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グレンとカルラが旅立ち一週間がたった。
一人暮らしに慣れてきたクランは、約束通りユリとルイザの街に行くため、エリム村に訪れる商隊に同行を頼もうと考えていた。
二人旅だと盗賊に襲われる可能性が高くなるので、少しでも危険を回避するためだ。
丁度、ユリと顔見知りの商人が木陰亭に宿泊する予定が有ると聞いたクランは、ルイザの街までの同行を打診すると、すんなり了解を得ることが出来た。
商隊の予定に合わせてエリム村にクランが向かうと、馬車二台に商人が一人ずつ乗り、護衛が四人、ユリと一緒にクランを待っていた。
そこで商人に簡単な挨拶を済ませ、クラン達はエリム村を後にした。
ルイザの街に向かって歩いていると、商隊の右側を歩くクラン達に護衛の女性が声を掛けてきた。
「私はレナという。見ての通り商隊の護衛に雇われた冒険者だ。ルイザの街まで短い間だがよろしく頼む」
レナと名乗った女性は黄金色の髪を背中まで伸ばし、意志の強そうな栗色の瞳、旅での生活が長いのか肌は小麦色に焼けていた。
年齢は18歳位で、身長は170cm近くあるだろうか、所々金属で補強してある革鎧を身に着け、腰には剣身70cm位の、普通より細めのショートソードを帯剣していた。
剣を持って戦うこともあるだろうが、それほど筋肉質ではなく、美人だが己を厳しく律しているような雰囲気をクランは感じた。
「先頭を歩いているのがアデル、商隊の左側を歩いているのがフィリップ、最後尾を歩いているのがゴードンだ」
続けてレナが他の護衛の名をクラン達に教える。
辺りを見回しながら先頭を歩くアデルは金髪碧眼で、肩に弓を掛け腰には短めのショートソードを帯剣し、動きやすさを重視した革鎧を身につけていた。
フィリップは茶髪に茶色の瞳で、レナと同じように金属で補強された革鎧を身にまとい、剣身80cm位の剣を腰に吊るしていた。
最後尾を歩くゴードンは、金髪黒目で背中にツーハンデッドソードを背負い、チェインメイルを着込んでいた。重量の有る装備を使用しているだけあって、長身でかなり筋肉質な体をしている。
「はじめまして、クランです」
「こんにちは、ユリといいます。ルイザの街までよろしくお願いします」
全員の名前を聞いたクランとユリが自己紹介すると、クランが剣を身に着けている事もありレナは二人を値踏みする。
男の子の方は、背中に重そうな荷物を背負っているので力は有るのだろう。
腰に吊るしている剣は、かなり古そうなうえ、扱いの難しいバスタードソードという事もあり、どこかで見つけたものを用心のため帯剣しているのだろうと考える。
一方の女の子の方は、どこにでもいるやさしそうな村娘に見えた。
「ああ、短い間だが町までよろしくな」
レナは二人に簡単な挨拶を済ませ、自分の持ち場に戻る事にした。
太陽がかなり高くなってきたため、一行が昼食を取ろうとすると、同行させてもらっているユリが先頭に立って昼食の準備を始める。
その傍らでレナとゴードンが竈を作り、残りの者は枝などを集めていた。
この日の昼食は、軽くあぶったパンと、干し肉とハーブで作ったスープ、そしてデザートに林檎という献立となった。
「久しぶりにおいしい昼食を食べられた。ありがとう」
食事を終えたレナの礼の言葉に、お口に合ってよかったとユリが微笑む。
「クラン君。お腹もこなれたし、剣の手合わせをしないか?」
レナは昼食のお相伴にあずかった礼のつもりで、剣の手合わせをクランに申し込んだ。
なぜなら、クランぐらいの年齢だと血気にはやる事が多く、盗賊や魔物に襲われた時などは自分の力量を考えず戦おうとする。
だが、中途半端な腕で戦おうとするよりも、先ずは逃走したほうが生き残れる可能性は高い。
レナはクランに自分の力量を認識してもらい、危険なときは逃げるという選択肢があることを知ってもらえたらと思い声を掛けた。
「ぜひお願いします」
現役の冒険者と手合せするなんて、こんな機会は滅多にないとクランは頭を下げる。
真剣だと危険なため、二人は手ごろな木の棒を見つけると5メートル程離れて向き合った。
レナは右手で棒を持ち、左手は普段松明や手綱を使うためか手を空けていた。
クランの方は、何時も通り両手で棒を持ち正眼に構える。
レナがいつ始めてもいいとばかりにクランの目を見ると、クランは一度目を瞑り気持ちを切り替えると目を開く。
その瞬間、レナが感じていたやさしそうな少年の気配は消え、代わりに凄まじい怒気が辺りを支配した。
レナがクランの変わり様にひるんだ瞬間、クランは疾風のように間合いを詰め袈裟懸けに切りかかる。
クランのあまりの踏み込みの速さに戦慄を覚えながらも、レナは棒を寝かせ紙一重の差で相手の攻撃を受ける。
しかし、クランの斬撃の衝撃に危うく持っていた棒を落としかける。
もしこれが真剣だったら、相手の攻撃を受けきれず体を切り裂かれていたかもしれないと、レナは恐怖を覚える。
そして、クランが続けて胴をなぐ攻撃に移ろうとすると、間に合わないかもしれないと思いながらも、レナは棒を立て受けようとする。
だが、そんなレナの考えとは裏腹に、先ほどの斬撃とは比較にならないほどのお粗末な攻撃を受けることになった。
その後、最初の斬撃の鋭さが消えたクランの攻撃を、いぶかしみながら数合受けると隙を見てクランの胴を薙ぐ。
「やっぱり強いですね」
打たれた箇所を押さえながら、クランは頭をかいた。
レナはクランを見ながら、最初のすさまじい攻撃と、その後の打ち込みの未熟さとのギャップに戸惑っていた。
「いやー、僕の剣は三流半って言われてましたからね。特に最初の踏み込んでの袈裟懸けは、分かりやすいから使うなって注意されてましたし」
昼の休憩時間が終わり、ルイザの街に向かって歩きながらクランはレナと話していた。
最初の斬撃だけは一流、その後は三流と評価していたレナは、クランの師匠の言葉に、どんだけ厳しいんだお前の師匠は! と柄にもなく心の中でつっこんでいた。
要約すると、クランの師匠は超一流でレナは一流、その差がクランの評価の差になったのだろう。
「まあ、確かにわかりやすい攻撃ではあったな。ただ、踏み込みの速さと、最初の斬撃はたいしたものだよ」
思ってもみなかったレナの高評価に、クランは嬉しさを隠そうともせずレナに問いかける。
「レナさんは、いつも護衛の仕事をしているんですか?」
「いや、今回はルイザの街の冒険者ギルドに顔を出したら、護衛の仕事があったから受けただけだよ」
「普段はルイザの街にいるんですか?」
「ああ、そうだな」
レナが答えると、クランはレナの目を見ながら口を開く。
「僕に剣を教えてくれませんか?」
突然のことにレナは一瞬言葉を詰まらせ、気を取り直してクランに聞いた。
「クラン君には、私に頼まなくても剣を教えてくれる人がいるだろう?」
「いえ、先週旅に出ると言ってこの地を離れてしまったので……」
クランの答えに、レナはしばらく考えて尋ねる。
「なんで私に剣を教わりたいと思ったんだい?」
「今まで僕に教えてくれていた人は、体格もよく、力もありました。その人に敵わないのは仕方が無いって思ってたんです。でも、レナさんと手合わせをして分かったんです。僕には無いものがあり、レナさんはそれを持っていたから僕は負けたんだって。だからレナさんに剣を教えてもらいたいと思ったんです。お願いです、僕に剣を教えてください。僕は強くなりたいんです」
そう言ってクランはレナの目を見た。
自分を見つめる目に強い意志を感じたレナは少し考えた後、クランに答える。
「私が街にいる時はクラン君に剣を教えてもいい。野生の雌鹿亭というところに世話になっているから、いつでも尋ねて来なさい」
クランはレナに何度も頭を下げて礼を言うのだった。