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異世界での過ごし方  作者: 太郎
魔女
106/130

104

炎に包まれるエリム村をイヴは走り続けていた。

焼け爛れた死体と崩れ落ちる建物。

肌を焦がす熱風。

彼女の栗色の髪はちりちりと焼けていく。

革鎧を身に着け、腰にレイピアを装備してずっと走り続けていたイヴは、酸素を求め肺が焼ける事も厭わずに大きく息を吸う。


「ごほっ」


灼熱の空気を吸い込み、こみ上げる咳についに足を止めた彼女は辺りを見渡し、声を張り上げる。


「クラン! どこにいるの!?」


だが、彼からの答えは無い。

見渡した範囲に人影が無い事を確認すると、鉛のように感じる足に鞭打ち再度走り出す。

疲れで意識が朦朧としだす頃、前方に大きな火柱が上がる。

イヴは不吉な予感を振り払い、一刻も早くその場所へ辿り着くために足を繰り出す。


広場のような開けた場所に辿り着くと、クランが顔の窺い知れない誰かと対峙していた。

クランに向かって走り出そうと足を踏み出すと同時に、彼の姿が炎に包まれる。

イヴは叫び声を上げようと口を開くが、過呼吸を起こした時の様に上手く声を出せない。

堪えきれない恐怖に彼女は地面に座り込み胸元を押さえる。

ブラックアウトしたような暗闇の中で必死に呼吸を整えると、いつの間にか彼女は黒骸騎士団との戦いの場にいた。

目の前ではドワーフ達戦士が次々に漆黒の鎧を纏った騎士達に屠られる。

彼らを助けようと“石つぶて”を放つが、厚い鎧に阻まれ黒骸騎士達の足を止める事も出来ない。

徐々に迫り来る無数の黒骸騎士達に恐慌状態に陥ったイヴは、仲間に助けを求める為に辺りを見回すと、そこには焼け爛れ地面に横たわるクランの姿があった。


「あ、あぁ……」


夢遊病者のように彼の骸に歩き出そうとするが、いつの間にか眼前には一人の黒骸騎士がいた。

イヴは本能的に、その人物が“死神”と呼ばれている事を悟るとおびえた様に後ずさる。

悠然と近づく黒骸騎士が精霊魔法を唱えると、自分のいる場所に上位精霊が現界しようとする気配に思わず尻餅を付く。

次の瞬間、圧倒的な力の奔流に飲み込まれた。


「あぁぁぁぁ!」


彼女は粗末な寝台から跳ね起きる。

圧倒的な恐怖に身を縮こまらせ、自分の体を抱きしめる。

精霊使いに備わった暗視の能力で、ここがクリスのアジトの一室である事を把握すると、大きく息を吐き出し強張った体から力を抜く。

それは、クランが生死の境を彷徨うほどの重症を負ってから時々見るようになり、黒骸騎士団との戦いの後からは毎日見るようになった悪夢だった。

幸いこれまで仲間に気付かれてはいなかったが、イヴの心はすでに限界だった。

彼女も夢を見るようになった原因はおぼろげながら分かっていた。

力不足。

冒険者の両親に育てられ、物心ついてからは一人で生きてきた。

だが、そんな自尊心は今までの経験から脆くも崩れ去っていた。

レナとクリスは言わずもなが、最近神の声を聞いたというユリでさえクランの命を救った。

それに比べ自分のした事など、敵の松明を叩き落した事だけだ。

あの局面では戦局を左右する重要な事だったが、それをさほど重要な事だと認識していない彼女に有ったのは、自分自身の力への劣等感だけだった。

クリスに力不足だとなじられる毎に彼女の心は傷ついていた。

大きく息を吐き出すと、沈んだ心も抱いたまま体を横たえる。

今日はもう悪夢を見ないように願いながら。


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