12
「ここまでお世話になりました。」
ルイザの街に到着したクラン達は商人達に別れを告げ、レナに再会の約束をした後、春の草原亭に向かった。
クラン達が宿に着き、グレンに貰った貨幣の入った皮袋から宿泊代を払おうとすると、銀貨を受け取った女将が不機嫌な表情を浮かべる。
「ちょっと、帝国貨なんて困るよ!」
なぜ女将の機嫌を損ねたか分からないクランに代わって、ユリが女将に慌てて謝罪をしながら代わりの代金を支払う。
その場をとりなしたユリが、部屋に向かいながらクランに説明する。
「今、グランデル公国とヘリオン帝国はいつ戦争が起きてもおかしくない状況です。グランデル公国と友好的な、レムリアース王国貨を使用しても問題は無いのですけれど、敵対国のヘリオン帝国貨を使われるのは嫌がる人が沢山います。なんで帝国貨を持っているか、衛兵に尋問を受ける事もありますから。それに帝国貨は品質の良くないものも多いいですし」
「ごめん、これから気を付けるよ。ところで帝国貨はどうやって見分けるの?」
ユリは苦笑しつつ、クランに貨幣に刻まれている紋章の説明をする。
部屋に着いたクランは荷物を降ろすと、早速グレンから貰った貨幣を確認する。
すると、その中に帝国貨がかなり含まれていたので、公国貨のみを自分の財布に移した。
その後、ユリに外出すると伝えて毛皮と干し肉を持って雑貨屋に向かうのだった。
「いつも悪いね。これが代金だよ。」
クランは何度か取引をしてすっかり顔なじみになった雑貨屋の主人から、毛皮と干し肉の代金を受け取とると、「また来るね」と主人に挨拶して店を出る。
今日の仕事を終えたクランが宿に向かってぶらぶら歩いていると、脇道から人が飛び出して来た。
クランは何とか避けようと身体を捻るが、避け切れずに相手とぶつかってしまう。
クランは倒れないように踏みとどまる事が出来たが、ぶつかった相手が堪え切れず倒れそうになるのを見ると、とっさに手を出し抱き抱える。
「ごめんなさい」
腕の中で聞こえた謝る声に視線を落とすと、そこには荷物を手に持ち、俯いたまま謝罪する少女がいた。
「怪我は無い? 大丈夫?」
クランは少女を抱きとめていた腕を緩めながら尋ねる。
「はい、大丈夫 痛っ!」
少女は気丈に答えようとするが、足を地面に着くと顔を歪めた。
クランより年下に見える少女は、緩やかにウェーブしたライトブルーの髪を背中まで伸ばし、濃い茶色の瞳を伏せ、少々小柄な体を更にちぢこまらせていた。
「ごめん、足を捻ったみたいだね。一人で歩ける?」
「はい、大丈夫です。ごめんなさい」
クランが心配して声を掛るが、少女は怯えてた様にクランに頭を下げると歩き出す。
「ちょっと待って!」
離れようとする少女の後ろから歩き方を見たクランは、彼女の足の状態が想像より悪いと感じると少女を呼び止める。
「なんでしょうか?」
少女は呼び止められた事にビクッとすると、恐る恐る振り返った。
「足痛いでしょ、荷物持つから貸して」
クランは少女に近づくと、半ば無理やり荷物を受け取り肩を貸す。
「僕はクラン、知らない人に触られるのは嫌かもしれないけれど、少しの間我慢して」
「いえ、大丈夫ですから。一人で帰れます。」
緊張した面持ちの少女の言葉に、クランは笑顔を浮かべながら言い聞かせる。
「これからもっと痛くなるから、だから早く帰ろ」
クランが少々強引に言うと、少女は諦めたのか小さく頷く。
「私はサラといいます。野生の雌鹿亭に帰る途中でした」
少女の言葉にクランは満足そうに頷くと、彼女に案内してもらいながら歩き出すのだった。
野生の雌鹿亭に着いたクランは、店の中までサラを連れて行く。
その宿は煉瓦作りの大きな建物で、一般的な宿屋と同じく、一階が酒場兼食堂、二階が宿泊用の部屋になっていた。
「サラ遅かったじゃないか。誰だその男は?」
宿に戻ったサラを、男が出迎える。
「申し訳ありません、旦那様。足を挫いてしまって、ここまで送っていただきました」
サラが主人と思われる男と話していると、後ろから声を掛けられた。
「あれ、クラン君じゃないか。どうしたんだい?」
クランが振り向くと、そこにはシックな服を着たレナが佇んでいた。
その後、レナが男とサラを取り成し、クランを食堂に誘う。
食堂には大きな煉瓦作りの暖炉があり、辺りには薪のはぜる音が聞こえていた。
「それでサラをここまで送ってきたのか」
クランから経緯を聞いたレナが、納得したように言う。
「はい、足かなり痛そうだったので」
「やさしいんだな君は。剣を持った時とすごい違いだ」
レナが目を細め、果物を搾ったジュースを飲みながらクランを見る。
恥ずかしそうにする彼を見て、レナの口元に自然と笑みが浮かぶ。
「そろそろ夕食の時間だがどうする? ここで食べていくか?」
レナに食事の誘いを受けたクランだったが、ユリが待っているからと丁重に断り席を立つ。
「じゃあまた来ます。今日はこれで失礼します」
そう言い残して立ち去るクランを見送った後、レナは夕食の注文をするのだった。
「遅いです」
その頃、木陰亭の食堂では、頬を膨らませたユリがクランを待っていた。
◆ ◆ ◆
薄暗い部屋で女が机につき書類を見ていた。
「対象らしき人物を発見しました」
部屋に入ってきた男が女に話しかける。
「根拠は?」
女は顔を上げ男を見た。
「はい、その男は黒髪で剣の腕は一流。そして、剣の手合わせをしているのを見られている事に気付くと、それを隠すように手加減をしました。何より、かなりの量の公国貨を持っています。」
そう言いながら男は報告書を女に渡す。
「確認したのは誰だ?」
女が渡された報告書を見ながら言葉短く問う。
「アデルです」
男が答えると、女は言葉少なく告げる。
「グレック、お前はその男を監視しろ。その人物が対象に間違いなければ、わたしが斬る」
女はグレックに命令すると、報告書の内容を再度確認するのだった。