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ロッテとハンナ、そしてユリ。
三人の間に流れていた、先程までの和気藹々とした空気が気まずい物へと移りだす。
「ユリ、あの……」
ロッテが口を開こうとすると、ユリは小さく頭を振り立ち上がる。
「今度は何色かのお花を使って首飾りを作りましょう」
「あ……」
気まずくなりかけた話題をユリが変える。
もしかしたら、‘魔女’の事を聞くために自分達に話しかけたのでは? と一瞬でも考えたロッテは思わずユリから視線を逸らす。
「さあ、お花を摘みに行きましょう」
そう言いながら、二人に手を差し出すユリ。
「・・・・・・いいの?」
逸らした視線を戻したロッテにユリが言う。
「誰にだって言いたくない事はあります。私だったら、友達が言いたくない事を聞きたいとは思いません」
「ごめ……」
ユリはなにか言いかけるロッテとハンナの手を握り立たせる。
「行こう、ロッテ、ハンナ」
二人に気を使わせないように努めて明るく振舞うユリ。
彼女の思慮により、花を摘み首飾りを作り出す頃には皆の顔に笑顔が戻る事になった。
「見て! 良く出来たでしょ」
三人の中で、最初に首飾りを完成させたロッテが誇らしげに掲げる
いくつもの異なる花達が、それぞれに自己を主張して賑やかに彩る。
次に作り上げたユリは、色合いの微妙に異なる花を使い、見事にグラデーションさせ、最後に完成させたハンナは、白い花をベースに、青い花をワンポイントとして使っていた。
皆がそれぞれの花飾りを賞賛していると、ロッテが徐に話し出す。
「今日ユリに会えて良かった。じゃなきゃこんなに綺麗な花飾り作れなかったもん」
「そんな事ないよ。ちょっとコツを覚えれば直ぐ上手くなったよ」
最初こそ二人に気を使っていたユリだったが、相手が年下と言う事もあり、徐々に家族に接するような砕けた話し方になっていた。
それは、クランや仲間達はいるが、多くの死を目にし、血生臭い戦場を潜り抜けてきたユリにとって、黒骸騎士団の襲撃により、両親や友達を失ったユリにとって、久しぶりの心休まる時間だった。
浮かべる笑顔もまた、歳相応の無邪気なものへと、本人も気付かずうちに変わっていた。
「でも、言い付けを守らなかったからって、ママが二週間も家から出してくれなかったんだよ。その間に花も小さな物しかなくなってたし、こんなに上手く出来なかったよ」
ロッテの告白にちょっと驚くユリ。
「二週間も家から出してくれないなんて何やったの?」
自分の家だったら、どんな悪い事をしたらそうなっただろうと考えるユリ。
まあ、もともと優等生だったユリには、両親にひどく怒られたような記憶は無く、想像も出来なかったが・・・・・・
「旅の商人とお話ししたんだ・・・・・・。大人達には、知らない人や、怪しい人と話しちゃいけないって言われてたのに」
「えっ?」
思わずユリの口から声が漏れる。
「この村には秘密にしておかなきゃならない事が有るの。あたしやハンナはあまり良く知らないんだけど、それでも外の人には話しちゃいけないって」
「待って、ロッテ。私はそんな話聞かなくても・・・・・・」
ユリの言葉をロッテが遮る。
「村の男の子達は、大人達に内緒で村の外を探検してるみたい。大人達が近づいちゃいけないって言っている場所をね。あたしが知ってるのはこの位なの。ごめんね」
俯くロッテの手をユリが握る。
「ううん、ありがとう。私にそんな大事な事教えてくれて」
「いいの。友達でしょ、あたし達。あたしは、友達が困ってたら、秘密にしてた事だって言っちゃうと思うの。ママには怒られるだろうけど」
「本当にありがとう。だけど、私はこの事は誰にも言わないわ」
思いもよらないユリの言葉にロッテは顔を上げる。
「なんで?」
「だって、この事をロッテが言ったと村の人達が知ったらすごく怒ると思うの。だから、この事はここにいる三人の秘密。後で友達が困るのに、他の人に言えないでしょ」
村人達がこれほどまでに隠そうとする事は、ロッテが考えるほど軽くないはず。
村に着いてからの、彼等の様子からユリはそう判断した。
もしこれで、ロッテが話した事が切っ掛けで村の様子が激変したら、きっと二人は村人達に責められる。
だからこそ、この事は自分の胸に秘めておこうとユリは考えた。
たしかに、今も必死に情報を得ようとしている仲間達を裏切る事になるかもしれない。
だが、そのためにここで友達になった二人を不幸にするわけにはいかない。
クランの顔を思い浮かべると、心がチクリと痛む。
でも、それでもこの事は自分の心にしまう事にした。
「ユリ・・・・・・」
ユリに秘密を黙っている事に耐えられなくなったロッテが、自分の罪悪感を薄めるために口にした事を、彼女は受け止めた上で、迷惑になるから黙っていると言ってくれた。
きっと、最初に自分達に声を掛けたのも、純粋に二人の事が心配だったから以外の気持は無かっただろう
その事を悟ったロッテは、言葉を続けられずに黙り込む。
ハンナもまた、その事が理解できるからただ口を閉ざす事しか出来なかった。
「気にしないで。元々確証が有って来た訳じゃないし、仲間達も調べてるはずだから、何か分かったかもしれないから……」
そこまで言ったユリが、ロッテの背後の森に視線を向ける。
「どうしたの?」
遠くを見つめるユリの表情が険しいものに変わった事に、ロッテが心配して声を掛ける。
「あの男の子、怪我してる!」
ユリはそう言うと、脱兎のごとく走り出す。
ロッテとハンナも振り返り、ユリの向かった先を見ると、肩から血を流し、今にも倒れそうな足取りで歩く少年が見える。
「ジョン?!」
目をこらすと、良く見知った少年だという事に気付いたロッテが驚きの声を上げ、ハンナと共に走り出す。
焦る気持ほど前には進まず、目の前を走っていたユリとの距離がどんどん離れる。
自分の足の遅さを呪うロッテだったが、日々訓練をこなしていたユリはすでに少年の下に辿り着いていた。
「大丈夫ですか!?」
ユリが少年に声を掛けると、少年は虚ろな瞳を向けたと思うとその場に崩れ落ちる。
仰向けに寝かせた少年の顔を覗き込むと、紫色になった唇でユリに何かを伝えようとしていた。
「何か言いたい事があるんですか!?」
少年の手を握り締めて口元に耳を寄せる。
「カー ルが森の中 俺を逃がす ために 助 けて、カール が……」
ユリがかすかに聞こえる少年の声を拾っていると、息を切らせたロッテが辿り着く。
「ジョン!」
少年の名を呼ぶロッテに、ユリが尋ねる。
「知り合いですか?」
洋服を血で真っ赤に染めながらも、尚も肩から血を流すジョンの様子を見たロッテが、青い顔をしながら頷く。
「カールさんという人は知っていますか?」
「ジョンとカールはあたし達の友達」
震える声で答えるロッテ。
彼女の言葉でユリは、ジョンとカールが二人で森の中に入ったら不慮の事が起き、ジョンは森から逃げ出す事は出来たが、引き換えにカールが森の中に取り残されたと推察する。
「森の中で何かあったみたい。カールさんを助けてとジョンさんが言ってる。私は森に向かうから、二人はジョンを連れて村に戻って」
「一人じゃ危ないよ!」
ロッテが声を荒げるが、ユリは微笑みジョンの傷口に手を当てる。
怪訝な表情を浮かべるロッテとハンナが見守る中、ユリが何か呟くと、ジョンの傷口がみるみるふさがってゆく。
「えっ? ユリ、あなた・・・・・・」
目の前で起きている事を上手く飲み込めない二人が唖然としている間に、ジョンの傷口は綺麗に消え去っていた。
ユリは立ち上がると再度二人に告げる。
「私は森に向かいます。二人はジョンさんを連れて村へ戻って下さい」
「でも……」
「私は神聖魔法を使う事の出来る冒険者です。必ずカールさんを連れ戻してきます。ですから、二人はジョンさんを安全な場所へ」
真剣な眼差しで見つめるユリに、気おされた様に二人が頷く。
それを見届けた後、ユリは森に向かい走り出した。