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異世界での過ごし方  作者: 太郎
魔女
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丑三つ時をとうに過ぎた頃、ベッドで寝ていたユリがゆっくりと目を開く。

ゴブリン達から逃げ回った疲れからか、そのままぼんやりと天井を見つめる。

ふと彼女が横に視線を向けると、椅子に座りながら船を漕ぐイヴが視界に入った。

しばらくイヴを見ていたユリだったが、意識がはっきりするにつれ、すでに昨日の事となった逃走劇を思い出す。

カールと一緒に森を出て、途中で気を失った所までしか覚えていなかったが、今自分がベッドに横になり、なおかつ側らにイヴがいる事から、なんとか村まで辿り着けたのだろう。

自分が無事なのだから、きっとカールも無事なはずだと安堵するユリだったが、唐突にあの感覚を思い出し、ベッドから上体を起しこみ上げる嘔吐感から耐えるように、口元に手を当てる。

しばらくそうしていたユリだったが、一向に治まる様子の無い不快感に、外の空気を吸おうとベッドから降りて、簡単な身支度を整える。

自分の様子を心配して傍にいてくれただろうイヴを起さぬよう、そっと毛織物を彼女の肩にかけると、音を立て無い様に部屋を後にした。




宿の外に出たユリは、雲の間から薄らと照らす月明かりの中、ゆっくりと深呼吸をする。

だが、彼女の胸にオリの様にこびり付いた感覚を流し去ることは出来なかった。

しばらく佇んでいたユリだったが、ふと思い付いた様に宿の裏に回る。

そこには、彼女がもしかしたらいるかもしれないと、いて欲しいと願った人物が一心不乱に剣を振り下ろしていた。

彼の姿を見たユリは、それまで自分にまとわり付いていた物がふと軽くなったように感じる。

クランの声を聞きたい、だけど訓練の邪魔をするのは気が引ける、そんな間でユリが葛藤していると、大きく深呼吸したクランと視線が絡み合う。

先程まで何と声を掛けようと考えていた事など、記憶の彼方まで吹き飛んだユリが言葉を口に出来ずに彼を見ていると、真剣な表情を浮かべていたクランが、それまで纏っていた緊張感を解き彼女に話しかける。


「気が付いたんだ! どこか体におかしい所は無い!?」


「心配お掛けして申し訳ありません。もう平気です」


クランの優しい声に、ユリはなぜか泣き出したくなるのをぐっとこらえる。

だが、心配掛けまいとする彼女の気持とは裏腹に、クランはユリに不安定なものを感じていた。


「良かった! 皆心配してたから」


「カールさんは無事でしたか?」


「うん。小さな傷は有ったけど、大きな傷はなかったよ」


「よかった……」


ユリの安堵を合図に、ユリとクランとの間に沈黙が訪れる。

二人の間に訪れた不自然な間に、ユリは何か話そうとするが、口から言葉が紡がれる事は無い。

徐にクランは、宿で使うであろう詰まれた薪の上に腰を降ろすと、ユリに隣に座るように身振りで促す。

クランが隣に座ったユリの顔色を覗うと、彼女の言葉とは裏腹に、とても大丈夫というようには見えなかった。


「カールさんも心配してたよ。本当に良かった」


ユリの無事を、繰り返し口にして喜ぶクラン。

彼の姿に、いつもなら嬉しさで胸がいっぱいになるはずのユリだったが、今の彼女の胸には暗澹たる思いが巣くっていた。

それは、カールと一緒にゴブリン達から逃れるためにやむなく願った神聖魔法、『奪命』による物だった。

その神聖魔法は、対象の生命力を奪い自分の物にする、ネイの神官しか使えず、まさに暗黒神官を表す魔法だった。

ゴブリンリーダーから生命力を奪った時に流れ込んできた、生き物の鼓動を感じさせる感覚。

普通の暗黒神官であれば、良くて対象の生命力の二割弱。最高司祭であっても半分程度の生命力を奪うのが限界だが、“ファムの聖女”が瞠目したユリが使った神聖魔法は、ゴブリンリーダーの生命力を根こそぎ奪い去った。

その一方的に命を搾取する行為に、ユリは自分自身の存在を許せぬほどの嫌悪を抱いた。

例え、それがあの時カールと共に、生き残る唯一の手段であったとしてもだ。

それが、途中で意識を失わせ、更には今感じている不快感を作り出す原因となっていた。


「……クランさんは、命を奪う事が怖くなったりしないんですか?」


重い空気を纏っていたユリの、突然の問いにクランは彼女を見る。

普段は相手の顔を真っ直ぐ見ながら話すユリだったが、戦士の存在に疑問を投げかけるとも思える様な暴言からか、地面を見つめたまま返事を待つ。

彼女の質問の意図は分からなかったが、ユリの思い詰めた声色に、彼女のただならぬ様子の一因があると考えたクランは、自分の心を覗き込んだ後、ゆっくり答える。


「怖いよ。自分の手で奪うにしろ、間接的に奪うにしろ、生き物の命を奪う事は」


クランの言葉に驚くユリ。

彼女の中では、彼は強い心を持つ人だと思っていたからだ。

剣の修練のために見知らぬ街に住み、冒険者としての道を選んだ。

レナ達から聞いた話だと、ワイバーンに一人で挑み、ヘリオン帝国の謀略にも立ち向かった。

その中で重症を負い、自らの命を落としそうになっても変わらぬ姿で立つ。

きっと鋼の心を持っている。

そう思っていた。

だからこそ、自分の発した問いなど一笑に付すだろうと、そんな弱い心でどうするんだと叱責されると思っていた。

彼にそう言われれば、歯を食いしばって耐えようと、弱い自分を戒めようと思っていた。

だが、彼の答えは違っていた。

思わず地面に向けていた視線をクランに向けるユリ。


「だから、奪った命のためにも、立ち止まらないように、前に進もうと思っているんだ。人は他の命を奪わなければ生きていけないから。だから、せめてそれらを無駄にしない様にしないと」


それは、ファムの教義にも通じる言葉だった。

ファムは無益な争いを否定している。

だが、ただ奪われる事を良しとしている訳ではない。

生きて行く上でやむなく争う事もある。

それは自然の摂理でもあるからだ。

だからこそ、クランは先程の言葉を口に出来たのだろう。


「やっぱりクランさんは強いですね」


自らの弱さを認めながら、それでもしっかり向き合い進もうとするクラン。

彼の言葉で何とか自らを奮い立たせようと考えたユリは、自分の事を恥じる。

だが、クランは首を振る。


「実際はぼろぼろだけどね。クリスさんにはいつも怒られてるし、ユリさんには助けてもらわなければ死んでたし。一人で出来る事なんか限られてるし」


「私も強くなりたい」


思わず口から出た願いに、クランが答える。


「ユリさんは、僕なんかよりよほどしっかりしているよ。でも、もし何か有ったら遠慮なく言って。僕に出来る事だったら何でもするから。何か辛い事や、困った事があったら話して。聞くことしか出来ない時もあるかもしれないけど、それだけでも楽になることは有るから」


「はい」


答えたユリの表情は、ほんの少しだが笑みが浮かんでいた。

クランも彼女の表情を見て安心したように微笑むと、立ち上がり剣を振るい出す。

いつもの様に。

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