3.告白
「クリスティーナ嬢、どうか私と婚約……いえ、結婚してほしい。今、すぐにでも」
彼女のエスコートしていた手をそのまま引き入れ、気が付いたら願い乞うていた。
後がないというより、彼女しかいない、そう思ってしまった。
母上と叔母を相手にしかしたことがなかったエスコート。
『絶対にいつか必要になります』『あなたのためです』と譲ることなく、面倒だが渋々相手になっていた。
毎回嫌々こなしていたが、今日ほど感謝したことはなかった。
役に立つ日が来ようとは、自分でも思いもしなかったのだ。
手を取っても、嫌な気は起こらなかった。
嫌な気どころか、高揚感すらあった。
観念して良い、もう、私はクリスティーナ嬢に惹かれている。
一人の、人として───いや、女性としても。
少し伏せると長い睫毛がより印象的な彼女は、男装であり、確かに見た目だけ言えば美少年だ。
知性の中に、憂いを帯びたような色気があり大人っぽさをも感じるが、けして嫌みなものではない。
話すと思いの外、くるくると表情が変わるのだ。
きちんと目の前の私を見て、こんなにも話が続く女性がいただろうか。
彼女も、また私の会話を楽しんでくれているようだったし、エスコートの際は躊躇することなく手を取ってくれた。
色々とやらかしはしたが、嫌われてはいないはずだと思いたい。
「は?……や、え、えー?あー……その、本気で?」
「いたって真面目に言っている」
目を大きく見開き、驚いた表情はあどけなさが見える。
それを、可愛いと思ってしまった。
「ええ、まあ……その、うん。あ、家を通してもらえれば、としか」
「っ勿論、それは」
言われてから気が付いた。
公式とも言えないような見合いをした挙句、その日に結婚したいなど、告げられても困るだろう。
「そう、だな。ああ、すまない、気が逸ってしまった。では、今日のところはこれで」
『うん』と言ってくれた。
つまり、家を通してもらえれば、良いのだろう。
なにがって、いますぐ結婚しても、だ。
この私と。
「ブルーノ様」
「……バートン」
にやけそうになる顔をつい右手で抑えながら馬車へと足を向けると、バートンから声がかかった。
私は、ずっと陰で見守っていてくれたであろうバートンの存在すら忘れていたらしい。
「良かったですね。旦那様と奥様に感謝せねば」
「ああ……本当に」
父上も母上も反対しないどころか大賛成だろう。
あとは、無理矢理といっていい形で大切な愛娘を呼びつけてしまったメイシー伯に頭を下げて願い乞うのは私の役目だ。
父上から婚約の手紙をメイシー伯へ出すのは勿論だが、クリスティーナには私から、今日のお礼の手紙と花を出して……しまった、何の花が好きかを聞き忘れていた。
ならば、好きな菓子を添えて……そういえば、好きな菓子の話もしていないな。
「バートン、私は彼女の好きな菓子や花の名前を聞くのを忘れてしまった」
「ええ、そうですね。諸外国の話や政治の話を持ち出しては、楽しそうに話されていましたね」
「ああ、楽しかった。特に、タイル帝国の───」
「ブルーノ様」
こころなしか、バートンの笑顔が怖い。
まずい、この笑顔は説教タイムか?
思わず身構えてしまう。
「……なんだ?」
「浮かれるお気持ちはわかりますが、今後『胸がない』等と決しておっしゃらないように」
「…あれは、つい。や、そうだな、あれは俺が悪かった」
「クリスティーナお嬢様が寛大な方で本当に良かったです。お褒めの言葉のひとつさえ、なかったように存じます」
「……言ってないな」
通常、見合いの席では、女性に対し何か一言は男性から褒めるものだ。
胸がないだとか、香水臭くないだとか、男装だから云々は告げた気はするが、あれは決して誉め言葉じゃない。
「手紙と一緒に何を送ればいいだろうか」
「そうですね……薄紫のラナンキュラスとそれから白薔薇5本を合わせた花束等がよろしいかと。
誠意と愛情が伝わるでしょう。
添えるのは、定番ですが紅茶とシュガーのセットなら外さないかと思いますが」
なるほど。
相手の色に合わせ、季節の花と思いが伝わる様な華やかな花束が良いのか。
紅茶とシュガーはうちの御用達の店に頼もう。
「そうする」
「はい。是非次のお休みにデートをお誘いの上、クリスティーナお嬢様の好みをお聞きください」
「デート……そうか」
二人で食事が出来たのなら、二人で出かけることも出来るだろう。
というか、楽しみになってくる。
だがしかし、私はデートというものをしたことがない。
通常の恋人同士のデートとはどういうものなのか。
「バートン」
「はい」
「デートとはなにをしたらいいだろうか」
「ブルーノ様……」
「そう呆れないでくれ。私はデートというものをしたことがない」
「私も考えますので、奥様に助言いただきましょうか」
「世話をかける」
「今更です」
がっくりと項垂れるバートンだが、どこか嬉しそうにも思うのは私にやっと想う女性が出来たからだろう。
今更だといわれたら、そうだ。
反論の余地もない。
この後は一度家に戻って着替えてから仕事へ出るつもりでいるが、殿下にも今日のことを伝えなければ。
馬車に揺られながら、心軽く家路を目指す。
行きとは大違いで、なんともすがすがしい気持ちだった。




