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異世界での過ごし方  作者: 太郎
魔女
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103

「やっと着いた~。こんなぼろぼろのテーブルでもほっとする~」


クリスのアジトで、使い慣れた椅子に座り頬をテーブルに押し当てたイヴが脱力していた。

いつもなら苦言を口にするクリスも、初仕事を終えた彼女の疲労を考え、黙って荷物を床に置きながら近くの椅子に腰を下ろす。

すると着いて早々休む間も無く放り出された皆の荷を、部屋の隅に片付けているユリに声を掛ける。


「ユリさん、あなたも休みなさい。荷物の整理は明日でいいわよ」


「はい。じゃあ、飲み物を用意します」


自分のバックパックから顔を上げたユリは、奥のキッチンへ向かう。

その姿を見送ったクリスは隣の椅子に腰を下ろしたレナに話しかける。


「元気ね、ユリさんは」


「まだ初仕事の緊張が解けていないのだろう。ベッドに横になったら一気に疲れを自覚する」


「そうね……」


多くのドワーフの遺体と、敵の死に直面した。

初仕事であれだけの経験をした冒険者もそうはいないだろう。

クリスが机の上で溶けているイヴに視線を向ける。

平気なふりを装っているが、ドワーフの戦士の死に彼女は心を痛めているだろう。

ファムの声を聞いたユリの心痛はいかばかりか。

思わず自分の初仕事の時の事を思い出してしまったクリスは後悔する。

少なくとも自分よりはましだろう。

思わず苦笑すると、レナの視線と絡む。


「なに?」


「いいや、なんでもない」


視線を逸らしたレナの表情に、小さい頃の影を見たクリスはため息を付く。


(まったく、いつまで引きずってるのかしら……)


心の中で呟いた彼女だったが、自分自身も割り切れていない事に再度苦笑していると、温かいハーブティーをいれたユリが皆にカップを配る。

自然、皆黙りお茶をすすっていると、住み慣れた場所に戻り、落ち着きを取り戻したイヴとユリの表情が徐々に陰のあるものに変わってゆく。


「さて、今から料理をするのも面倒だし、今日は食事に行くとしようか」


彼女達の表情の変化にいち早く気付いたレナが気分転換のために街に出る事を提案すると、クリスも同意する。

レナとクリスが立ち上がると、イヴとユリも重い腰を上げた。


「じゃあ、何を食べようかしら。旅の間ろくな物を食べてなかったから目移りしちゃうわね、きっと。あなた達も好きなものを頼みなさい。レナが奢ってくれるから」


「クリス! お前!」


レナの言葉から逃げる様にアジトを後にするクリスを皆で追いかける。

流石のクリスも長旅で疲れていたのか、アジトから程近い宿屋の扉を潜ると、給仕の少女に軽く手を上げて席につく。


「あなた達も早く座りなさい」


さっさと自分のエールを頼んだクリスが、店の入り口できょろきょろしている三人に呼びかける。

クリスの姿を見つけたレナ達は彼女のいるテーブルの椅子に腰を下ろす。


「クリスさん一人でどんどん行っちゃうし、わざと人の多い道を通るから見失いそうになったじゃない」


席につく早々に不満を口にするイヴに、クリスが口元に意地の悪い笑みを浮かべる。


「あら、気が付かなくてごめんなさい。疲れてたのね、あなた」


小馬鹿にした言い方にイヴがむくれていると、クリスがユリを見て彼女に声をかける。


「ユリさん、どうしたの? 奥のテーブルをじっと見て」


クリスの言葉に、我に返ったユリが首を振る。


「何でもありません」


だが、相向かいに座ったクリスとは違い、ユリの隣に座ったレナは彼女の視線がどこに向いていたかをしっかり見ていた。


「ゼムか…… 何か有ったのかい? ユリ」


男の名前を口にするレナ。 

自分が見ていた人物に心当たりのある様子のレナと、気付かれないように視線を男に向けたクリスの表情が、イヴをからかっていた時とは違い、寒気を覚えるような笑みに変わった事にユリは一瞬恐怖を覚える。

それは今までユリの見た事のない、裏の世界で知れ渡っている二つ名を持つ密偵としての彼女の顔だった。


「わたしも聞かせて欲しいわね」


ユリは有無を言わさぬクリスの言葉に頷くと話し出す。


「私がエリム村で暮らしていた時、クランさんがレナさんに剣を教わるためにルイザの街で暮らすようになりました。その後、クランさんにルイザの街で会い、宿泊している宿まで案内してもらいました。ですが、その後何回か宿を訪ねてもクランさんとは会えなくて、しばらくするとクランさんはもう宿泊していないと言われました。宿を移ったのかと思い何件かの宿を尋ねたんですが、その時、クランさんは亡くなったという話を聞きました」


「なるほどね、その話をしたのがあそこの男っていう訳ね」


クリスが相槌を打つと、レナも当時の事を思い出す。


「確かにクリスの仕事を受ける様になってからは留守にする事も多かった。そして、一時期宿を変えていた時もあったな。それでユリは偶然その時出合ったゼムに言われた事を信じたのか」


「はい。クランさんにずっと会えなくて、すごく不安だったので信じてしまいました」


「なかなか面白い事をしてるみたいね。この前の事の腹いせかしら? 図体は大きいくせに本当に小さい男ね~。イヴさんならともかく、ユリさんにそんな事をしたのならちょっとお灸をすえないとだめかしら?」


軽い口調と裏腹に、殺気が溢れるクリスにユリが慌てて言う。


「私の事なら気にしないで下さい。もう会えないと思っていたクランさんに会えた時は本当に嬉しかったですから。それに、もしかしたら、会えないと思っていた人に会えたけれどすぐに大怪我を負ってしまって、何とかして助けたいと思ったから神様が私の言葉を聞いて下さったのかも知れません。ですから、私はゼムという人の事を恨んだりしていません」


その時受けたであろうショックなど、微塵も感じさせる事のない透明な笑みを浮かべながら、クランに再会できた喜びを口にするユリの言葉にレナとクリスは毒気を抜かれる。


「まあ、ユリさんがそう言うならわたしはいいけど…… なに、イヴさん?」


「こんな時でも嫌味は言うんですね、クリスさんは。正直感心しました」


「あら、どんな時でも平常心は忘れないようにしてるわよ、わたしは」


「未熟な冒険者で悪うございました」


「そう思っているなら自分自身を鍛えなさい。いざと言う時、それまでの事が試されるのよ」


その言葉がイヴの心に突き刺さる。

クランは“死神”の二つ名を持つ敵と戦った、レナはドワーフの戦士達をまとめ黒骸騎士団と戦った、クリスはドワーフの捕虜を助け、ユリは傷ついたドワーフの戦士達を癒した。

自分は何をしていたのだろう?

皆の後ろに隠れ、精霊魔法を唱えていただけだ。

それも、ただ松明を叩き落すという誰でも出来る事を、だ。

痛い所を突かれたイヴがけんか腰に答える。


「分かりました。明日から訓練を再開します」


「私も頑張りますのでよろしくお願いします」


隣で二人を見ていたユリも声を上げる。


「ユリさんみたいに素直な子は伸びるのも早いわよ。誰かさんと違って」


笑いながら言うクリスの言葉をイヴは無視する事に決める。


「じゃあ、明日から頑張りましょうか」


クリスがくすくす笑いながら、運ばれてきた料理を出迎える。


「さあ、今日はちゃんと食べて明日にそなえよう」


レナの言葉で皆食事を開始した。


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