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傭兵団に戻るという二人との別れの日が迫るにつれ、食卓での雰囲気も徐々に沈んだものになっていた。
今まで教えてもらった事や、この地で生活する上で注意する事などを話しているうちに僅かな時間はあっという間に過ぎる。
それでも三人は、表面上今までと同じ生活をしようと務めて明るく振舞っていた。
その日、夕方に狩りから戻ったクランはいつもの様に剣の素振りを始めた。
少しするとカルラが家から出て来て、近くの切り株に腰掛けクランの修練をじっと見つめる。
30分ほどしたところでクランが剣を鞘に収め息を整えていると、カルラがタオルを差し出す。
「おつかれさま、今日の修練は終わりですか?」
カルラからタオルを受け取りクランが汗を拭いていると、「だったら、鬼ごっこしませんか?」笑顔でカルラが言った。
珍しく強引に話を進めるカルラに、クランは裏の森で鬼ごっこをやることにする。
時間は日没までで、あまり奥まで行かない事を決めると、カルラに笑顔で「クランさんが鬼ね」と言われ、当然言い返せるわけも無くなし崩し的にクランが鬼になった。
弾むような足取りで森に駆け込んだカルラの足跡を見つけて辿るが、クランは途中で不覚にもそれを見失ってしまった。
「おかしいなー」
最近では狩人としての力量に自信を持ち始めたクランは、自分がカルラの痕跡を見つけられない事に首を傾げながら森の中を探索する。
5分ほど地面を注意深く見ながら歩いていたクランだったが、ふと見られている様な感覚を覚え辺りを見回す。
わずかな気配を手繰り頭上を見上げると、木の枝に座っていたカルラと目が合った。
彼女は見つかった事に少し驚いた表情をした後、するすると木から下りる。
「見つかると思わなかったです」
彼女の登っていた木は、常緑樹だったため人が登っていても見つける事は難しかっただろう。
カルラは素直にクランに賛辞を贈る。
「カルラが木登りするなんて思わなかったよ」
いままでお淑やかな女性だと思っていたカルラからは想像できなかった隠れ場所に、クランが驚いていると「私だって木登りぐらいできます」と彼女は笑って答える。
「今度はカルラが鬼だね」
クランの鬼ごっこを続ける言葉にカルラが頷くと、クランは走り出す。
だが、カルラは日没までクランを探したが、結局見つけることができなかった。
「あんなにむきになって隠れなくてもいいじゃないですか」
まるで獲物を狙う時のように気配を消し去り、周囲に溶け込んでいた大人げないクランの行動に、カルラは口を尖らせながら歩く。
すけっり拗ねてしまった彼女の機嫌を取ろうとクランが四苦八苦していると、カルラは突然笑い出す。
「ごめんなさい、クランさん可笑しくって。でもとっても楽しかった」
心の底から楽しそうに笑っているカルラに、今日という日を送れたクランも一緒に笑す。
「急に鬼ごっこだなんて、びっくしたよ。カルラも子供みたいなことするんだね」
「そうですね。兄弟と鬼ごっこをやってみたかったのかもしれません」
カルラはそっとクランの手を繋ぐ。
クランはちょっとびっくりした後、真っ赤な顔をしながら手を握り返した。
ついに別れの日が訪れ、家の外でクランとグレン達は向き合っていた。
「今までありがとうございました」
クランは今までの感謝の気持ちを込めて頭を下る。
「私もあなたと一緒に生活できて楽しかったです、今日までの日々は決して忘れません」
カルラはクランとの別れに涙を浮かべつつも、無理矢理に笑顔を浮かべていた。
「これから生きていく上で困ったことがあったら使え」
グレンはクランに貨幣の入った皮袋を差し出すが、家も好きに使っていいと言われていたクランがお金まで貰えないと遠慮すると、カルラに「ほんの気持ちですから、それに私達家族ですよ」と諭され有難く受け取った。
「俺達は戦のある場所に行く。お前がここで生活を送っている限りもう会うことも無いだろう。達者でな」
そう言い残すと、二人は旅立つのだった。
◆ ◆ ◆
貴族の執務室だろうか、重厚な机が置かれた部屋に三人の男がいる。
盗聴を警戒してか、窓は一つもなく蝋燭の光のみが室内を照らしていた。
「87号はまだ見つからないのだな」
この部屋の主だろうか、一つだけある椅子に腰掛け不機嫌そうな声を出した。
「申し訳ありません。いまだに発見できていません」
小太りな男が青い顔をしながら額の汗を拭う。
主と思われる人物は小さく鼻を鳴らすと、男に出て行くように指示した。
「始末しますか?」
後ろに控えていた人物が感情のこもらない声で言うと、手元の資料に目を落としながら答える。
「今回の件が片付いたら処理しろ、無能な豚は不要だ」
自室に戻った小太りな男は急いで部下を呼びつける。
「御用でしょうか」
やって来た部下にヒステリックにわめき散らす。
「逃げ出した実験体はまだ見つからないのか!」
「申し訳ございません。全力を上げて捜索しているのですが、なにぶん……ぐぅっ!」
男は報告している部下を殴りつけた。
「早くしろ、このままでは私は破滅だ」
男は自分の震える手を見ながらつぶやいた。




