表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界での過ごし方  作者: 太郎
魔女
101/130

99

一行がフンベルト達の集落に着き、一息入れる間もなく荷車から荷物を運び出したドワーフ達を見てクランが呟く。


「皆さん、本当に強いですね。体も、心も」


「当たり前だ。いつまでも悲しみを引きずっていたら、次に死ぬのは自分だ。お前の様に仲間との打ち合いで倒れて動けなくなる軟弱な奴など真っ先に死ぬ」


レナとの打ち合いで精根尽き、荷車に載せられ運ばれたクランにヴェローニカの言葉が突き刺さる。

戦士達は仲間が死んだ悲しみに暮れるより、レナとクランの打ち合いを見て何かを学ぶ事を優先する。

捕虜になっていた子供ですら、弱音を吐かずに自らの出来る事をする。

それは、ヘリオン帝国と戦い、この厳しい世界で生きている彼等の強さだった。

クランはそんな彼等の姿を見て、変われぬ自分の姿に暗澹たる気持になる。


「そんな事言っていいの? あなた、クランさんの姿を心配そうに見てたじゃない」


二人の会話を聞いていたクリスが、口元にからかいの笑みを浮かべ言う。


「ふざけるな! いつ私がこいつの事を見ていた!」 


心の内を見透かされたヴェローニカが声を荒げながら抗議すると、自分に向けられたクリスの生暖かい視線にからかわれていた事を悟り、怒った様にクランに声をかけて足早に洞窟の中に向かう。


「フンベルトが作った刀を見に行くぞ! 付いて来い!」


肩を怒らせながら歩くヴェローニカの後をクランが追いかける。

フンベルトの暮らす部屋の前に着くと彼女はおざなりにノックをし、返事も待たずに部屋に入る。

驚くフンベルトに口を開く隙も与えず、今まで彼が作り上げた刀を用意させるとヴェローニカは手に取り改め始めた。

最初はフンベルトの話を聞いていたとはいえその表情は半信半疑だったが、様々な角度から刀を見るにつれ目は驚愕に見開かれる。

十分刀を改めた所で、ヴェローニカは刀をゆっくり鞘に納めると目を瞑った。


「これが、日本刀か……」


旅の途中クランが口にした言葉を心の中で反芻する。


折れず曲がらずよく切れる。


言葉にするのは簡単だが、そんな物はあるはずが無い。

もしあるとすれば、確かにそれは最強の武器と呼ばれるだろう。

だが、今自分の手の中にはそれを体現しようとする物がある。

もちろん、完成品ではない。

フンベルトの未熟さもあるだろう。

玉鋼と呼ばれる物が出来ていないせいもあるだろう。

どうやって作るべきか、正確な手順が分からない事もあるだろう。

だが、それらの事を差し置いて、ヴェローニカは今ここにある日本刀の尊さに心打たれていた。

ヴェローニカがヴィルヘルムから口伝で教えられた鍛冶の技術とは異なる技術で、彼女と彼女の父の目指した所と同じ所を目指している。

人間如きに鍛冶の技術で負けることは無い。そう考えていた彼女だったが、実際に刀に触れ、その自尊心は傷付けられていた。

しかし、これもまた鍛冶の技術の極地。

間違いなく途方も無い年月をかけ、人間が育て上げた秘儀。

それゆえ、見たいと思う。

この美しき姿に秘められた、想像を絶するであろう威力を。


「この刀で試し切りをしてみろ。前の時は杭を斬ったのだろう?」


真剣な表情で差し出された刀をクランは黙って受け取った。






前回試し切りをした場所にクラン達はいた。

彼を見守る輪の中でも、始めて見るイヴとユリは特に興味深そうにしていた。

クランが刀を抜き上段に構える。

集中した彼には周りにいる者達は視界に見えず、目の前に一本の杭。

練り上げた意識を開放し、ここを切れという声に従い刀を振り下ろす。

音も無く振り切られた刀に一瞬遅れて、二つになった杭の上の部分が地面に落ちる。

イヴとユリが声にならない声を上げ、ヴェローニカは落ちた杭に足早に駆け寄り断面を確認する。


「今度は本当に綺麗に切れているな」


覗くレナの感想に、ヴェローニカも自然と頷く。

刀を改め刃毀れがない事を確認したクランもほっと一息つく。


「今回は上手く行きました。フンベルトさんのお陰で、刀も刃毀れしていません」


「そんな事はない。友の腕があればこそだ」


謙遜しつつもフンベルトの顔には誇らしい笑みが浮かんでいた。

その側らでじっと杭の断面を見ていたヴェローニカが、イヴにそれを押し付けながらクランを見る。


「次は兜を切ってみろ。そういう技があるのだろう?」


ユリと二人で杭の断面を見ていたイヴが驚く。

クランも、いつの間にか昔フンベルトに話した事をヴェローニカが聞き出していた事に驚いていた。


「面白そうね。やってみなさいよ、クランさん」


クリスが言うと、レナも視線で試すように促す。

クランは出来ないと断ろうとも思ったが、先程一瞬だが杭を断つべき場所を今までに無く感じられた事で、無謀とも言える神技に挑戦する事を決める。

クランの気が変わらないうちにと、急いで兜を取ってきたヴェローニカがクランに尋ねながらいそいそと準備している姿を見て知らずクリスが呟く。


「ヴェローニカさん、やけに生き生きしてるわね」


「ヴェローニカは剣を打つ者達の集落にいた。あれほどの武器を見てじっとしていられないのだろう」


「あなたは熱くならないの?」


クリスの質問にフンベルトは頭を振って答える。


「そんな訳無かろう。だが、ヴィルヘルムの娘であり、剣を打つ者達と一緒にいたヴェローニカとはやはり違うのだろうな……」


どことなく寂しそうに見えるフンベルト。

クリスも続く言葉が見つからずにいると、クラン達の準備が整う。


「見せてみろ!」


ヴェローニカの声を合図に、クランは構える。

一旦集中した意識を開放し、兜を断つ場所を知らせる声に聞き耳を立てる。

声が聞こえた瞬間、一歩踏み込み刀を振り落とす。

瞬間、辺りに金属音が響き渡る。

反射的に耳を押さえるイヴとユリ。

瞬きもせずに見守るヴェローニカとフンベルト、そして、レナとクリス。

だが、無常に刀は折れ、クランは己の未熟さに天を仰ぐ。


「残念だったね、クラン。でも、練習すれば出来るようになるよ!」


イヴが落ち込むクランを励ますべく声をかけ、ユリも彼が怪我を負っていないか心配そうに見つめる。


「ありがとう、イヴさん」


無理に笑みを作ったクランは、フンベルトを見て深く頭を下げる。

自分の未熟さで彼の心血込めた刀を折ってしまった事に。

フンベルトは気にするなと、厳つい口元を弓なりに反らすが、クランが浮かべる己の未熟さに対する自嘲は浮かんだままだった。


それを見ていたヴェローニカの胸中に、何時かの想いが再燃する。

彼女が気付くと彼はいつも剣を振っていた。

まるで何かに取り付かれていたように。

いつも純粋に前を見ていた、その瞳が陰っていた。

なぜ?

なぜあれほど他人を想う人間が辛そうな表情をする?

亜人に対しても、分け隔たり無く接する人間が悲しい表情をする?

そこまで考えると、いつもの様に彼女の胸はもやもやする。

だから言う。

ドワーフが亜人と蔑まされる事に憤る彼女が。

愚直に理想を求める者が報われない事に憤る彼女が。


「私がお前の刀を作ってやる。心配するな、お前のような才能の無い奴でもちゃんと使える刀を、お前が学んだ事を発揮する事が出来る刀を作ってやる」


決意を孕んだ言葉に驚いたクランがヴェローニカを見ると、彼女は真剣な眼差しで再度繰り返す。


「ヴィルヘルムの名にかけて、無二の刀を作ってやる。お前が想い、お前が望むものを手に入れられる刀を!」


驚くクランを残して、ヴェローニカはフンベルトに声をかけ立ち去る。

フンベルトはクランに一瞥向けた後、彼女の後を追う。


「フンベルト、私に刀の打ち方を教えろ。時間が無い、今からだ」


歩きなが告げるヴェローニカの言葉に、フンベルトは嬉々たる気持を抑える。

なにしろ彼女はヴィルヘルムの娘。

フンベルトも知らない口伝を伝えられし者。

だが、それでもいくら彼女が本気で刀を打ったとしても、クランの望む物は直ぐに作れるはずは無い。

若気の至りとも言える彼女の言葉を勇めよう。

性急に取り組んだとしても良い刀は出来ない。

そう思い彼が口を開こうとすると、彼女から思いもかけない言葉が告げられる。


「ミスリルを使うぞ。お前は鍛えた事があるか?」


フンベルトの顔が驚愕に歪む。

ミスリル。

それは、ドワーフの至宝。

幾つか現存する武具もあるが、いずれも人間達がドワーフ達から奪い、国宝とするもの。

黒ずみ曇る事無く、白銀に輝くもの。

ドワーフが鍛えれば、軽く、しかし、鋼より強固になる物。

ヴィルヘルムとその側近達が亡き者になったため、失われたと思われたそれを鍛える技術だが、目の前の少女はそれを引き継いでいた。

思わずフンベルトの体は緊張で強張るが、何とか彼女に言葉を返す。


「ミスリルを鍛えた事は無い」


フンベルトの震える言葉。

だが、ヴェローニカはそれに気付いた様子も無く淡々と口を開く。


「そうか、それならクランの言った折り返し鍛錬を試しながら、新しい手法でミスリル製の刀を作るぞ。力を貸せ、フンベルト」


ヴェローニカの言葉にフンベルトが答える。


「はい」


その言葉もまた震えていた。

だが、それは先程のドワーフの口伝に関わる畏怖ともいうべき感情によるものではなく、新たな手法に挑戦するという沸き立つ高揚を抑えられなかった物だった。

そう、彼とてドワーフだ。

クリスの言葉に冷めたように答えたが、滾らない訳が無い。


そして、ルイザの街に戻ると言うクラン達と別れてから、不眠不休でミスリルを鍛え続け、完成する事となる。

刃長89.2cm、反り3.5cm、元幅3.7cm

奇しくも、日本国国宝と呼ばれる日本刀と同じ寸法を持つ刀が出来上がる。

驚愕すべき事に、それはヴェローニカとフンベルトがクラン達と別れ、数ヵ月後の事だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ