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異世界での過ごし方  作者: 太郎
魔女
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「……反応ないですね」


決死の思いで“魔女”の家の扉をノックしたが、侵入者除けの魔法が発動する事はなかったが、中から誰か現れる事もなかった。

この家にローブを着た人物が入るのは確かに見たから、誰も居ないはずは無い。

別の出入り口から出たかとも思ったが、扉がついているのはここだけだった。


「もう一度ノックするわよ」


クリスは声に出した後、再度扉を叩く。


「……」


「地下でもあるのかしら? クランさんわかる?」


ずっと緊張状態を保っていたクリスが、つかれたようにつぶやく。

だが、聞かれたクランだって地下室があるなんてわかるはずもない。

辺りを見回すと、地面を掘ったときに出る残土は見当たらないが、魔法を使った場合に残土が出るかなどわからない。


「残念ですが」


「そう」


返事をするとクリスはすでに何度目かのノックをする。

だんだん苛立ちからか、知らずに扉を叩く音が大きくなる。

“魔女”への警戒より苛立ちが勝りそうになった頃、クランがクリスの手を握る。


「ちょっとクランさん。急にどうしたのよ」


「来ました」


抗議の声を上げようとしたクリスだが、クランの言葉に唾を飲み扉を見る。

すると、ゆっくりと開けられた扉の向こうに、先ほど見たローブを頭からかぶった人物がいた。


「少しお話ししたいのだけれどいいかしら?」


クリスが話しかけるが、深く被ったローブのフードで顔が隠れ表情は分からない。


「……」


クリスの事を観察しているのだろうか、彼女に答えるでもなくただその場に立っている。


「急に来て申し訳な 」


クリスが再度口を開くと、言葉の途中で扉が閉められた。


「……どういう事?」


思わずジト目でクランを見る。


「いきなり魔法を使われなかったのはいいですけど、興味は引けなかったみたいですね」


「一言もしゃべらないのにどうやって興味を引くのよ?」


だが、このままダメでしたと戻るわけにもいかないクリスは、何度かノックを繰り返した。




「って感じだったわ」


宿に戻ったクラン達は、丁度戻ってきたグレックと宿に残ったユリとイヴに“魔女”の家であった事を説明する。


「対象と接触はできたのですね」


グレッグの問いにクリスが肩をすくめる。


「話す意思がないのか会話はできなかったし、一度ドアを開けてから、二度と出てこなかったがな」


「なるほど……」


「クランさん。あなたの国で家の中に閉じこもった人を出すいい方法ない?」


「そんな都合のいい方法有るわけ…… あっ! 洞窟に閉じこもった神様に出てきてもらう話ならありますね」


「面白いわね。どうやって洞窟から出したの?」


「これです」


クランは愛用のリュートを叩いた。




翌日、クランとクリス、そしてレナは“魔女”の住むとおぼしき家を木の陰からうかがっていた。


「さて、クランさんの腕の見せ所ね」


「だが、こんな方法で本当に大丈夫か?」


レナが疑わしい目でクリスを見る。


「あら、クランさんの故郷で上手くいった事を疑うの?」


クリスとて十分な勝算があるとは思っていないのだろうが、やってみなければわからないといった所だろう。


「失敗した所で今と変わらないので、試してみます」


「失敗の対価はクランさんの命かもしれないけどね」


クリスが口元を押さえて笑う。


「やめて下さいよ。それに、一度あの人を見た時に受けた感じだと、興味くらいは引けるかと思います」


「へ~、どんな感じを受けたの?」


「達観してるっていうか、感情が乏しいっていうか、うまく説明しづらいんですけど」


「まあ、何でもいいわ。うるさいって殺されないようにね」


クリスが手をヒラヒラ振る。


「まさか一人で行けって事じゃないですよね?」


「わたしは巻き添えになりたくないから」


「……中から“魔女”が出てきたらどうするんですか?」


「あなたが攻撃されなかったら話に行くわよ。それまでレナとだべってるから。クランさんが気を利かせて持ってきた紅茶を飲みながらね」


クリスはクランが内緒で持ってきた紅茶を受け取ろうと手を出すと、彼に手首を掴まれた。


「なんで僕が紅茶を持ってる事を知ってるんですか…… とにかく行きますよ。悪いんですが、レナさんは隠れて見てて下さい」


クランはクリスの手を掴んだまま歩き出す。


「ちょっと、そんなに強く握らないでよ」


「逃げられたら大変なんで」


「逃げないわよ」


二人で言い合いながら“魔女”の家の入り口から少し離れた場所に陣取る。

クランが背負ったリュートを構え地面に腰を下ろすと、クリスもやれやれといった様子で隣に座る。

クランは小さく息を吐きだすと、リュートを爪弾き出す。


最初、この世界では聞きなれない激しいメロディーに落ち着かないクリスだったが、徐々にスローな曲になるにつれ、曲に聞き入るようになる。


(へ~、聞きなれない曲だけど、まあまあね)


クランからは見えなかったが、レナもクリスと同じようにリラックスしながら演奏を楽しんでした。


「食事にしましょうか?」


「……えっ そうね。結構時間たってたのかしら?」


クランに声を掛けられると、クリスは我に返る。


「二十曲くらい弾いたと思うので、二時間くらいですかね」


バックパックから保存食を出しながらクランが答える。


「火を起こしましょうか?」


「それは暗くなってからお願いできますか?」


「別にいいけど…… じゃあ、昼食はこのまま食べるのね」


クリスは保存食を指さす。


「すみません。紅茶もその時に淹れます」


「……わかったわ」


保存食の包みを開けながら、ふとクリスは思う。

昔はどんな食事でも美味しく食べられた。

その後、いろいろあって食事を楽しむような心の余裕はなくなっていった。

だが、最近ではまた昔の様に食事を楽しめるようになっていた。

決してあの時の誓いを忘れた訳ではないのだが。


(クランさん達といると、なんか力が抜けるのよね)


今日はクランの演奏を、任務を一瞬忘れて聞き入っていた。

本当に久しぶりに自分を縛り付けていた枷の事を忘れていた。

レナもそうかもしれない。

クリスは木の陰に視線を向ける。

自分がほんの少し感傷的になっていたと、クリスは気を取り直して保存食の始末に取り掛かった。

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