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花冠を作っているところで、突然声を掛けられた少女達が驚きの表情を浮かべていると、彼女達より少し年上の黒髪の少女が柔和な笑みを浮かべながら言う。
「突然声を掛けて驚かせてしまってごめんなさい」
ロッテとハンナはお互いに顔を見合わせる。
大人達に、しつこいくらいに知らない人や、怪しい人とは話してはいけないと、言い含められていたからだ。
しかし、黒髪の少女は二人の側らに作りかけの花冠が置かれている事に気付くと、納得したように頷く。
「花冠を作ってたんですね。こんな所に女の子二人でいるから、何をしているのか気になってしまって……」
少女達からの返事が無い事にも腹を立てた様子も無く、黒髪の少女の声は優しい。
ロッテは、自分の目の前にいる少女から、純粋に自分達を気遣う気配しかなく、黙っている事に若干の心苦しさを感じていると、ふと彼女の首から下げられているアミュレットが目に入る。
「ファムの・・・・・・」
ロッテの呟きに、少女が答える。
「ごめんなさい、名乗りもしないで。私はユリといいます」
胸のアミュレットに手を添える少女の顔に、ほんの少しだけ影が落ちるが、それに気付かないロッテは思わず声を上げる。
「あたしはロッテ。そして、隣にいるのはハンナです」
ロッテがユリと名乗った少女と話す事にちょっと驚いたハンナだったが、彼女の胸にあるファムのアミュレットがその警戒心をほぐす。
農耕が盛んなグランデル公国というお国柄、ファムを信仰する者は多く、彼女達の村人達も例外なく、ファムを信じる者が多かったからだ。
そして、その中でもファムのアミュレットを常に身に付ける様な人物は、ファムの神官か、よほど信心深いファムの信者しかいない。
ユリの年齢であれば、まさか神官という事は無いだろうが、村の大人達が言う『知らない人』や『怪しい人』の範囲から、彼女の片足を出させる事になった。
ロッテとハンナからの声を聞いたユリは、彼女達の側らにゆっくり腰を下ろす。
「私も仲間に混ぜてもらえませんか?」
ロッテとハンナが顔を見合わせているうちに、ユリは彼女達の側らに詰まれた花を手に取ると、数本ずつ編み込んでゆく。
あっという間に花冠を作り上げたユリは、それを二人に差し出しながらはにかむ。
「あまり上手じゃないけれど、どうでしょうか?」
いつの間にか謙遜するユリの手元に釘付けになっていたロッテとハンナだったが、思わず感嘆の声を上げる。
「「綺麗!」」
「ありがとうございます」
若干恥ずかしそうに答えたユリは、そっと花冠をロッテの頭に飾る。
ロッテは嬉しそうに自分の頭に添えられた花冠に触れながら、ユリにお願いする。
「あたし達に作り方教えてくれませんか?」
気恥ずかしそうにお願いするロッテに、ユリはやさしく笑い返すと数本の花を持つ。
「私の場合は、小さなお花が多い時は、何本かを一緒に編みこんでゆきます。左手に持った花の茎を最初に……」
ユリに作り方を聞きながら一緒に花冠を作るうちに、歳も近い少女達は心の距離を縮めてゆく。
途中で足りなくなった花を摘みながら、ロッテとハンナが今までの中で最高の出来栄えの花冠を作り上げる頃には、彼女達の声色から見知らぬ少女への警戒心は消えていた。
「出来た! ユリ、どう? 」
自信ありげに差し出すロッテの手から、黄色の花冠を受け取ったユリは頷きながら答える。
「可愛く出来てると思います」
「やった! ハンナも見てもらいなよ!」
ハンナは、ロッテの声でユリにおずおずと白い花で出来た花冠を差し出す。
「編み込みも綺麗ですし、お花も綺麗に顔を見せてます。とっても上手に出来てます」
ユリの賛辞にハンナが顔を赤らめる。
「本当、よく出来てるよ! あたしのは、所々編み込みが緩い所があるもん」
自分の作った花冠のほころびを気にするロッテに、ユリが笑顔で言う。
「ロッテもすぐに上手く出来るようになります。私が保証します」
「うん、ユリより上手く出来るように頑張るよ! じゃあこれはハンナに」
そう言いながら、ロッテは黄色い花冠をハンナの頭に乗せる。
白い花冠を持つハンナは、躊躇した後ユリに差し出す。
頭を下げ、白い花冠を載せてもらったユリがお礼を口にすると、ハンナは更に赤面する。
そんなハンナをロッテがからかい、三人が取り留めの無い話を始める。
「ユリはよく花遊びとかしてたの?」
「はい。家が宿屋をやっていたので、お手伝いをして時間が余った時には、近所のお友達と近くのお花が咲いている所によく行っていました」
母親の手伝いなんてした事の無いロッテは、素直に感心する。
「家の手伝い!? 偉いね、ユリは。この村の近くに住んでるの?」
「今住んでいるのはルイザの街です。途中で首都によってから来ました」
「あたし達なんかこの村から出た事ないもん。やっぱり大きな街は楽しいんでしょうね」
ルイザの街なんて聞いた事の無い二人だったが、年頃の少女らしく首都に対する憧れは抱いていたため、目を輝かせる。
「楽しいかどうかは分かりませんが、物も人も沢山いますね」
「いいな~。でも、ユリはなんでこんな辺鄙な村に来たの?」
「人探しです」
家が宿屋だと言っていたユリの口から、思ってもいなかった言葉が出てきた事に内心動揺しつつも、平然を装う事に成功したロッテは不自然にならない様に話を続ける。
「ふ~ん、どんな人?」
「‘魔女’と呼ばれている人です。その人を探すために、私はこの村にやってきました」
ユリの口から出た‘魔女’という単語に、今度は自分の顔が強張る事を止められないロッテだった。