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イヴとユリは、次の仕事のために自室で旅の準備をしていた。
「あ~あ、なんか乗り気がしないのよね、今回の仕事」
バックパックのパッキング中の手を止めて、イヴが隣のユリに話しかける。
「そうですね。いくら仕事とはいえ、毒を使ったりするのは私も嫌です」
「でも、ユリも今回の仕事一緒に行くのよね」
「はい。私がいてもいなくても、クリスさんはきっと必要なら毒を使うでしょう。だったら、少しでもその被害を減らせるように一緒に行こうと思います。私がここに残ったとしても、それは自分の嫌な事から目を背けたい、ただのわがままになると思いますから」
「そっか、強いんだね。あたしなんか毒って聞いただけで行きたくないと思ったのに」
「強くなんか有りませんよ。クランさんとレナさんも仕事を受けるって決めたから、私も行けるんです。一人じゃ無理ですよ」
「そっか~。一人じゃないものね。そう考えるとあたしも気持が軽くなるかな? レナさんもクランも、仕事を受けるの余り悩んだ様子なかったね。冒険者って仕事に慣れてるからかな?」
「でも、クリスさんに返事をする前、二人で何か話をしていましたよね?」
ユリがクランとレナが小声で話していた事を思い出す。
「そうね、なんだったんだろ? 必要な事だったらあたし達にも教えてくれるだろうし、大した事無いんじゃない?」
「そうですね」
「さて、早く準備しちゃおう。寝る時間無くなっちゃう」
そう言うと、彼女達は黙々と手を動かし始めた。
一方のクランとレナは、クリスのアジトを後にして、雲も少なく青白い月明かりが照らすどこか幻想的な夜道を、定宿へ向かって歩いていた。
「二人で歩くのは久しぶりだね」
レナが足取り軽く歩く。
彼と肩を並べて歩くのは、二人で冒険者ギルドの仕事を受けている頃以来だ。
それほど前の事では無いのに、まるで大昔の事のように懐かしく感じていた。
「そうですね」
アジトで“魔女”の話を聞いてからのクランは、どこか上の空だった。
そんなクランをレナが興味深そうに見つめる。
知り合った頃とは違い、精悍な顔つきになった。
レナから見ればまだまだだが、黙々と歩いている今も随分隙が無くなって来た。
暗闇を見たと思えば、そこには寝ていると思われる野良犬。
生き物の気配を察知するスキルはさらに磨きが掛かり、レナも舌を巻くほどだった。
短期間で随分強くなった。
それがレナの偽らざる気持だ。
そして、彼の長所である真面目なところも変わりない。
今も、アジトで自分に聞いた“魔女”の事を考えているのだろう。
極悪非道な魔法使い。
そして、冒険者が禁忌としている毒。
クリスに借りのある自分は、皆からどう思われようとも構わない。
だが、彼をこのまま巻き込んでいいものだろうか?
それは、クリスの仕事を受けだしてからずっと考えていた事だった。
「どうしました?」
ずっと自分を見ているレナにクランが話しかける。
「何でもないよ」
レナがそう答えると、彼は微笑んだ後、前方に視線を戻す。
彼と会ってから、一時期絶縁状態とも言えるクリスとの関係も再び築けた。
神と会話をした事のあるユリ。
そして、もしかしたら史上最少年齢で土の上位精霊を呼び出したかもしれないイヴ。
不思議と彼と一緒にいると、人が集まって来るような気がする。
(今回の“魔女”の件も上手く行くかな?)
根拠の無い考えに一人小さく笑うと、クランが何事かと見つめる。
レナは何でも無いと首を振ると彼に話し掛ける。
「宿に戻ったら一緒に食事をしないか? きっと明日から、また味気ない食事になるんだから」
彼を食事に誘うのが恥ずかしいのか、理由を付けるレナ。
「そんな事言ったら、ユリさん怒りますよ。でも、一緒に食事をする事には賛成です」
クランの言葉に自然と足が軽くなるレナは、初めて自分から異性の腕を取ると走り出す。
「じゃあ急ごう。ゆっくりしてると食堂が閉まってしまう」
一緒に走り出すクラン。
レナは前を見たまま走り続ける。
彼に自分の赤くなったであろう顔を見られないようにする為に。