役立たずガチャスキルの没落少年、お嬢様と「ラブコメ・クエスト」を攻略したら世界最強の探索者に覚醒してしまう ~ただの契約関係のはずが、本気になっていく彼女と俺~『読み切り版』
毎晩20時20分頃、3作品の連続投稿 1作品目!
「来い。一族の復興のための、最強のガチャ!」
ボロいアパートの一室。
薄暗い部屋の中で、『天条 蓮』は、熱のこもった声で言った。
そして一枚の白いコインを鉄の筐体に投入する。
これから彼が使用するのは、【太陽神の宝物庫】という彼自身の特別な能力。
コインを投入し、ガチャを回すことで、強力な武器や能力がいくらでも得られるという最強の能力だ。
鉄の筐体『ガチャボックス』が、パチパチと青白い火花を散らしながら震え始める。
「来た。今度こそ、当たりの力が……!」
その反応に、蓮は歓喜の声を上げた。
握る拳に汗がにじむ。
徐々に振動は大きくなり、その影響は部屋全体に及び始めた。
ミシミシと壁が軋む音がし、ガチャボックスを中心に強い風が吹き荒れる。
蓮はガチャの結果が出るのを、待ちわびた。
失われた一族の誇り、踏みにじられ続けてきた想い、そして何より、何の結果も出せない自分自身。
その全てが、このガチャ結果に懸かっていた。
──ゴォオオオオオオッ
やがてガチャの振動は収まり、「チン」と音を立ててカプセルが排出された。
蓮は飛びつくようにカプセルを取り出し、蓋を開ける。
果たして中に入っていたのは、──
取っ手の付いた、『テフロン製のフライパン』だった。
焦げ付きにくく、料理に最適である。
世界からあらゆる音が失われたような静寂が漂う。
沈黙に堪えきれず、蓮は叫んだ。
「フライパンじゃねーか!!!」
彼の絶叫が、朝から住宅街に響き渡る。
「フライパンでモンスターと戦えるかー! これで目玉焼きでも作れってか!? 誰が料理したいって言ったよ!」
そう、蓮の【太陽神の宝物庫】は、「神」とか言う仰々しい名前の割に、今まで一度も当たりを排出したことのないゴミスキルだった。
「はぁ……、今日も駄目だったか……」
蓮はため息をつくと、空中に手をかざして、【太陽神の宝物庫】のもう一つの機能である『クエスト帳』を召喚した。
手のひらサイズのメモ帳が出現し、今日のデイリークエストが表示される。
「やっぱり一番上はこれか……」
《クエスト一覧》
・告白されよう!
・腕立て伏せ10回
・スクワット10回
クエストは毎日3つ表示される。
そして一番上はなぜか毎回、恋愛に関するクエストだった。
「恋人なんて、くだらない……」
蓮はクエスト帳を見て、力なく呟いた。
今の自分には、一族の復興の方が重要である。
「さて、今日も飯代を稼ぎに行くとするか……」
蓮はクエスト帳をしまうと、テフロン製フライパンをリュックに突っ込み、日銭を稼ぎにダンジョンへと向かった。
◆◆◆
D級ダンジョン『迷い森』浅層。
蓮が探索をしている時のこと。
遠くから、激しい打撃音が聞こえてきた。
「くっ……! 何でこんなところに『レッドオーク』が2体も……!」
そこにいたのは、一人の少女だ。
年齢は二十歳前後。
金髪のポニーテールを揺らしながら、必死にレイピアを振るい、モンスターと交戦している。
レイピアの構えは様になっており、素人ではないことが分かる。
しかし、身につける衣服は、高級感あふれるドレスにハイヒールのパンプスと、およそダンジョンに適さないものだった。
しかも相手は『オーラ値50』を誇るレッドオーク。
オーラ値とは、モンスターの強さの指標である。オーラ値50のレッドオークは、浅層では規格外の強さだ。
恐らく何かの拍子に浅層に迷い込んで来たのだろうが、そんなのに遭遇するとは、運が悪いとしか言い様がなかった。
「あっ……!?」
その時、パンプスのヒールが根元から折れ、少女の体勢が大きく崩れた。
「グォオオオオオ!」
その隙を逃さず、レッドオークは棍棒を振り下ろす。
(しまった……!)
咄嗟に回避しようとするが、間に合わない。
少女は痛みに備えて固く目をつむった。
その時だった。
──パァアアンッ!
ダンジョン内に、妙に間の抜けた打撃音が響いた。
蓮が背後から飛びかかり、レッドオークの頭部をフライパンでぶっ叩いたのだ。
「グギャアッ!?」
頭部を殴打されたレッドオークは、無様な悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
「グォオオオオオ!」
もう一体のレッドオークが、突如現れた敵を前に咆哮を上げる。
しかし、蓮はその咆哮にも怯むことなく、腰のホルダーからある物を取り出した。
取り出したのは、『業務用強力洗剤』。
手早くキャップを外すと、一気に中身を地面にぶちまける。
「食らえっ!」
そして蓮が膝裏に一撃を入れると、レッドオークはバランスを崩して派手に転倒した。
地面には洗剤がまかれている。
一度転倒したら、レッドオークの巨体ではなかなか起き上がれない。
すかさず蓮は、パニックを起こすレッドオークの脳天に、フライパンを振り下ろそうとし──
「おわぁっ!?」
──自身も地面の洗剤に足を滑らし、転びそうになってしまった。
モンスターと一緒にツルツルと足を滑らせる様子はまるでコントのようだが、本人は至って真面目である。
蓮がジタバタと足を滑らしている間に、レッドオークが起き上がろうとする。
このままではせっかくのチャンスが無駄になってしまう。
「どいてっ!」
その時、横から少女が短く鋭い声を発した。
蓮が横に避けると同時に、少女が前へ出て、レイピアでレッドオークの核を破壊する。
二体のレッドオークは、塵となってダンジョンの空気に溶けていった。
◆◆◆
「はぁ……はぁ……っ」
助けられた少女──『神宮寺エレノア』は、息を整えながらレイピアを鞘に収めた。
そしてどうにか洗剤から抜け出した同年代の青年──蓮に目を向ける。
あまりにも奇妙なアシストを受けたことに、彼女は戸惑いを隠せなかった。
「助かったわ、ありがとう。……それで、なにかしら? その……手に持っている調理器具と、薬品は?」
「ただのフライパンと洗剤だ。欲しければ通販で買えるぞ」
蓮は素っ気なく答えた。
そして、リュックを背負い、「じゃあな」と言ってさっさと立ち去ろうとした。
それを見たエレノアは慌てて服を掴み、蓮を引き留める。
「ちょっと、もう行っちゃうの!?」
「何だよ、もう用は済んだだろ」
蓮が面倒くさそうに答えると、エレノアは声を小さくして口ごもる。
「そうなんだけど、その、助けてもらったお礼というか……」
「いいよ、そんなの」
「わーっ、待って! ごめんごめん! 正直に言うと、まだ困っていることがあるの!」
再び立ち去ろうとするも引き留められ、蓮はうろんな目でエレノアを見た。
ダンジョンに適さない服装から、何か事情があると思っていたが、その予感は的中してしまったらしい。
(面倒事に巻き込まれたかな……)
彼はため息をつくと、諦めて足を止めた。
エレノアはパッと表情を明るくし、話し始める。
「あのね、実はお願いしたいことがあって……」
金か。それとも家や交番など連れて行って欲しい場所があるのだろうか。
蓮はそんな想像をしながら、相手の言葉を待つ。
しかし、次にエレノアの口から発せられたのは、彼にとってあまりに予想外の要求だった。
「私の、恋人になって欲しいの!」
「……は?」
クエスト帳の項目が一つ、埋まる気配がした。
◆◆◆
「なるほどな。強引な父親に知らない人と結婚させられそうになって、パーティーから逃げてきたのか」
エレノアから事情を聞き、蓮はうんうんと頷いた。
「そう。そして親の決めた相手と結婚しないために、あなたに私の恋人のフリをして欲しいの!」
エレノアは最高のアイデアだと言わんばかりに、自信ありげに胸を張る。
蓮はエレノアの無茶な要求に、心の中で頭を抱えた。
彼は「できるわけがない」と思っていた。
(恋人がいるから無理って言って、父親が諦めるわけがないだろ。それに、そんな嘘はすぐにバレるに決まっている……!)
だが、蓮にはそのお願いを断れない理由があった。
天条一族の掟に、『受けた恩は必ず返せ』というものがある。
先ほど、エレノアから恋人になるようにお願いされたことで、今日のクエスト『告白されよう!』が達成されてしまったのだ。
受けた恩は返さなければならない、何があっても。
レッドオークから助けたのは、代わりにとどめを刺してもらったのでチャラである。
蓮は額に嫌な汗をかきながら、最後の抵抗を試みた。
「なあ、他に何か頼みたいことはないか……? もっと簡単に、今すぐできるようなことがいい……」
しかしエレノアは無情にも、笑顔で首を横に振った。
「ないわ。私が一番困っているのが、これだもの」
こうして、蓮はエレノアの恋人役を引き受けるハメになった。
◆◆◆
「ここが蓮の家……!」
蓮のアパートに入ったエレノアは、その光景に目を輝かせた。
「見ての通り狭いぞ、ここ」
蓮はため息をつきながら、部屋をかたづける。
パーティーから着の身着のままで抜け出してきたエレノアは、今晩泊まるところがないと言い、まさかの蓮のアパートまで着いてきていた。
(それだったら最初から、一晩泊めて欲しいとお願いしてくれれば良かったのに……)
まるでたった一つのお願いに対して、「100個のお願いを叶えて欲しい」とズルをされた気分である。
「そこ座れよ」
部屋を片付けた蓮は、そう言って床のクッションの上にエレノアを座らせた。
エレノアが戸惑いつつ腰を下ろすと、彼女の足へと手を伸ばす。
「きゃっ、ちょっと、何するつもり!? 私たちはあくまで偽の恋人だから……!」
「足、痛めていただろ。無理するなよ」
そう言って彼は、引き出しから救急箱を取り出した。
足の傷の様子を見ながら、消毒液を塗布し、絆創膏を貼っていく。
「動きにくい靴でダンジョンに入るからだ。ダンジョンには危険も多い。今後は準備がないときは安易に入るなよ」
ぶっきらぼうな態度に反して、その手つきは丁寧で優しかった。
エレノアは黙って、蓮が自分の足を手当するのを見つめる。
「よし、これで完了だ。まだ痛いところあるか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう……」
そしてエレノアは、足を軽く動かしながら言った。
「手当てが上手なのね」
「俺もよく怪我をするからな。ほら、今日は俺の服を貸してやるから、さっさと着替えて休め」
笑いながら言うと、蓮が棚から服を取り出して渡す。
エレノアはそれを言葉少なげに受け取った。
「あ……、うん……」
なぜだろう。不思議と上手く声が出ない。
それに、顔も熱い気がする。
着替えを両手に抱えた時、エレノアの胸は苦しいくらいにドキドキと鼓動していた。
◆◆◆
夕食の後、蓮は金色のコインを取り出し、ガチャボックスに近づいた。
いつもとコインの色が違う気がするが、気にせず投入する。
今朝と同じように、派手な演出が始まる。
「何? 何が始まるの?」
エレノアはワクワクした様子でガチャボックスを見つめる。
「ゴミが出てくるだけだよ」
エレノアの反応とは対照的に、蓮は特に期待しない様子で答える。
やがて、チンと音を立ててカプセルが出てきた。
蓮が手に取って蓋を開ける。
そこに入っていたのは、──
「嘘だろ……」
蓮は出てきた物を手に、言葉を失った。
『脈動の刀剣・朝切』
(効果:この刀にオーラを注入すると、身体能力が上昇する)
白銀の美しい刀だった。
鋭い刃をしており、ずっしりと重い。
「わぁー、凄い。綺麗な刀ね」
「これはどれくらい当たりなの?」と尋ねようとしたエレノアは、連の顔を見てギョッとした。
蓮は刀を手に、ポタポタと涙を流していた。
「ついに……、ついにやりました。父上……、母上……」
ずっと苦しかった。ずっと一人で堪えていた。
殺された両親を含めて、一族の無念を晴らし、天条家を復興させるために。
それが今日、やっと成果が出たのだ。
(いや、まだ武器を手に入れただけだ。これから……)
やるべきことは、まだ沢山ある。
そう思って蓮が涙を拭いて隣を見ると、エレノアが寄り添ってくれていた。
彼女は蓮の肩をそっと抱き、優しく頭を撫でる。
「よかったね」
「……ああ」
蓮は人のぬくもりを感じながら、喜びに浸った。
◆◆◆
その様子を、外から見る者がいた。
「旦那様、いかがなさいますか?」
エレノアの父の部下、『桐島影臣』である。
影臣はエレノアの父に連絡を取り、指示を仰いだ。
『ふん、小娘が一人で生きていけるつもりか』
通話の先でエレノアの父は忌々しげな声を出す。
『明日、私が直接連れ戻しに行く。お前はそれまで、娘のことを見張っていろ』
脅威は、近くまで迫っていた。
◆◆◆
翌日、蓮とエレノアがダンジョンへ向かう準備をしているところだった。
──ピンポーン
「はーい」
インターホンが鳴り、エレノアがドアを開けると、
「お嬢様、おはようございます」
「げっ、影臣……!?」
エレノアの父の部下、影臣が立っていた。
「なんであんたがここにいるのよ……!」
思わずとげとげしい態度を取るエレノア。
しかし、次の瞬間、彼女は表情を一変させた。
「お前を迎えに来たに決まっている。手間をかけさせおって」
「お父様……!?」
ぬっと影臣の後ろから姿を現したのは、エレノアの父、豪厳だった。
豪厳はエレノアの手を掴んで言う。
「わがままは終わりだ。今すぐ帰るぞ」
「嫌です。私は帰りません」
しかし、彼女は父親の手を振り払い、毅然とした態度で拒絶した。
「私はお父様の決めた相手とは結婚しません。自分が選んだ恋人がいますから」
「何?」
眉をひそめる豪厳に、影臣が耳打ちする。
「お嬢様は昨日、この家の青年に泊めてもらったそうです。恐らく、それが恋人ということかと」
豪厳は額に手を当て、うめくように言った。
「昨日会ったばかりの人間が恋人だと? 冗談も大概にしなさい」
「いいえ、私たちは本当に愛し合っているんです」
「世間知らずのお前に、人を見る目があるものか。騙されているに決まっている」
「少なくともあの人は、娘を会ったこともない男と結婚させたりしないわ。その分、お父様よりも立派よ」
「じゃあ、その人を連れて来なさい。どんな人物なのか、直接この目で確かめる」
豪厳の言葉に、エレノアが部屋の中の蓮を呼びに行く。
呼び出された蓮は、多少緊張しながらも豪厳と向かい合った。
「君が天条蓮か。君はエレノアを愛しているのかね」
「はい、真実の愛です」
蓮は豪厳にはっきりと答える。
豪厳は苦悶の表現を浮かべた。
「単刀直入に言おう。娘と別れて欲しい。君たちはまだ会って一日しか経っていないだろう?」
「そう言われても、別れるわけにはいきません。僕は彼女を愛しています」
蓮としては、本心では別れても構わないのだが、受けた恩を返すため、恋人として振る舞っている。
にもかかわらず、蓮の後ろで、エレノアがキュンとした表情で「蓮……」と呟いていた。
(あくまでも演技だってこと、分かっているのか……?)
一瞬、その顔が真剣に見えた蓮は、疑問を抱く。
そこで影臣が口を挟んだ。
「旦那様、どうやら二人の絆は固い様子。ここは無理矢理別れさせるより、条件を出してはいかがでしょう」
「条件……?」
豪厳は影臣に目を向ける。
影臣は澄ました顔で言った。
「彼も探索者の様子。そこで、探索者同士の勝負をするのです。我々が勝ったら、お嬢様のことは諦めていただく。彼が勝ったら、お嬢様との交際を認めましょう」
「それはいい」
豪厳は影臣の言葉に笑みを浮かべた。
影臣は長年仕えてきた部下。
その実力は豪厳もよく知っている。
その辺の若者に負けるわけがないと、豪厳は思っていた。
「どうだ、君も探索者なら、勝負から逃げたりはしないだろう?」
「もちろん受けます!」
蓮が答える前に、エレノアが大きな声で返事をした。
「勝負の方法は定番の『Dシード』集め。場所はD級ダンジョン『迷い森』で、正午から二時間以内により多くの下級Dシードを集めた方が勝ちにしましょう」
異論はないという様子で豪厳と影臣が頷く。
Dシードとは、モンスターを倒すと手に入る黒い物体だ。
砕くことでオーラを増加させることができ、モンスターの討伐証明としてもよく使われる。
さらに影臣が付け加えて言った。
「これでも私はA級探索者。このままでは実力差がありすぎます。そこでハンデとして、そちらはお嬢様と蓮殿の二人といたしましょう。代わりに、終わってから、文句はなしとしていただきます」
そして、「それでは正午に」と言い残して、豪厳と影臣は帰って行った。
◆◆◆
「おい、安易に勝負を受けて大丈夫だったのか? 相手はA級探索者なんだろ?」
豪厳と影臣が帰った後、蓮はエレノアに尋ねた。
A級探索者と言えば、探索者の中でもトップに位置する存在。
残念ながら今の自分たちでは勝てない。
しかしエレノアは笑顔で言った。
「ええ、むしろこれはチャンスよ。相手は私たちをただのD級探索者だと思っている。蓮の『刀』と数の差があれば、二時間の短時間なら、私たちが勝つわ」
(俺がわざと手を抜くとは、考えないのか……)
蓮はエレノアの様子を見て、ひっそりと考えた。
蓮がわざと負けて、厄介事から手を引く可能性だってあるのだ。
(まあ、それだけ信頼されているってことか……)
蓮はため息をつき、頭を掻いた。
蓮が恩返しをする相手はエレノアである。
面倒だからと裏切るわけにはいかない。
「それじゃあ、ダンジョンに行こう」
二人は話し合いを終え、勝負の場へと向かった。
◆◆◆
D級ダンジョン『迷い森』入り口付近。
蓮とエレノア、豪厳と影臣は向かい合って立っていた。
「それでは改めて勝負内容を確認する。制限時間は今から二時間。時間内にこのダンジョンでより多くのDシードを集めた方が勝ち。こちらは影臣一人に対し、そちらは蓮君とエレノアの二人。影臣が勝ったら、エレノアは蓮君と別れて家に帰る。影臣が負けたら、エレノアは自由にする。間違いないか」
「ええ、それで構わないわ」
エレノアが代表して答える。
豪厳は頷くと、時計を見ながら言った。
「よろしい。それでは……、開始!」
豪厳の合図で、三人は駆け出した。
◆◆◆
事前の取り決め通り、蓮とエレノアは別行動をしていた。
浅層のモンスターであれば、蓮もエレノアも一人で倒せる。
であれば、一緒に行動するより、別れて行動した方が効率よくDシードを集められるという判断だった。
蓮は朝切を懐から取り出し、刀身にオーラを込めた。
途端に身体が熱くなり、全身が躍動する。
(これなら……!)
前方に見つけたゴブリンに向かって、蓮はグッと足に力を入れた。
瞬間、思いがけない速度で周囲の景色が通り過ぎる。
蓮は風を切る速さで接近すると、ゴブリンが気がつくよりも早く刀を振り下ろした。
「ギャッ!?」
ゴブリンは短い悲鳴を上げて、Dシードを残して塵となる。
「凄い力だな、この朝切って刀は」
蓮はDシードを拾うと、刀を見つめて呟く。
身体能力の上昇だけではない。
朝切はその切れ味も、名刀と呼ばれるような代物だった。
「この調子なら、二時間で100個は集められるな」
蓮は刀を手に、さらなるDシードを求めて駆け出した。
◆◆◆
「『晶光の聖域!』
エレノアは大きなネズミのモンスターを、生成した結晶で攻撃した。
エレノアが使用したのは、『固有天賦』という探索者が持つ特殊な能力である。
蓮のガチャも固有天賦であり、エレノアのは、オーラを結晶に変換する能力だった。
「よし、これで3個目」
開始から15分。悪くないペースである。
エレノアが地面からDシードを拾った時だった。
「なかなかやりますね、お嬢様」
木の陰から、影臣が現れた。
「しかしこのままでは勝ちは絶望的でしょう。いくら二人がかりでも、私が負けるとは思えない」
「何の用……?」
エレノアは突然現れた敵に、警戒心を露わにする。
しかし影臣は胸に手をあて、予想外のことを言い始めた。
「この勝負、私はわざと負けようと思います。そしてお嬢様には、蓮殿と一緒になっていただきたいのです」
「いったいどうして……?」
突然の申し出に、エレノアは困惑した。
それに対して影臣は言う。
「兼ねてから旦那様の強引なやり方には、反対する者が多くおります。私もその一人。お嬢様には旦那様から逃れて自由になって欲しいのです」
「そうだったの……」
知らなかった。父親の人間関係について、深く考えたことがなかった。
しかし、言われてみれば、長年強引なやり方で接していれば、周囲には敵も多くなるかもしれない。
「お嬢様、私の集めたDシードのある場所へご案内いたします。どうぞお手を」
そう言って影臣がそっと手を差し出す。
エレノアが何気なく、その手を取った瞬間だった。
グワンと揺れるめまいのような感覚。
あまりの衝撃に、気を失いそうになる。
彼女は咄嗟に手を放し、驚愕の目つきで相手を見つめた。
「今のは……!」
「おや、気がつきましたか……」
影臣が、能面のような笑顔を顔に貼り付けたまま言う。
エレノアが感じた、魂を直接触れられるような、気持ちの悪い感覚。
精神系の固有天賦を使って、精神に干渉された時の感覚だった。
しかし、それは犯罪のはずだ。
「やはり一度に強い精神干渉を行うと、拒絶されやすい。精神系天賦のデメリットですな」
悪びれもせず、影臣は芝居がかった調子で話す。
どうやら冗談ではないらしい。
「このことは警察に通報するわ。勝負は中止、あんたは監獄行きよ……!」
エレノアはそっとポケットに手を突っ込むと、手探りにスマホを操作した。
番号を押して、警察に向けて発信する。
恐らく正確に通報できただろう。
しかしその直後、影臣の声色が一変した。
「まったく、大人しく洗脳されていれば、痛い目を見ずに済んだというのに……」
「……っ!?」
瞬間、影臣は素早く距離を詰めると、エレノアの鳩尾へ一発、拳をたたき込んだ。
相手は腐ってもA級探索者。その一撃は重い。
「かはっ……!」
衝撃に、エレノアの口から空気が漏れ出る。
途端に意識が遠くなっていく。
「お前を人質だ。あの馬鹿親父から大金をもらって、海外に逃亡する俺の計画のな」
影臣は気絶したエレノアを抱えると、自らの拠点へと走り出した。
◆◆◆
エレノアが目を覚ますと、そこは薄暗い森の中だった。
太い木々が立ち並び、冷たく湿った空気が漂う。
恐らく『迷い森』深層。
浅層よりも凶悪なモンスターが跋扈する危険な区画だ。
立ち上がろうとした彼女は、自分が木に縛り付けられていることに気がついた。
「目が覚めたか」
顔を上げると、目の前に影臣が座っていた。
まるでキャンプでもするように、お湯を沸かしてコーヒーを淹れている。
「最初から大人しくしていればいいものを。馬鹿な女だ」
そう言って影臣はカップを手に取ると、コーヒーの香りを嗅いだ。
鼻につくようなキザな態度だ。
「いや、家出をして知らない男の家に上がり込むくらいだから、私が想像した以上に馬鹿なのかもしれないな」
瞬間、エレノアは足を伸ばして、相手のコーヒーセットを蹴飛ばした。
ポットに残っていたお湯が飛び散り、影臣にかかる。
「ごめんなさい。馬鹿な女は足癖も悪いみたいで」
「この女……!」
煽るように言うと、影臣は青筋を立ててエレノアを睨み付けた。
立ち上がって近くまで来ると、髪を掴み、彼女の顔面を殴る。
口の中が切れ、口内に血の味が滲んだ。
「ふふ、堪え性がないのね。器も小さそうだわ」
「クソ女が……! 金が手に入るまでは無傷で済まそうと思ったが、先に少し痛めつけてやる」
影臣は逆上し、さらに拳を振りかぶった。
しかしエレノアは、影臣の言葉に、こっそりと小さく笑っていた。
(あいつが私のためにお金を払うわけがないじゃない。自分のことしか考えていないような、あの傲慢な男が……)
父親は昔から仕事ばかりで、娘の誕生日にも顔を出さなかった。
そんな人間に、親子の情などあるはずもない。
影臣の拳が眼前に迫る。
先ほどは手加減されていたようだが、今度は本気だ。
殴られれば、顔の骨が折れるだろう。
エレノアは目を閉じ、歯を食いしばった。
その時だった。
「おらぁあっ!」
横から、凄まじい勢いで影臣に体当たりする者が現れた。
影臣は吹き飛び、木々の中へ突っ込んで行く。
いったい何者かと、エレノアは目を見張った。
見ればそれはエレノアの偽の恋人、天条蓮だった。
蓮はエレノアを見ると、いきなり大きな声で言った。
「お前な、助けを求めて連絡するなら、場所くらい分かるようにしろよ! 会話の中に混ぜるとか、色々あるだろ!」
「何言ってんの? 誰も連絡なんてしてないわよ! 勝手なこと言わないで!」
「しただろう! 今も繋がっているんだぞ!」
その言葉で、エレノアは自分が連絡したのが、警察ではなく蓮だったと理解した。
画面を見ずに勘で操作したから、どこに繋がるかは運次第だったのだ。
事情を察した蓮は、汗だくの泥まみれになりながら、エレノアを探してダンジョン中を走り回ってくれたようだ。
彼は刀で縄を切ると、エレノアに手を貸して立たせた。
精神干渉などされていないはずなのに。その手に触れた瞬間、エレノアは何だか勇気が湧いてくるようだった。
「このガキども……! 俺に逆らうとどうなるか、思い知らせてやる……!」
木々の向こうから、影臣が血走った目でやって来る。
しかし蓮は不敵な笑みを浮かべて言った。
「おいおい、まさか俺が一人で来たと思っているのかよ。警察に通報してから来たに決まっているだろ」
「な……、まさか……!?」
影臣が動揺して周囲を見渡す。
瞬間、エレノアは相手の足を結晶で固めた。
打ち合わせなどしなくても、彼女には蓮が何をしようとしているのか分かった。
「しまった……!?」
身動きが取れなくなった影臣は、一瞬パニックに陥る。
その隙を逃さず、蓮は相手の懐へと飛び込んだ。
朝切の効果で、その身体能力はA級探索者と同等にまで引き上げられている。
「嘘だ、馬鹿」
蓮は刀の柄で、相手のアゴを下から強く打ち上げた。
◆◆◆
それから数日は警察による事情聴取が行われるなど、バタバタと騒がしい日々が続いていた。
聞いたところによると、影臣は経歴詐称もしており、その探索者ランクはC級だったらしい。
これまでの仕事の成果は、他の探索者に依頼していたそうだ。
事情聴取を終え、ようやく解放された蓮が警察署から出てくると、エレノアが迎えに来ていた。
「お勤めご苦労様」
「俺は捕まってねえよ」
そのままの流れで、二人で近くの喫茶店に入る。
一瞬、二人ともどうしていいのか分からず、気まずい沈黙が流れた。
先に沈黙を破ったのはエレノアだった。
「お父様はあの後、改心したみたいで、私に結婚するように言ったりしなくなったわ。『人を見る目がないのは私だった』って言ってた。影臣に裏切られたのが効いたみたいね」
「そうか。よかったじゃないか」
蓮はコーヒーに口を付け、そのあまりの熱さに顔をしかめる。
そしてカップを置いてから言った。
「ということは、もう恋人のフリをする必要もなくなったわけだ」
「え、ええ、そうね……」
エレノアは、どこかぎこちない様子で答えた。
髪を触りながら、続けて言う。
「それで、その、提案なんだけど……」
エレノアはチラチラと上目遣いに蓮を見た。
これから言うべき言葉は決まっている。
しかし、その言葉を蓮は遮った。
「待った。もし何かお願いをするつもりなら断らせてもらう。俺は受けた恩を返したし、これ以上トラブルに関わるつもりはない」
蓮には一族の復興という目標があり、この後もすぐにダンジョンに向かう予定だ。
エレノアの要求が何であれ、引き受けるわけにはいかなかった。
「あ、そう……」
一瞬、残念そうな顔をしたものの、エレノアはすぐにわざとらしく明るい表情を作って言った。
「あーあ、将来有望な探索者をスカウトしようとしたのに失敗しちゃった。なかなか上手くいかないものね」
「期待に応えられなくて悪かったな」
「仕方ないわよ。でも、後からもったいないことをしたって、後悔しても遅いからね」
負け惜しみのように言うと、エレノアは机の上の飲み物を掲げた。
「私はもう少しゆっくりしていくから、用事があるなら先に帰っていいわよ。一人で過ごしたい気分なの」
「そうか。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
蓮はエレノアの言葉に従い、素直に席を立つ。
その足取りに未練がましい様子はなく、実にあっさりとしたものだった。
カランカランというカウベルの音とともに、蓮は店を出て行った。
一人になったエレノアは、座る者の居なくなった前の席を見つめ、「はぁ」とため息をついた。
(脈なしなら、仕方ないか……)
ゆったりとしたBGMが店内に流れる。
音楽に耳をかたむけながら、エレノアが感傷に浸っていたときだった。
再びカウベルの音とともに、蓮が入店してきた。
彼はエレノアの前にやって来ると、真剣な表情を見せた。
「あのさ……」
「え、な、なに……?」
どぎまぎとしながら、エレノアは蓮の方を向いた。
(まさか……!?)
気が変わったとでも言うのだろうか。
一瞬でエレノアの脳内に思考が駆け巡る。
(どうしよう。家はどっちの家に住んだらいい? いや、いきなり同棲は早いか。いや、でももう蓮の家に泊まったことがあるくらいだし……)
胸がドキドキとして、顔が赤く染まる。
視線をそらそうとしたが、蓮の真剣な目に見つめられたら、できなかった。
見つめ合い、二人の間で緊張が高まっていく。
そしてついに、蓮は覚悟を決めたように言った。
「帰りのバス代、貸してくれない?」
「…………え?」
目を丸くするエレノアに、蓮は言った。
「財布を見たら予想外に手持ちがなくて、普段はこんなことはないんだけど……」
恥ずかしそうに言い訳をする蓮に、エレノアは堪えきれず、クスクスと笑い出してしまった。
そしてどうにか笑いを抑えて言う。
「ええ、いいわよ。きちんと恩返しをしてくれるなら」
二人の関係は、まだしばらく続く。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
以下のスケジュールで、読み切り作品を3作品連続で投稿する予定です!
【3連休 投稿スケジュール】
•10月10日(土)20時20分頃
役立たずガチャスキルの没落少年、お嬢様と『恋人ごっこ』クエストを攻略したら世界最強の探索者に覚醒してしまう ~ただの契約関係のはずが、本気になっていく彼女と俺~
•10月11日(日)20時20分頃
絶対に目立ちたくない異世界帰りの元勇者、幼なじみの配信で知らないうちに大バズり中~本人はネットにうとい陰キャなので、何も知りません~
•10月12日(月・祝)20時20分頃
追放された底辺探索者のやり直し学園生活~10年前に戻った俺は、スキルボードと未来の知識で無双する~
【今後の連載化について】
皆様からの評価によって、今後の展開を決定します!
★ 1位の作品 ➔ 12月中旬より「長編化(30話以上)」して連載決定!
★ 2位の作品 ➔ 12月上旬より「中編化(10話程度)」して連載決定!
※評価の集計締め切り:10月18日(日)正午まで
「この続きが読みたい!」「連載で追いたい!」と思ってくださった方は、ぜひ作品ページ下の評価で応援していただけると嬉しいです!
皆様の応援を心よりお待ちしております。よろしくお願いします!




