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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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婚約破棄された公爵令嬢は裏切りの罪を断罪し、隣国の王太子に溺愛されながらすべてを奪い返す

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/28

 ――それは、あまりにも一方的な断罪だった。

「レティシア・アルヴェーン。お前との婚約は、ここで破棄する」

 王宮の大広間。煌びやかな夜会の最中で、第一王子であるエドガーは高らかに宣言した。

 ざわり、と空気が揺れる。

 けれど私は――レティシアは、微動だにしなかった。

「……理由を、お聞かせ願えますか?」

 静かに問いかけると、エドガーは嘲笑を浮かべる。

「とぼけるな。お前は嫉妬に狂い、無実の令嬢を陥れた悪女だ」

 彼の腕には、一人の女が寄り添っていた。

 金の髪を揺らし、怯えたような瞳を演じるその女――ミレーヌ・フォルクス。

 彼女こそ、すべての元凶だった。

「レティシア様に、酷いことをされました……っ」

 震える声。だがその目の奥には、明確な悪意があった。

 ……やはり、そういう筋書きですのね。

「証拠は?」

「あるに決まっている!」

 エドガーは侍従に命じ、書状を掲げさせた。

 そこには、私がミレーヌを陥れるよう命じたとされる偽の証言が並んでいた。

 ……粗雑な偽造。

 けれど、彼はそれを信じている。

 いや、違う。

 信じている“ふり”をしているのだ。

 なぜなら――

(あなたは、もう彼女と関係を持っている)

 視線を向けると、エドガーはわずかに顔を歪めた。

 図星なのだろう。

「弁明は終わりか? 見苦しいぞ、レティシア」

「いいえ」

 私は、ゆっくりと首を横に振る。

「弁明など、最初からするつもりはありません」

「なに……?」

「その婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ」

 場が、凍りついた。

 誰もが、私が泣き崩れるとでも思っていたのだろう。

 けれど――

「むしろ、感謝いたします。裏切り者と結婚せずに済むのですから」

「……っ!」

 エドガーの顔が、怒りに歪む。

「無礼な……!」

「無礼? どちらが、ですの?」

 私は一歩、前に出る。

「婚約者がいながら、他の女と関係を持つ。これを不義と言わずして、何と言うのかしら」

「で、でたらめを言うな!」

「でたらめ?」

 私は微笑んだ。

 そして、静かに告げる。

「では、その女とあなたが昨夜同じ部屋にいたことも、でたらめですの?」

 ざわり、と再び空気が揺れる。

 ミレーヌの顔が、青ざめた。

「な、なぜそれを……」

「見ていた者がいるからですわ」

 もちろん、実際には“見ていない”。

 だが、二人の様子からして確信はあった。

 そして――

「証拠も、ございます」

 私は小さな水晶を取り出した。

 それは、記録魔法が込められた道具。

 映し出されたのは、密かに逢瀬を重ねる二人の姿だった。

「なっ……!?」

「そ、それは……!」

 狼狽する二人。

 観衆の視線は、一斉に彼らへと向けられた。

「さて、どちらが悪なのでしょう?」

 私は静かに問いかける。

 沈黙。

 そして――

「……っ、き、貴様!」

 エドガーは逆上した。

「こんなものは偽物だ! 衛兵、この女を捕らえろ!」

 ――来た。

 最後の悪あがき。

 その瞬間だった。

「その必要はない」

 低く、よく通る声が響いた。

 場の空気が、一変する。

 振り返れば、そこには一人の男。

 銀の髪、蒼い瞳。威圧感すら漂わせる存在感。

 隣国の王太子――アレス・ヴァルディア。

「アレス殿下……なぜここに……」

「視察だ。……そして、くだらぬ茶番を見物にな」

 彼はゆっくりと歩み寄り、私の隣に立つ。

「彼女は我が国の保護対象だ。手出しは許さん」

「なっ……!?」

「正式に言おう。レティシア嬢を、我が国へ迎えたい」

 その言葉に、場は騒然となった。

「なぜ、そこまで……!」

「簡単だ」

 アレスは、私を見つめる。

「彼女は価値ある存在だからだ」

 その瞳には、揺るぎない意志があった。

 ……なるほど。

 この方は、最初からすべて見抜いていたのね。

「レティシア嬢。どうする?」

 問われ、私は一瞬だけ考える。

 そして――

「お受けいたします」

 そう答えた。

 もう、この国に未練はない。

 裏切り者と、愚か者しかいない場所など。

「決まりだな」

 アレスは微かに笑う。

 その笑みは、どこか愉快そうだった。

「では、行こう。復讐の続きをするのだろう?」

 ……やはり、この方は分かっている。

 私が終わらせるつもりがないことを。

「ええ、もちろん」

 私は微笑む。

「すべて、奪い返しますわ」

 その後――

 エドガーとミレーヌは、不義の罪と虚偽の告発により地位を失った。

 貴族社会から追放され、名もなき者として落ちていく。

 誰も、彼らを救おうとはしなかった。

 当然だ。

 彼らは、自らの手で信頼を踏み躙ったのだから。

 一方で――

「今日も美しいな、レティシア」

「……毎日言わなくて結構です」

「いや、事実だからな」

「うるさいですわ」

 私はため息をつく。

 ここは隣国ヴァルディア。

 私は今、王太子妃として迎えられ――

「ところで、今日は抱きしめてもいいか?」

「ダメです」

「ではキスは?」

「論外です」

「手くらいは?」

「それは……まあ」

「やった」

「喜びすぎですわ!?」

 ……なぜか、こんな生活を送っている。

 復讐は終わった。

 すべては清算された。

 なのに――

「レティシア」

 ふいに、真剣な声。

「これからは、俺が守る」

 その言葉は、真っ直ぐで。

 嘘など一つもなかった。

「……今さらですわ」

 そう言いながらも、私はその手を握り返す。

「もう、守られてあげてもいいですけれど」

「なら、ずっと離さない」

「重いですわね……」

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 これはきっと――

 溺愛という名の、優しい檻。

 そして私は、もうそれを拒む理由を持たない。

 ――復讐の果てに手に入れたものは、思ったよりも温かいものだった。




◆ ◆ ◆ ◆



 ――ある日の朝。

「レティシア、起きているか?」

「起きてますわ。というか、さっきからずっと見てましたわよね?」

「バレたか」

「バレますわよ!? なんですのその距離!」

 目を開けた瞬間、至近距離に夫の顔があるとか心臓に悪すぎる。

「いや、寝顔があまりにも可愛くてな」

「はいはい、朝から虚言ありがとうございます」

「事実だ」

「真顔で言うな!!」

 この男、朝からフルスロットルである。

「ところでレティシア」

「なんですの」

「今日は一日中一緒にいよう」

「いつもですわよね?」

「いや、今日は特別に四六時中だ」

「違いが分かりませんわ!」

 ――朝食の席。

「ほら、レティシア。あーん」

「自分で食べられますわ!」

「夫婦のスキンシップだ」

「公務中ですわよね!?」

「問題ない。皆、見ているだけだ」

 見ている。めちゃくちゃ見ている。

 侍女も側近も、なぜか温かい目で見守っている。

「慣れてくださいませ、王太子妃様」

「慣れるか!!」

「では私が慣れる努力を」

「やめなさい!!」

 ――執務室。

「レティシア」

「今度は何ですの」

「書類にサインをしたら褒めてほしい」

「子供ですの!?」

「いいや、夫だ」

「どっちにしてもダメですわ!」

「では頑張れのキスを」

「頑張れの方向性がおかしい!!」

 この国、大丈夫かしら。

 本気で不安になってきた。

 ――午後の庭園。

「レティシア、手を繋ごう」

「今も繋いでますわよね?」

「もう片方もだ」

「腕が足りませんわ!」

「では抱き上げるしかないな」

「短絡的すぎますわね!?」

 ひょいっと持ち上げられる。

「ちょっと!! 降ろしなさい!」

「嫌だ」

「即答!?」

「落としたくないからな」

「言い方がずるい!!」

 ずるい。ずるいけど――

 ちょっとだけ、嬉しいのが腹立たしい。

 ――夜、寝室。

「レティシア」

「なんですの」

「今日も一日可愛かった」

「総括がそれだけ!?」

「十分だろう?」

「情報量が少なすぎますわ!」

「では追加で」

 ぎゅっと抱き寄せられる。

「お前がいないと、生きていけない」

「……重いですわね」

「だが事実だ」

「……」

 こういう時だけ、真面目な顔をする。

 だから困る。

「……仕方ありませんわね」

「お?」

「その代わり――」

 私は彼の頬を軽くつねる。

「明日はもう少しまともに働きなさい」

「努力はする」

「“は”じゃない!!」

 ――結論。

 復讐を終えた元悪役令嬢は、

 なぜかとんでもないボケ王子に捕まり、

 毎日ツッコミに忙殺されている。

 ……けれど。

「レティシア、愛している」

「……はいはい、私もですわ」

 こんな日々も、悪くないと思ってしまう自分がいるのだから――

 たぶん、私はもう手遅れなのだろう。

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