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異世界での過ごし方  作者: 太郎
魔女
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106

レイピアを模した木剣を構えたイヴに、無手のままクランが相対する。

イヴは自分の狙い通りに武器を持たない事になったクランに多少の罪悪感を感じるが、レムリアースでの彼の戦いを思い出し、気を引き締め開始の合図を待つ。

そう、武器を持っていない彼の足元にも及ばないなら、いつかクリスとレナの言った通り自分はずっと足手まといのままだ。

思いつめた表情をしたイヴとは対照的に、レムリアースでの事を知らないレナは、無手のまま戦おうとするクランに怪訝そうな表情を隠せずにいた。

だが、二人の間に戦いの準備がととのった気配を感じると、開始の声を上げる。


クラン様子を覗うイヴと、彼女の動きを覗うクラン。

格闘での力量の違いを認識しているイヴは、待ち構えるクランに攻めるタイミングを見つけられない。

一方のクランも自分から攻め込む事をせずにイヴの気配を探る。

だが、進展の無い事に焦らされ我慢できなくなったのは、横で見ていたクリスだった。


「そういえばクランさん。昨日の夜わたし達と別れてから、胸の大きい娼婦と一緒だったんですって? うちの組織に所属している密偵が見かけたらしいわよ? まあ、クランさんも男なんだから分からないでもないけど、ほどほどにしなさい」


「ちょっと、何言ってるんですか!」


クランが抗議するが、クリスは面白そうに言葉を続ける。


「別に恥ずかしがる事はないわよ? イヴさん位の胸じゃその気にならないのも無理ないわよね。あ、そうだ! イヴさんの剣の腕と、胸の大きさじゃクランさん不満らしいから、精霊魔法使ってもいいわよ。せめて模擬訓練くらい満足させてあげないとだめよ、胸の小さなイヴさん」


流石にこんなあけすけな挑発に掛かるはず無いと、クランがイヴを見ると彼女は精霊語を口ずさんでいた。


「ばかな!」


クランが驚愕の表情を浮かべると同時に彼女の精霊魔法が完成する。

地面から打ち出される“石つぶて”。

クランは咄嗟に体を捻って避ける。


「ちょっとイヴさん!」


「うるさい! 浮気者!」


クランの呼びかけに怒鳴るように答えるイヴ。

クリスの言った事に、心に突き刺さるものはあった。

だが、それよりも精霊魔法を使う機会を得る事になった。

クランには素手で戦う事を強いているくせに、自分は精霊魔法を使う事に後ろめたい思いも確かにあったが、彼女は自分の全力を出せる事を選んだ。


「あら、そのくらいの精霊魔法じゃ不足みたいよ。あなたの胸と一緒で」


くすくす笑いながら言うクリスと、眉を吊り上げ怒った風を装うイヴ。

そして、連続して打ち出される“石つぶて”。


「大したものだな、イヴは。この間の仕事で一皮むけたみたいだね」


イヴの精霊魔法を見て感心した様に呟くレナ。


「ちょっと、止めてくださいよ! レナさん!」


のんびりと感想を口にするレナに、クランが抗議する。


「ん? 謙遜するな、クラン。帰って早々女遊びをするくらいだ、体力が有り余っているんだろう?」


クランはレナの言葉に絶望しつつも、器用に“石つぶて”を避ける。


「レナさん、クランさん大丈夫でしょうか?」


二人のやり取りをはらはらしながら聞いていたユリは、今にも駆け出しそうな表情をしながら隣で悠然と佇むレナに問う。

焦燥感丸出しのユリの様子に、レナは彼女に悪いと思いつつも笑みを押さえずに答える。


「ああ、問題ない。クランが避けた“石つぶて”がどうなるか見てごらん」


ユリはレナの言葉に従い、クランの避けた“石つぶて”を目で追う。

すると、地面から勢いよく放たれた“石つぶて”は、クランが避けた後、徐々に勢いを失い、緩やかに放物線を描き地面にぶつかり砕け散る。

木っ端微塵になり土に戻る様子にユリが違和感を覚えると、レナが口を開く。


「イヴが打ち出している“石つぶて”は、石というより、土を固めたものなのだろう。だから簡単に崩れる。もしクランに当たったとしても大きな怪我はしないだろう。もちろん、まったく痛く無い事は無いだろうし、びっくりする位はするだろうけどね」


レナの説明を聞いたユリは、なぜ彼女が静観していたかを察する。

クランの事を心配していないわけではなく、危険性が低い事を考え、このまま見守っていたほうが二人のためになると考えたからだ。

急に自分の慌てぶりが恥ずかしくなったユリが黙る。


「まあ、よく見ないと分からない事だから、ユリが心配するのは分かるよ」


レナはユリに言いながら別の事を考えていた。

怪我をしない様に土を固めたものを打ち出す。

言うのは簡単だ。

だが、そんな事を精霊に頼むのは簡単なのだろうか?

本来“石つぶて”とは、精霊に頼んで地中に有る石を敵に向かって打ち出す精霊魔法だ。

それをイヴは土の塊に変更しているのだろう。

石に比べて、都合の良い土の塊などそんなに有るものだろうか?

レナの疑問はある意味当たっている。

中途半端な強度では、土の塊など打ち出す瞬間崩れ去る。

そのためイヴは、打ち出す前に土の精霊 ノームに頼んで、打ち出しの衝撃に耐えつつ、クランに当たった時に崩れる硬さで土を固めてもらっていた。

通常の“石つぶて”に比べて、二倍の詠唱(ダブルプロセス)を必要とする精霊魔法を使っていた。

だが、打ち出される“石つぶて”の間隔は一詠唱(シングルプロセス)とほぼ変わらない。

自分の力不足を感じながらも、彼を傷つけたく無いイヴの想いが複雑な精霊魔法の執行を可能にしているのか。

それとも、前回の仕事を通じて彼女の精霊使いとしての力量が上がったのか。

もしくは、その二つの理由によるものなのか。

いずれにしても、彼女がクランに怪我をさせない様に、過分の神経を使っている事は確かだった。


(当たらない!)


イヴはクランとの距離が近づき過ぎないように神経を使いながら、心の中で呟く。

自分の言葉は今までに無く土の精霊に届き、それに土の精霊も答えてくれている。

だが、クランは当たる寸前で身をかわす。

エリム村の惨劇を目の当たりにし、ドワーフ達と接した事により、今までの、甘えといわれる気持は捨てたはずだった。

だが、それでも目の前の人物にはもう一歩というところで届かない。

好意は持っている、憧れも持っている。

だが、一緒に歩む以上、足手まといにはなりたくない。

精霊魔法まで使って相手にならないなら、自分はこのパーティーにいる資格はない。

そんな彼女のごちゃ混ぜになった思いの篭った魔法も、彼にはとどかない。

クリスに地味だと言われている事にも傷ついていた。

両親は、グランデル公国に名を轟かす精霊使いだ。

自分と同じ歳ではすでに冒険者として身を立て、上位精霊にも手が届くところにいた。

しかし、自分はまだ両親の足元にも届かない。

その劣等感も、クリスに地味精霊使いと揶揄されるたびにささくれ立っていた。

もし自分に火の精霊に一番強く声が届けば、風の精霊に一番強く声が届けば、そんな事を一瞬でも思った事も自己嫌悪の一因だった。

両親だったら、エリム村で簡単に黒骸騎士達を追い払い、クランに怪我などさせずに済んだだろう。

ドワーフ達の時だって、仲間を誰一人傷つけずに助けられたのではないか?

そんな事を考えながら必死に精霊魔法を唱えていた。




クランは目の前で一定の距離を保ちつつも、冷静に精霊魔法を唱えるイヴが、なぜか泣きそうに見えた。

とどかない……

その忸怩たる思いが伝わってくる。

自分も一時期感じた思い。

無力感、焦燥感、劣等感、それらの不の感情が伝わってくる。

旅の途中、本人は上手く隠しているつもりだったが、イヴが悪夢にうなされ、自分の力が信じられないでいた事には皆気付いていた。

レナとクリスは自分で超えなければならない壁だと言っていた。

だが、クランとて同じ思いを嫌と言うほど味わった。

出来るなら、彼女にそんな思いをして欲しくない。

自分とは違い、影ではクリスもその才能を認めている精霊使いなのだから。

彼女の力になりたいという想いから、自然と“石つぶて”を避ける足が重くなり、いつの間にか両足は地面に張り付いたように動かなくなる。

最後に放たれた“石つぶて”を横なぎに振るった拳で砕くと、イヴに向かって口を開く。


「加減はいりません。全力で戦ってください。“石つぶて”だけではないのでしょう? イヴさんの精霊魔法は」


真剣な表情で語り掛けるクラン。

イヴは彼の声に、自分がこのまま彼の隣を歩いて良いのか、その答えを出す決意を秘め頷く。

今までの感じた事の無い彼女の覚悟に、クランがこの戦いで初めて構える。


二人の間の気配が変わった事を敏感に感じ取ったレナは、緊張した面持ちでクランを見る。


(本気かい?)


彼女が思わず心の中で呟いた言葉を、クリスも同時に一人ごちていた。


(本当にお節介ね。たとえ傷ついたとしても、このままわたしの仕事から外れた方が本人のためかも知れないのに…… まあいいわ。決めたからには上手くやりなさいよ、クランさん)


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