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クラン達が、“魔女”のいると思われる村に到着する少し前、ある一軒の家で、どこの家庭にもあるだろう光景が見られた。
「ロッテ、起きなさい!」
夢の中で、いつもはすぐ跳ねてしまう赤毛が丁寧に整えられ、豪華なドレスを身に付けた自分が、隣国の王子(もちろん夢の主が考えられる限界のイケメンだ)に跪かれ、見つめ合った彼の口から愛の言葉が紡がれる瞬間、母の声で現実に戻された。
大きくベッドの上で伸びをした少女は起きた事を告げながらも、これから良い所だったのに! と、心の中で軽く母を呪う。
だが、今日という日が少女にとって待ちに待った日である事を思い出し、機嫌を直そうとするが、自らの言葉で再び不機嫌になる。
「やっとあれから二週間たったんだ。少し旅の人と話をしたからって、二週間も家から出ちゃいけないなんておかしいと思わない?」
今日まで家に閉じ込められていた理不尽に憤る。
「そもそも、旅人と話をしちゃいけないなんておかしいじゃない。大人は秘密にしなきゃいけない事があるから、知らない人や怪しい人と話しちゃいけないって言うけど、皆村からほとんど外に出ないから、面白い話なんてないじゃない」
一通り文句を言いながらも、お気に入りの洋服に袖を通し、母親の待つ食卓へ向かう。
そこには、小麦で作られたパンと、多少の肉と豆の入ったスープ。そして、食後の時間を優雅に過ごすためのドライフルーツが少量用意されていた。
「今日は干しブドウが有るんだ!」
久しぶりの甘いものに少女の目が輝く。
そんな娘を見て、少女と同じく癖のある赤毛の母親は、ほころびそうになる表情を引き締める。
「この間、あなたが話してた商人が持ってきたのよ。散々他の人に文句言われて、分けて貰うの肩身が狭かったんだから」
食卓に着き、食事を始めた娘の横に母が腰を下ろす。
「だってしょうがないじゃない。わたしに似合いそうだから、内緒で都会の珍しい髪飾りをくれるって言ったんだから」
「それはあなたと話をするために、似合いもしない物で釣ろうと思ったのよ。他の村よりこの村は良い生活が出来るんだから、なんでも欲しそうにするんじゃないわよ」
「分かった。もう物を貰おうとしなければいいんでしょ!」
癇癪を起した少女は、母の声も聞かずに食事の手を止めると、今日遊ぶ約束をした友達との、待ち合わせの場所である村の出入り口へ向かった。
「おはようロッテ、やっと家から出してもらえたのか?」
少女が村の外れに向かう途中、丁度家の外に出てきた顔見知りの男に声を掛けられる。
「おはよう、ゼムさん。二週間も家の中にいたから、すごくつまらなかったの」
「そうか、大変だったな。それはそうと、今日もハンナと遊ぶのかい?」
笑いながらゼムが言う。
「そうよ、いま花冠を作ろうとしてるの。なかなか上手く出来ないんだけどね」
「この辺りには危険な魔物は見ないが、気を付けるんだぞ」
「分かってる。ハンナを待たせると悪いから、もう行くね」
その後、狭い村と言う事もあり、何人かの顔見知りに声を掛けられながら、少女は待ち合わせの場所に辿り着く。
「ロッテ、久しぶり!」
そこには、先に着き少女を待っていたと思われる、暗めの金髪に、そばかすのある少女が笑みを浮かべていた。
「ごめん、ハンナ。待たせちゃった? 途中でゼムさんとか、トムおじいさんとかに声を掛けられて遅くなっちゃった」
「わたしも途中で隣の家のおじさんとお話をしてたから、今着いたところよ」
「良かった。だいぶ待たせちゃったのかと思っちゃった」
安堵の表情を浮かべるロッテに小さく笑いながら、ハンナが彼女の手を取り歩き出す。
「そんな事より、早く行きましょ。時間がもったいないわ」
「そうね、今日こそ上手に花冠を作らなくっちゃね」
二人の少女はお互いに顔を見合わせ笑いながら、村の外の花の咲く場所へ向かう事にした。
そこには、肥沃な土地を持つグランデル公国らしく、無数の野花が咲きほこり少女達を出迎えた。
早速、彼女達は幾種類かの色の花を摘むと、地面に腰を下ろし花冠の作成に取り掛かる。
しばらくの時間、悪戦苦闘していた彼女達だったが、飽きっぽい性格のロッテが音を上げる。
「やっぱり上手く出来ない。花が小さいのが悪いのかな?」
「ん~、前来た時から時間がたってるからか、お花も小さ物しか無くなってるものね」
すでに諦めているロッテとは違い、ハンナは手を止めずに彼女に答える。
それからしばらくの間、ロッテはハンナの手元を見たり、風になびく花を眺めたりしながら過ごしていたが、終にハンナも諦めの声を上げる。
「やっぱり無理みたい」
自分より手先の器用なハンナの言葉に、がっかりした感じでロッテ仰向けに寝転びながら空を見る。
「そっか~、しばらく家から出られなかった間に、大きな花が無くなっちゃたもんね。お母さんが家から出してくれないから、こんな事になったんだよ」
親の仕打ちに愚痴を言うロッテに、大人しいハンナも珍しく不満を口に出す。
「そうだよね、ちょっと村の外の人と話したからって、家から出ちゃダメなんてひどいよね」
「本当! 知らない人とは話しちゃいけないなんて、もう子供じゃないのに!」
世界中の子供が一度は口にするセリフをロッテが言うと、少女達の思いも寄らない所から声を掛けられた。
「こんにちは。沢山お花が咲いていて、とても素敵な所ですね」
突然掛けられた声に驚きながら少女達が振り返ると、そこには見るものを安心させるような、まるで陽だまりのような笑顔を浮かべた黒髪の少女がいた。