度、あの子の前に現れてみろ。死んだほうがましと思えるような目にあわせてやる」


クランは血塗れですでに意識も無く、体中傷の無いところはないと思えるほどの男達に、はき捨てるように言い残すとその場を後にする。


サラがクランを心配して待っていると、脇道からクランが走ってきた。


「ごめん、待たせちゃった?」


クランは息を切らせながら、遅れたことを謝る。


「あの、その…… さっきは有難うございました」


サラはクランに礼の言葉を口にしながら頭を下げた。


「いや、たいしたことしてないから気にしないで」


鼻の頭を掻きながらクランは言った。


「クランさんが来てくれなかったらどうなっていたか、この街に居られなくなっていたかもしれません。本当に有難うございました」


サラはクランに何度も頭を下げる。

クランは困ったように気にしないでと繰り返し、しばらく二人でそんなやり取りをしていると、周りに居る人達が好奇の目で見ているのに気付きあわてて歩き出す。

無言で歩いていた二人だったが、少しするとサラが口を開いた。


「クランさんは強いんですね。レナさんと稽古をしているのを見ると、いつもひどくやられていたので、さっきの男の人達にもひどい怪我をさせられるのかと思いました」


「いや、まあ、いつもやられてるけどね。でも、それはレナさんが異常なだけで、さっきの男達位だったら、よほどのことが無い限り怪我なんてしないと思うよ」


クランの言葉にサラはくすくす笑った。


「なんか、レナさんの事褒めてるように聞こえませんよ。異常って、レナさん聞いたら怒りませんか?」


「あ、いや、そういう意味じゃないんだけど。だって前の師匠なんて熊みたいだったし、ほめてるよ、ちゃんと、うん。」


「異常とか、熊って、クランさんけっこう酷いですね」


サラは笑みを浮かべる。


「いや、まあ、おかげで鍛えられて、サラさんも守れたし良かったよ」


「本当に有難うございました。今度なにかお礼をさせてください」


そう言ったサラにクランは答えた。


「お礼なんていいよ、今日はサラさんの笑った顔たくさん見られたし」


クランがサラの顔を見ながら言うと、サラは顔を赤くして目をそらす。


その夜、サラはクランの背中を思い出し、誰かに守ってもらった事に、本当に久しぶりに暖かい気持ちになるのだった。

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