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木の陰でやきもきしていたレナを呼びアリスに紹介すると、食事の準備をしている間にアリスの普段食べている物を見せてもらった。
「これ」
家に取りに帰ったアリスが手に掴んだものを見せる。
「ガチガチね。あなた食べ物はどうやって手に入れるの?」
すっかり干からびたパンを見て、さすがのクリスも「きっと美味しくないわね」と鼻白む。
「村人からもらう」
「そう。じゃあ、その時に薬も渡すの?」
調理をしているクランの手元を見ながらアリスが頷く。
「他に何か貰ったりするの?」
今度は首を振る。
「出来ました」
会話がひと段落したところでクランが料理を配る。
「干し肉の紅茶煮です。お湯で煮るよりいいかと思いまして」
レナが料理に鼻を近づける。
「いい香りだね」
隣ではすでに口に運んでいたクリスがまあまあねと言いながら、焚火であぶった保存食のパンに手を伸ばす。
「アリスさんもどうぞ」
クランに進められたアリスは、躊躇らしいそぶりを見せた後小さな口に運ぶ。
「いつもと違う味がする」
「それはそうだよ。クランは料理が上手いからね」
レナは軽くあぶった保存食のパンを差し出す。
決して美味しい物ではないが、アリスの持ってきた堅いパンよりは良いだろう。
アリスは差し出されたパンをちぎって食べる。
「私の食べてたパンと違う」
「美味しいですか?」
クランが聞くとアリスは首を傾げる。
「美味しい?」
「次食べるとしたら、どっちのパンがいいですか?」
アリスは保存食のパンを指さす。
「だけど、最初に食べた物の方が良い」
自分の作った料理が良いと言われたクランも悪い気がしない。
「今日は保存食だからそれなりですけど、ちゃんとした材料があればもっと美味しいものが作れます」
少なくても、アリスさんが普段食べているパンよりは、と付け加える。
アリスはクランの説明に頷くと、パンと干し肉の紅茶煮の乗った器を置き手を引っ込めた。
ガチガチのパンよりましだけど、そもそも美味しくないのかなとクランが不安に思うと、クリスがアリスに話しかける。
「もう食べないの?」
「毎回パン一つ食べるように言われている」
クリスは、何で? と不思議そうにするが、料理が不味い事が原因ではなさそうだと、クランはほっとしながらアリスに話しかける。
「もしかして、お母さんに言われたんですか?」
「そう」
「出て行ってからかなり経ってるんですよね。だったらパン一つではカロリーが足りないですよ」
「何?」
言葉少ない問いに、クランは何の事について疑問を投げかけられたか一瞬わからなかった。
「あっ、カロリーですか? 一日に活動するのに必要なエネルギーです。体を動かすのにも使いますけど、魔法を使う時にも使うんじゃないかなー?」
「魔力以外に使うもの? 知らない」
「生きるために必要なものですからね。他にも必要な栄養素がありますけど」
理解しようとするアリスだったが、すでにクランの発言を流すことに決めているクリスがパンをかじりながらしゃべる。
「クランさんの言った事は置いておいて、村人に薬を渡す時にもっと美味しい物を持ってくるように頼んだらどう? 食事は大事よ」
クリスは、カチカチのパンを文句も言わずに食べ続けていたであろうアリスにお節介を焼く。
隣ではなぜかレナが笑っていた。
「どう言えばいいかわからない」
「だったらわたし達と一緒に来る? 今日よりは美味しい物食べさせてあげるわよ」
冗談めかしてクリスが言う。
「薬を作って渡さないといけない」
「沢山作っておけばいいんじゃない? 勝手に持っていくでしょ」
クリスが適当に言った事にアリスが感心する。
「いい考え」
「えっ そんなので平気なの?」
「わからない。母には鍋一杯に薬を作って渡すように言われただけ」
「じゃあ、本当にわたし達と一緒に来る? 人に向けて魔法を使う事になるけど」
「ゴブリンにも使った。問題ない。私の知らない事と食べ物。それと……」
アリスはクランを見る。
「あれを聞かせてほしい」
リュートを指さす。
「これですか? 僕はいいですけど…… ここを離れていいんですか?」
「問題ない。どこかに行くなとは言われてない。薬を作って渡せと言われただけ」
「そうですか」
クランがクリスに意見を求めると
「じゃあ、みんなに紹介しないとね」
(何でこうなったのかよくわからないけど、けっこうな魔法も使えるし良いか。一応の目的だった戦力の増強もできるしね)
クリスは目の前でクランに進められて残りの食事に手を付けるアリスを見る。
「一緒に村に戻ってユリさん達に紹介って訳にもいかないわよね?」
「私達がこの子を連れて戻ったら騒ぎになるだろうな」
まあそうよね、とレナに頷く。
「だったら、明日みんなで来るしかないわね。薬を作る手伝いが出来るかもしれないし」
アリスが食事を終えたところで、明日また来ると告げて宿に戻った。