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異世界での過ごし方  作者: 太郎
魔女
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98

今回の手合わせのために簡単に木で作った双剣を構えたレナが、腰を落として刀の柄に手を掛けたままのクランに不思議そうに声を掛ける。


「私は準備できたよ。クラン、君が構えたら始めよう」


「僕も準備出来ました」


帰ってきた言葉に、レナは眉間に皺を寄せるが小さく頷く。

それに合わせて、クランもレナの動きを少しでも早く察知しようと神経を糸のように細く紡ぐ。

クランの鋭い視線に、レナは刀を抜かない彼の構えにどんな意味があるか分からなかったが、戦士としての勘が油断をするなと告げる。

知らず浮かぶ口元の小さな笑みに自分でも気付かず、レナは慎重に少しずつ間合いを詰め出す。


一方のクランは腰を落とし、左手は鞘に当たる部分に軽く添え、右手は刀の柄を軽く握った居合いの構えのままその場でレナの様子を覗う。

一瞬でも早く目の前の強敵の気配を察知すべく、意識は彼女を包み込むように向ける。


刀を体で隠す体勢のまま動く様子の無いクランに、レナは自分から仕掛ける事を決めると一気に距離を詰めるべく踏み込む。


瞬間――

レナからは分からないように徐々に刀身ごと左手を前に動かしていたクランは、一気に左手で鞘を引きながら右手で刀を抜き放ち、抜刀術と呼ばれる技でレナの右手首を狙う。


レナは、自分の踏み込みに合わせたクランの攻撃に一瞬反応が遅れる。

どんな達人であろうと、攻撃に移る一瞬は隙が出来る。

その瞬間を狙った彼の攻撃を避ける事は出来ないと瞬時に悟ったレナは、右手首を捻り柄頭で刀を受ける。

神業とも呼べるレナの行動にクランの顔が一瞬驚愕で歪む。

そして、その隙を逃すはずも無くそこからレナの一方的な攻撃が始まった。





「もしかしたら今日はクランが勝つかと思ったのに……」


二人の一連のやり取りを見ていたイヴが、いつもの様にクランの防戦一方の展開になった事に残念そうに呟く。

だが、その側らで目を見開き一瞬の攻防に嘆息する者もいた。


(なに今の!? レナが攻撃しようとした瞬間、一瞬で武器を抜いて右の袈裟懸けに合わせて斬り付けた! しかも、丁度ガントレットの一番構造の弱いところを狙って! この前見た刀の切れ味だったら、手首を切り落とせるかも知れない。だけど、レナもそれを分かって剣の柄頭でクランさんの攻撃を受けた。正直信じられないわね、あのタイミングで攻撃したクランさんも、それを柄頭で受けたレナも。わたしだったらステップ踏んで体ごと避けるしか出来ないわよ……)


まあ、相手にカウンターで攻撃されて避けられる彼女も十分非常識な身体能力を持っていたが……


「でも、いつも体勢を崩しながら避けていたレナさんの攻撃を、今日は踏みとどまって受けていますよ」


ユリの言葉で我に返ったクリスは、今も打ち合う二人に視線を向ける。

そこには、体勢を崩さないようにするために、刀の鎬や、鎧の頑丈な部分で上手くレナの攻撃を受けるクランの姿があった。

嵐のようなレナの攻撃に晒され、徐々に防御の型が崩されてゆく中でも中心線を保つ。

いつもなら、体勢を崩しながらでも鎧に攻撃を受けるような事はせず、決定的ともいえるタイミングで放たれるレナの斬激も、無様に転がりながら避けていた彼の姿からは想像も出来ない。


(なにか狙ってるの?)


常人離れした反射神経を持つ天才ゆえ、戦いの最中に相手の狙いなど考えようともしなかったクリスが初めて他人の行動を予測しようとする。

それは、一流の密偵から超一流へ至る道のへの、彼女の最初の一歩だった。





(おかしい……)


クリスと時を同じくレナもクランの行動に違和感を抱いていた。

今まで何度も手合わせをしたが、その時とは違い己の鎧にレナの木剣が当たり出してもその場に止まり、体勢を崩さないようにする事を最優先する。

目の前の相手の気炎を宿した瞳。

そして、今まで冒険者として過ごして来たキャリアの中でも見た事の無い、信じられない速度の抜刀からの攻撃。

それらの事から、レナの頭の中で最大限の警笛が響く。

それ故、攻撃してしまう。

自分の連激で作り出したと思い込んだクランの決定的な隙に対して






「あっ!」


誰から見ても致命的とも言える隙を晒したクランへ、レナの鋭い右袈裟懸けが見舞われる。

鎧の防具の薄い首元への一撃。

声を上げたユリは、防御の体勢を取るでも無く、無謀にも一瞬遅れてレナに木刀を振り下ろそうとするクランを見て、彼に神聖魔法を掛けるべく走り出す。


いつものレナならば、寸止めが出来るよう全力で剣を振る事などしなかったであろう。

だが、彼女の戦士としての本能が剣速を落とす様な手加減をさせなかった。

もしかしたら、取り返しの付かない事故になるかも知れない。

敏感にそれを感じ取ったクリスもまた、走り出していた。

だが、二人の足は大地の精霊に阻まれたかのようにその場に縫い付けられる。

自分達の目の前の光景が信じられず。






レナは右手首を押さえながらクランを見上げていた。

側らには落ちた自分の二本の木剣。

なぜ自分が手首を押さえながら地面に片膝を付いているか分からない彼女は、ただ呆然とする。


「大丈夫ですか!?」


慌てた様子で駆けつけたユリが彼女に声を掛ける。


「ああ、大丈夫だ」


我に返ったレナが返事をすると、ユリは神聖魔法を唱えだす。


『この者の傷を癒したまえ』


ユリの神聖語に神が答え、レナの手首の傷を癒す。

何度か掌を握ったり開いたりしたレナは、ユリに礼を言った後クランに声を掛ける。


「一体何を?」


油断無く残心を残していたクランだったが、レナにから戦意が感じられないと分かると、一瞬で猛禽類を思わせる顔つきから、おどおどと落ち着きの無い表情へ変化させ慌てて答える。


「すみません、止められなくて! 大丈夫ですか?」


レナは小さく苦笑して、先程ユリへと答えた言葉を繰り返す。


「大丈夫だ。ユリが癒してくれたから今はまったく痛みは無い。それよりもさっきのは?」


「業の名は分かりません。昔、師匠から一度受けた業です」


「それが武道の技なのか?」


いつの間にか傍まで移動したヴェローニカが問う。


「はい、後の先とも呼ばれています。相手の攻撃の意思を感じて、それを上回る速度で攻撃を加える。レナさんとは今まで何度も練習で打ち合っていたので、もしかしたら出来るかと思いまして。居合いもあんな受け方で防がれちゃいましたから、武道を見せるといった手前、後の先を狙うつもりでしたし。本当、想像できませんよ。柄頭で受けるなんて」


笑いながらクランが言う。


「なぜ後の先なんだ?」


「争いの抑止力になると思いませんか? 自分が攻撃しようとしたら、それを上回る攻撃が来るとしたら」


「それでお前は!」


何時かの会話を覚えていて、それを実践して見せたのだ。目の前の男は。

木剣といえども危険であることには変わりない。

現に、先程のやり取りでクランの業が上手く行かなければ大きな怪我を負っていただろう。

神聖魔法を使える人間はいた。

だが、きっと彼は、ユリがいなくても同じ事をしただろう。

なぜか、そう思ったヴェローニカは思わず口にしていた。


「その木刀は、今お前の使っている剣より短く軽いな?」


彼女の問いに、痛い所を突かれたクランは申し訳無さそうに答える。


「その通りです。ですから、僕にはまだ争いを止めるほどの力は有りません。すみません」


自分は悪くないのに詫びを口にする彼が、ヴェローニカはとても嫌いだった。

ヘリオン帝国のせいで少女達を殺め、自分の力が無かったからだと苦悩する彼が。

復讐のために剣を取りながらも、無力だった自分を責める彼が。

自分の父親が剣を打つ時の様に、旅の途中であろうと人知れず何十回、何百回と繰り返し剣を振る彼が。

今まで数万、数十万回剣を振ろうとも、自分自身を認めようとしない彼が。

そう、そんな姿を見るのが、たまらなく嫌だった。


悲しそうな、だが、別の感情の含まれる視線をヴェローニカがクランに向けていると、イヴが声を上げる。


「レナさん。まだ時間も有るし、続きを始めたらどうですか?」


何処と無く棘のある言葉にレナが思わずユリに視線を向けると、彼女の瞳にも肯定の意思が見えた。

クリスはと言うと、言わずもがな。


「クラン、続きを始めよう。それと、今まで手加減していたけど、これからは本気でやるからそのつもりで」


そして、レナ自身も、もやもやした自分の気持を言葉に乗せていた。


「え゛?」


思わず潰されたカエルの様な声が漏れる。


そして、数分後には、本当につぶれたカエルのように地面に這いつくばるクランの姿があった。

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