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今日も早朝から木刀を打ち合わせる音が響き渡る。
クランはグレンの胴を薙ぎに来た攻撃を木刀を立てて受ける。が、体重も力も違うため、吹き飛ばされそうになるのをたたらを踏んで何とかこらえる。
そこへ木刀を引き戻したグレンが袈裟懸けに切り付けて来た。
クランはバックステップで紙一重でかわし、グレンの首に突きを放つ。
グレンはそれを首を捻ってかわすと、再度胴を薙ぐ。
今度はかわし切れずにクランは吹き飛んだ。
「大丈夫ですか!」
カルラが緊張した面持ちでクランに駆け寄ると、クランは脇腹を押さえながら立ち上がった。
「大丈夫だよ、当たる瞬間跳んだから」
そう言ったクランに、カルラは安心したような表情を浮かべる。
「しかし、器用なことをするな」
グレンが呆れたような表情をした。
「相手が馬鹿力だから自然に覚えちゃった」
骨は折れてないなと確認しながらクランは苦笑する。
クランがこの家に来てもう一年がたつ。
最初の頃と違い、クランは我武者羅に切りかかっていく事が無くなり、相手の事をよく見て器用に立ち回るようになっていた。
また、カルラが気にしていた憎しみの表情もなりを潜めていた。
そのため、グレンは現在のクランの腕前を二流半と評価していた。今のような、当たり障りの無い立ち回り方がいいかは別にして。
その日の夕食の時間になると、カルラが翌日旅に出るクランの体を気遣う。
「明日はエリム村に行く予定ですよね。明日くらい剣の修練は休んだらいかがですか?」
半年ほど前から、カルラが気づくとクランはいつも剣を振るっていた。
毎日休みなく深夜まで剣を振るい、仮眠程度の睡眠を取ると夜明け前からまた剣を振るクランに、カルラは心配そうな顔をする。
クランはそんなカルラに微笑む。
「毎日やらないと落ち着かなくて、それに最近エリム村には一人で行く事が多いからもう慣れたし」
最初の頃はグレンと一緒にエリム村に行っていたが、ここ最近ではクラン一人で行くようになっていた。
翌日、夜明け前にカルラが家の外に出てみると、冬も近いというのに汗だくになりながらクランが剣を振っていた。
グレンと打ち合っている時には使わない、大きく踏み込みながら上段から袈裟懸けに切る型をひたすら繰り返す。
そんなクランを見ながら、カルラは無意識に長い髪をまとめている髪留めを触っていた。
訓練を終えたクランは旅装束に身を包み、段々運ぶ量を増やしてきた成果もあり、今日は60Kg程の荷物をバックパックに入れ背負う。
腰には愛用のバスタードソードを吊るし、見送る二人に出立の挨拶をする。
「じゃ、行ってくるね」
今回は日帰りの予定のため、日の出と同時にエリム村に向けて旅立つクランを見送った後、グレンがカルラを食堂に呼んだ。
カルラが席に着いたのを確認し、グレンが口を開く。
「団に戻ろうと思う」
まるで死神の死の宣告を聞いたかのようにカルラの表情が凍りついた。
クランはエリム村までの道のりを黙々と歩いたため、昼というにはかなり早い時間に到着した。
すっかり顔なじみになった雑貨屋の主人に毛皮を買い取ってもらい、木陰亭に向かう。
木陰亭ではユリと女将が食堂の準備のため慌ただしく動き回っていた。
「こんにちはー」
クランが店の中に声を掛けるとユリが小走りにやって来る。
「こんにちは、どうぞ中に入ってください」
嬉しさを押さえきれない様子のユリがクランを厨房に案内すると、女将と調理担当のユリの父、ヨーゼフがいた。
クランは二人に挨拶し、バックパックから調理台の上に燻した鹿や猪の干し肉を置く。
「いつも悪いね」
女将が礼を言っている横でヨーゼフが干し肉の目利きを始めた。
クランが女将と世間話をしていると、干し肉を見終えたヨーゼフが満足そうな表情を浮かべる。
「いつも良い品物をありがとう。今日はこのまま帰るのかな?」
クランが頷くと、昼食でも食べていってくれと言い残し仕事に戻る。
話が終わったのを見計らってユリがクランを食堂に案内した。
「再来週の休息日にルイザの街に行こうと思うんですけれど、クランさんの予定はどうですか?」
最近物騒になってきたこともあり、ユリはクラン達とルイザの街に行ってからなるべく二人に予定を合わせて一緒に行くようにしていた。
「家に戻ったらグレンに相談してみるよ」
クランが答えるとユリは嬉しそうに厨房に戻っていった。
昼食を食べ終えたクランはユリと女将に見送られ自宅までの道のりを歩き出す。
途中何のトラブルもなく、日没に近い時間に自宅に着いた。
家の入口のドアを開け中に入ると、椅子に座ったグレンとカルラがクランを出迎える。
「ただいま」
クランが二人に声を掛け荷物を降ろしていると、グレンが椅子に座るように促す。
二人の様子がいつもと異なる事に疑問を感じながらクランが椅子に腰掛けると、グレンが口を開く。
「俺は、昔傭兵のような事をしていると言ったな」
記憶を手繰り寄せクランは頷いた。
「来週、カルラを連れてそこに戻ろうと思う」
「えっ」
クランは突然のグレンの話に呆然するのだった。