好きな相手を監禁したい社長令嬢は超能力者の女性に恋をします
「ああああああまたー!!!」
都内某所にあるマンションの一室、の格子を嵌めた部屋の奥。
そこで怠惰にマクドナルドのセットを食している恰幅の良い女性を見て、背中までの長い髪の細身の女性が悲鳴を上げた。
「うるせえなあ」
「うるせえなあじゃない!
どうやって出たの!?
今度は扉にもセキュリティロックつけて、格子にも南京錠何個もつけて、ペットカメラまでつけたのに!」
髪を振り乱して騒ぐ女性に、恰幅の良い女性は「は」と鼻で笑う。
「そんなもの、瞬間移動の前では無力」
「あああああああもおおおおおおおおおおお!」
頭を抱えている女性の名はサユリ。そのサユリに監禁(?)されている恰幅の良い女性の名はマチコ。
本来縁もゆかりもない関係性の二人の女性だが、なぜかサユリはマチコを監禁したがっていた。
「どうやったらあなたを監禁出来るの!」
「それを本人に聞く? 聞いちゃう? なぜなにクエスチョンしちゃう?」
「馬鹿にしてるでしょう!?」
「本人に聞いちゃう迂闊さに関しては」
マチコはまた鼻で笑って、「お身近に超能力者はいませんか?」と小馬鹿にしてくる。
「いるわけないでしょ!」
「いるなら聞いたらいいのに」
「だから! い・な・い!」
「社長令嬢ほどの知名度があっても知り合いにはいないか」
いいこと聞いた、とマチコ。サユリは「一体なにに使う気よ」と胡乱な目つきだ。
「まああたしを監禁したかったら核シェルターでも持ってくるんだね」
「………ほう?」
不意に適当にマチコが言った台詞に、サユリは目を光らせる。
「わかりました。必ず、核シェルターにあなたの終の棲家をご用意しましょう。
覚悟しておくことね」
それだけ言って、サユリはマチコに背を向け、玄関へと向かう。
その間、丁寧に格子の鍵を閉め、何十個もの南京錠をつけて。
無意味だとわかっていてもやらずにいられないらしい。
「じゃあ、マチコ。大人しくしててね」
「はいはい」
その会話を最後に玄関の扉がバタンと閉まる。
「核シェルターだって、超能力を防ぐ力はないんだから無意味だってわからないもんかな」
そう呟いたマチコの声が反響した。
サユリは由緒正しい名家の娘であり、社長令嬢だ。
欲しいものはなんでも手に入ったサユリにとって、唯一自分の意のままにならないのがマチコだった。
「お父様、核シェルターを用意していただきたいのです」
自宅の父の書斎に押しかけて凄みのある真顔で宣ったサユリに、父親はわずかに身を引いて、「核シェルター」とオウム返しした。
「そうです。核シェルター」
「核シェルター」
「はい、核シェルター」
繰り返すことで娘が本気だと理解した父親は、やや困惑しながらも、
「まあ、お前が欲しいならいいだろう」
と許可した。
マチコがいたら「そんなもんホイホイ許可すんな」とツッコんだだろう。
「その代わり、」
「なんでしょう?」
「見合いをしてもらうぞ、サユリ」
「え」
サユリは思わぬことを言われた顔で固まる。
「お前はこの名家の一人娘。年齢を考えても、見合いの話は妥当だ。
まさかいやとは言わせんぞ」
「………………」
「サユリ」
低い声で父が名を呼ぶ。頭の中が真っ白になった。
「核シェルターが欲しいんだろう?」
「…………は、い」
そうだ。核シェルターさえあればマチコの永遠が手に入るのだ。
ならば、断る選択肢は自分にはない。
「わかり、ました」
か細い声で頷いたサユリは書斎を出て自室に戻る。
ぼすっとベッドの上に身を投げ出し、思い返すのはマチコとの出会い。
『危ない!』
その日は夏で、あまりの暑さにぼうっとしながら交差点を渡っていたら、赤信号無視の車が突っ込んできた。
気づいた時には遅く、もう間に合わないと思った瞬間、誰かに身体を抱きしめられて。
次の瞬間、自分の身体は歩道に座っていた。
「ったく、危ねえなあ。ちゃんと前見て運転しろよ」
そう舌打ちした女性の声が聞こえる。我に返って顔を上げたら、彼女と目が合った。
「無事か?」
自分の容姿とは正反対の恰幅の良い女性。だけどそう尋ねて笑った顔は、どんな男性よりも格好良くて。
「は、はい…!」
つい、頬を赤らめて頷いた。
なんて、素敵な方。この人のことが知りたい。
「わ、私、サユリと言います。あなたは?」
「あたし? マチコ」
「マチコさん。あの、私、こういうものです!
せめてものお礼にこれを!」
思えば初めての恋だった。緊張して小切手を渡したらマチコは目を点にして固まった後、
「重っ!」
とツッコんで笑ったのだ。
その日から、あなたは私の世界の全て。
結局父に逆らうことも出来ず、見合いの日が来てしまった。
せめてその前にマチコに会いたいと彼女を監禁している部屋に足を運ぶ。
「おう、来たか」
「また、牛丼なんか食べて……。
どこに行っていたんですか」
「すき家」
「あなたは、その不摂生な生活を改めなさいと何度私が言って……」
そこまで口にして、これから先、自分がそんなことを言っていられるのだろうかと考える。
見合いをするなら、結婚してその相手の子を産むことになるのに。
「………………」
「まあいいけどさ」
つい黙ってしまったサユリに、立ち上がったマチコがそう言って手を伸ばす。
「なんか具合悪いの?」
自分のより大きな手が額に触れる。その温かさに胸が震えた。
「しっかりしてくれよ。ぼうっとしてるあんたなんてあんたらしくもない」
「……そう、そうですわね」
少し泣きそうになってしまった。
監禁するような、そんな物騒な自分を「らしい」と言ってくれる。
自分のありのままを受け入れて笑ってくれるのはマチコだけ。
だから、核シェルターのために結婚するのだ。
マチコをずっとそばに置いておくために。そのためならなんだって出来る。
「じゃあ、すぐ戻って来ますわ。良い子にしておくんですのよ」
「はいはい」
そう、いつものように言って、玄関の外に出る。
「大丈夫。私、マチコさんがいれば大丈夫ですわ」
そう胸に手を当てて微笑んだ。
室内で、
「へえ、お見合い」
と心を読んだマチコが呟いたのも知らず。
「初めまして。サユリさん。丈二です」
見合い場所は相手の家だった。
高級低層マンションのリビングで手を差し出した丈二の手を握り返す。
「サユリです。よろしくお願いします」
「いや~、嬉しいよ。サユリさんすごく可愛いし、ぼく勝ち組だね」
「そんなこと、ありませんわ」
そう、そんなことはない。こんな、好きになった相手を監禁してしまう女。
それが間違いだとは思っていない。それでも、普通の人間なら怯えることだというのは知っている。
じゃあなぜマチコは怯えないのだろう。それはマチコがエスパーだからで。
(本当にそれだけ?)
ああ、いけない。今は見合い相手との会話に専念しなければならないのにマチコのことばかりが脳裏を巡る。
いけない。駄目よ、サユリ。核シェルターのために、見合いを成功させなければ。
「じゃあ出会った奇跡を祝福して、乾杯しよう」
「はい」
促されるままソファに腰掛け、シャンパンの入ったグラスを渡される。
本当は炭酸が苦手だから、シャンパンも苦手なのだけど、これも核シェルターのため。
ええいままよ、と一気飲みしたサユリは、ハッとした。
しまった。乾杯していない。
「あ、ごめんなさい。乾杯がまだでした……」
「いいよ。いい飲みっぷり。それにこれで目的は達成したしね」
「え……?」
丈二の言葉に首をかしげた瞬間、ぐらりと目眩がした。
そのままソファに倒れ込んだサユリを見下ろし、丈二の手が伸びた瞬間だ。
「はぁい、ウーバーイーツでぇす」
唐突に響いた声に丈二が視線を向けると、手にピザの箱を持ち、一切れをもちもちと食べながら怠そうにこちらを見ている恰幅の良い女性がいる。
「な、なんだお前は…!」
「聞いてなかった? ウーバーイーツです」
「商品を食べるウーバーイーツがいるか!」
「婚前交渉しようとする男はそれよりなお悪い」
そうマチコは言って、手に持ったピザの箱を丈二に向かって投げつけた。
パイ投げのように顔面にピザを喰らった丈二がよろける。
「古い考え方かもなあ。結婚相手を大事に出来ない男はクソだ」
マチコがそう口にした瞬間、丈二の身体が金縛りに遭ったように動かなくなる。
「炎滅地獄にご覧じろ。後悔しな」
マチコはそう言って、意識のないサユリの身体を背負うとゆったりした足取りでマンションを後にした。
ゆらゆら、身体が揺れている。
その振動で目を覚ました。
「ああ、起きたの?」
間近で、愛しいあの声がする。
「マチコさん……?」
茫然と彼女の名を呼ぶ。背後を振り返ったら、あの低層マンションは炎に包まれていた。
「あんたさあ、駄目だよ。見合いで会ったばっかの男の家行っちゃ。
全く筋金入りのお嬢様なんだから」
自分を背負って、業火に照らされながら夜道をゆっくり歩くマチコの声は優しい。
「そもそも核シェルターのためになんでもしますってギャグだろ。
なんだよ核シェルターと引き換えに見合いしますって。
ギャグにしかならないからな」
「だって、そうでもしないと」
「もっと不遜に強気に監禁しますって言ってくれない?
あんたのテンションが狂うと、あたしの調子が狂うのよ」
仕方ないなあとばかりに、マチコがため息を吐く。
「はいここでなぜなにクエスチョン。
いつでも逃げ出せるのに、律儀にあの家に帰る理由わかってる?」
その柔らかな表情と言葉に、心臓を射貫かれた気がした。
そう、そういうことなの?
ずっと、私の一方通行だと思っていた。でもそうじゃなかったの。
「マチコさん」
「うん」
「好きです。マチコさんの一生を、私にください」
ぎゅうっとふとましい首に抱きついて告白した自分に、マチコは優しい声で、
「まあ、当分の間くらい、付き合ってあげてもいいよ」
と答えた。
今だからわかる。「当分の間くらい」は「一生の間くらい」だ。
マチコのようなテレパスがなくてもわかる。
私は嬉しくて、窒息しそうな恋しさで胸を一杯にして、きつくきつく彼女にしがみついた。
「そういえばマチコさん、丈二さん焼いちゃったの?」
「地獄の業火に焼かれてしまえ! こんがりと!
……ってのは冗談で、炎から守るバリアを張ってあの屋敷の中に放置してる。
バリアがあるから死なないけど、炎で焼け死ぬ恐怖を味わうことは出来るでしょ」
「もしかしてマチコさん、怒ってる?」
「惚れた女に無理強いしようとした男は馬に蹴られて死んじまえ」
「えへへ♡」
そんなこんなで、二人の愛の巣に帰る二人の姿があった。




