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異世界での過ごし方  作者: 太郎
目覚め
16/130

14

翌朝。

クランは二人で旅をするのは危険だと考え、エリム村方面へ行く商隊を探すことにした。

途中までなら方向が一緒の商隊を見つけ同行を申し出ると、商人は人数が増えれば盗賊に狙われる危険も減ると考え、邪魔にならなければ、と二人の同行を承諾してくれた。

道中、クランは考え事をしているのかどこか上の空で、ユリは昨日のことが気にかかりクランに話しかけられないでいた。途中で商人たちと別れた二人は、どこか気まずい雰囲気のまま歩き続けた。


日も暮れだした頃にクラン達はエリム村に着いた。

クランはいつものようにユリと木陰亭で夕食を食べていると、おもむろに話を切り出す。


「冬の間は狩りも出来ないし、ルイザの街でレナさんに剣を教えてもらおうと思うんだ」


「え、ルイザの街に行くんですか……」


ユリはクランの突然の話に驚きを隠せなかった。

ここ半年ぐらい、クランはほぼ毎週エリム村に来て、ユリと食堂で話しをしたり、一緒に買い物をしたりしていた。クランに会うのを楽しみにしていたユリは、そんな生活が音を立てて崩れたような気がした。


「うん、春になれば狩りも出来るようになるし、それまで剣の練習をしようと思って」


「そっか、そうですよね。剣うまく使えるようになりたいんですもんね」


ルイザの街に行かないで、という言葉を飲み込んでユリは無理に笑顔を作る。

内心どうあれ、二人はルイザの街で生活するのに必要なものを話し合い、ピックアップしていくのだった。


木陰亭で一泊したクランは自宅に向けて旅立つ。

いつものように黙々と歩くと夕暮れ前には自宅に着いた。

久しぶりの自宅でぐっすり眠ったクランは、翌朝からさっそくルイザの街に旅立ために、三日かけて家の中の掃除をし、窓やドアには木の板を打ち付けて獣が入ってこられないようにした。


旅立ちの日。しばらく自宅を見た後、クランはルイザの街に向けて歩き出した。

腰には愛用の剣を吊るし、背中のバックパックには必要と思われる日用品を詰められるだけ詰め込んだ。

グレンに貰った貨幣はバックパックの底に隠し、真新しい旅装束に身を包む。

足取りは、これからの生活に期待し軽かった。




◆ ◆ ◆




薄暗い部屋で椅子に座っていた女に、グレックと呼ばれた男が報告をしていた。


「エリム村の先で対象を見失いました」


グレックの報告に女は眉をしかめた。


「お前らしくないな。何かあったのか?」


「いえ、いつものように尾行していました。相手に気取られた様子も無かったのですが…… 申し訳ありません」


「まあいい。街の入り口にいる者たちに対象の特徴を伝えろ。見かけ次第連絡するように厳命してな」


女は指示を与えると、グレックに退出するようにドアを指差した。

グレックが躊躇しているのを見ると、女が再び口を開く。


「まだ何かあるのか?」


「はい。……対象はレナと接点を持ったようです」


「レナとか……」


女はつぶやくと何か考え出した。

グレックは女の考えがまとまるまで待ち続けた。5分ほど経つと考えがまとまったのだろうか、女がグレックに言う。


「対象を発見次第、わたしが接触してみる」


「冒険者ギルドへの対応はいかがしますか?」


グレックの問いに女が答える。


「今はまだいい」


「対象との接触の際のサポートは?」


グレックの言葉に女は笑みを浮かべると言い放つ。


「わたしを誰だと思っている?」


グレックは慇懃に頭を下げると、部屋から退出するのだった。




◆ ◆ ◆




「クラン君、君は事前に連絡しようとか思わなかったのかい?」


レナは先ほど突然現れたクランが、「今日から野生の雌鹿亭で春までお世話になります」と言ったことに唖然としていた。

思案深い人物かと思っていたが、どうやら評価を改めなければならないようだ。


「すみません、ルイザの街に行くと決めたら、居ても立っても居られなくなりまして」


「まあいい、ようこそルイザの街に。それほど剣を習いたいのなら、いやというほどしごいてやる。楽しみにな」


苦笑を浮かべたレナの言葉に、クランは嬉しそうに頭を下げた。


「今日の夕食は、クラン君を歓迎して私がご馳走しよう」


クランはレナに礼を言い、その日の食事はご馳走になるのだった。




クランがルイザの街に着いた翌日、サラはいつも通り日の出とともに起き、宿の仕事着に着替えると髪をとかして廊下にでた。

このところすっかり寒くなってきたこともあり、自然と身震いをする。

覚悟を決めて氷のように冷たい水がめの水で顔を洗うと、毎朝の仕事である水汲みのため、街の共同井戸に行こうと桶を持って裏口に向かった。

外に出ると、普段はシーツなどを干すための場所で、クランが剣を振っていた。


「おはよう」


クランはサラに気づくと挨拶をした。

サラは小さく会釈すると、クランと顔を合わせるのが気恥ずかしいのか、小走りに井戸に向う。


「水汲みに行くの?」


クランは走り去ろうとするサラに声を掛けると、剣を腰にさした鞘に収める。


「はい」


立ち止まったサラが答えると、クランは彼女の持っていた桶を取り「手伝うよ」と、歩き出す。

サラは自分の仕事だからと遠慮したが、クランは半ば強引に手伝うのだった。

いつもサラが使っている小さめの桶から、途中で大きな桶に変えたこともあり、ずいぶん早い時間に水汲みは終わった。


「二人でやれば早いでしょ」


そう言いながら笑いかけるクランに、サラは恥ずかしそうに礼を言った。


水汲みを終えたクランは、朝食の時間まで再び剣を振り出す。

そんなクランを見つめる二人の人物がいた。

一人は宿の木戸を少し開け、素振りをしているクランを見つめるレナ。

もう一人は、クランは野生の雌鹿亭にいる、とグレックに報告を受けた女であった。

女は宿屋の影からレナとクランをしばらく見ていたが、宿の客が起き出す気配を感じるとその場を離れるのだった。


クランはレナと一緒に朝食を食べた後、彼女から冒険者ギルドに登録したほうが訓練場などを使用したり出来るため、なにかと便利だというアドバイスに従い、登録のため二人でギルドへ向かうことにした。


冒険者ギルドに着くと、レナは受付をしている女性に話しかける。


「新規の登録をお願いしたいのだがいいかな」


「あ、レナさん。お疲れ様です。新規のギルド員の登録ですね」


受付の女性はレナに気づくと目を輝かせる。


「クランといいます。よろしくお願いします」


「はい、私は冒険者ギルドの受付担当シェラです。手続きが終わるまでよろしくお願いします」


シェラは、クランにいくつかの質問 -名前や、今住んでいる場所、年齢など- をすると、羊皮紙に書き込んでいった。

本人に記入させようとしないのは、識字率が低く文字を書ける人が少ないので、受付時間短縮のため係員が代筆するのが慣例になっていたからだった。

記入が終わると、ギルドの簡単な説明を聞くことになる。

クランは事前にレナにだいたいの事は聞いていたため、特に質問することも無くシェラの言葉に相槌を打っていた。最後に登録手数料を支払い、手続きは終了となった。


クランの登録手続きが終わると、シェラはしきりにレナに話しかけていた。

レナがある程度シェラの話に付き合ったところで、二人で訓練場に行く。


「レナさんて、結構有名人なんですか?」


シェラがレナの受けた依頼の話をしきりに聞いたり、辺りにいた冒険者達がさりげなくレナを見ていたりしていたので、気になったクランは思い切ってレナに聞いてみる。


「いくつか依頼を受けているうちに、自然と今のように注目されるようになっていた。目立つつもりはないのだけれどね」


レナはどことなく迷惑そうに今の状況を話す。


「私はパーティーを組んだりするのが苦手でね。普段は一人で依頼を受けることが多いいんだ。それでミノタウロスやオーガの討伐なんかも一人で受けていたからね。女が一人で受ける依頼としては珍しかったんだろう」


そう言いながらレナは自嘲気味に笑う。


レナの話を聞いたクランは、グレンからミノタウロスなどのモンスターの話を聞いていたため、レナの冒険者としての実力に軽く引いていた。通常ミノタウロスクラスのモンスターの場合、それなりに経験を積んだ冒険者が5~6人のパーティーで挑むと聞いていたからだ。


「どんだけすごいんだよこの人」


クランは知らずつぶやいていた。


訓練場に着くとクランは前回使った木剣を選び、レナは両手に70cm位の木剣を持っていた。


「レナさんて、二刀流なんですか?」


クランはレナが二本の木剣を持っているのを見て驚いた。


「ああ、普段はたいまつを持ったりするんで、左手は空けるようにしているんだけど、せっかくだから今回は本気で相手をしようかと思ってね」


そう言いながらレナは双剣を構えた。

左足を相手に向け右足は引き気味に、右手に持った木剣は、相手の死角になるように下段に構え、左手に持った剣は正眼に構えた。


「じゃ、はじめようか」


レナが微笑みながら試合の開始を告げた。


30分後、ぼろ雑巾のように地面に抱きついているクランがいた。

クランが袈裟懸に鋭い斬撃を放てば、そのまま受けるのは危険と思ったレナは、右手に持った木剣で右に受け流しながら、クランの死角から左の木剣で胴を凪いだ。

クランが突きを放てば、レナは左にかわしながら右の木剣でクランの手首を下段から打ち上げた。

クランが守りを固めれば、左の木剣で大きく切りかかり、クランが受けようと剣を上げた所で、右の木剣でクランの足を打ち据える。

クランはレナの攻撃に何も出来ないまま打たれ続けた。

そんなクランを見ながら、レナは今朝のことを思い出していた。


レナが目を覚まし、木戸を開けたらクランが黙々と剣を振っていた。

それを見ていたレナは、綺麗だと思うと同時になぜだか分からないが尊さを感じた。

自分が三流だとういう評価にふて腐れず、自身に才能の無いことを認めながら、なお努力をし続ける姿を見て、いままで積み重ねてきただろう努力を想像したら自然と涙があふれてきた。

そして、今もクランがどうあがいても決して届かない相手に、諦めずに食らい付こうとする姿に、決して輝きを失わない目の力に、レナは憧れにも近い羨望を覚えるのだった。


レナはベンチに座りながら、倒れて動けないクランを見ていた。

そこに気配を殺して後ろから近づく影があった。


「なにか用? クリス」


振り返りもせずレナが声を掛ける。


「あれ、気付いてた?」


気配を消すのをやめた女が答えた。

女は、ダークブルーの髪を腰まで伸ばし、黒い瞳をしていた。

年齢はレナと同じく18歳位で、身長は160cmを少し超えている。

そして、スタイルの良さを強調するようなデザインの明るい服を身に着けていた。


「わざわざお前が来るなんて、どうせろくなことじゃないんだろう」


「そんな警戒しないでよ。ちょっと教えておきたいことがあって」


レナがクリスの顔を見た。


「あそこで寝てる坊や。どんな人間か知りたくない?」


クリスは、意地の悪い笑みを浮かべてレナの顔を見た。


「興味ないな」


レナは視線を外しながら答える。


「せっかく貴方のこと考えて忠告しに来てあげたのに」


「お前の絡んでいる話だ、どうせろくな話じゃないんだろ。それに、あいつは私の弟子だ。もし、お前がクランの害になるようだったら、その時は覚悟しろ」


「しかたないわね、今日のところはこれで失礼するわ。じゃ、またね」


クリスは肩をすくめると、クランが立ち上がる前に退散することにする。


「昔のあなたそっくりだもんね。守りたくもなるか……」


クリスは一人つぶやくと、グレックが待っているアジトに戻るのだった。


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