1.つけが回る
転生男装令嬢クリスティーナのお見合い結婚~女性恐怖症の公爵令息に“唯一の例外”として求婚されました~シリーズ、第三弾。
ブルーノ主人公視点のお話です。
「ブルーノ、私は再三忠告したはずだ」
「……はい」
「それを、お前はずーっと無視してきた」
「殿下の仰る通りです」
再来月第三国会議がこの国で開かれることになった。
そこに、隣国の第五王女も初めて来られることが噂ではなく決定となってしまった。
現在19歳。
金銭感覚が狂い我儘のし放題との噂だ。
理由は『両国の友好をさらに深めるため』だとされているが、嫁ぎ先の値踏みだろう。
改めて殿下に指摘されるも、結婚はおろか婚約からすら逃げ回っているつけが回ってきてしまった。
自業自得としか言いようがない。
ブルーノ=オースティン、25歳。
オースティン公爵家長男であり、宰相の息子であり、この頭脳を買われて殿下の右腕を任されている。
仕事は真面目で優秀、非の打ち所がないとまで噂されているが、そんなことはない。
25にもなって、婚約者どころか恋人すらいたことがない上に、密事の経験もないのだ。
女性嫌い?
それは違う。
嫌いなんじゃない、恐怖の対象だと言っていい。
私にだって、学生時代は、婚約者候補と呼ばれるものはいた。
幼少期にメイドに襲われかけること数回、茶会で媚薬を盛られた挙句、断った腹いせに毒を盛られかけたこともある。
女性はか弱い者?
寧ろ、女という性別の有利性を生かし、誘惑を仕掛け、毒や媚薬を仕込んでまで、既成事実を作ろうとする恐ろしい生き物だ。
ねっとりとした視線と、甘くむせかえるほど香水の香りと、、熱を帯びた肉の塊を押し付けてくる気色悪い感触。
思い出すだけで吐き気がしてくる。
「どうするんだ?」
「……どうもこうも」
「王命では、私も宰相閣下も助けられんぞ」
今更どうしろと?
たとえ気に入られたとて、都度吐き気を起こしていたらどうしようもない。
や、また媚薬でも盛られてしまえば、全く気がなくても身体は反応する。
逃げたくても逃げられない状況になってしまう。
あんな思いはもう二度とごめんだ、あんな───……まずい。
吐く寸前とまではいかないものの、胃液がこみ上げそうになり、口内の生唾が増えてくるのがわかる。
自然と息が浅くなってくる。
「顔色が悪い、ブルーノ。少し休め」
「っ申し訳ございません」
この国で、結婚は貴族の義務だ。
父上も母上も茶会の騒動後、私の状況を知って今の今まで何も言わずに見守ってくれた。
白い婚で良いという女性を探したこともある。
実際そういう女性と縁を繋ごうともしたし、繋ぎかけたこともある。
だが、私の姿を見る女性が目に入っただけで、もう、それが駄目だった。
一度も会わないわけにはいかない。
白い婚で構わないと口では言いながら、熱のこもった視線を向けてきた。
あわよくば、との期待がそのまま見えた。
それを目にするだけで、過去が思い出され、吐き気がこみ上げる。
その私を目にし、泣かれ、男色家だと噂をまかれ、悲劇のヒロインを演じられること三人目。
もう、否定する気も起こらず放っておいた。
いっそのこと、寝たきりの令嬢や、祖母ほどの年齢の未亡人がいないか、等と本気で思うこともある。
この仕事には誇りを持っている。
何もかもを投げ出して貴族を捨てるという選択は、私にはないのだ。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「ブルーノ」
「はい」
「その、なんだ……」
普段物静かに朝食を終える父上が、気まずそうに言葉を濁す。
母上をちらちらと目にしながら、申し訳なさそうなこの態度には覚えがある、痛いほどに。
縁談か、婚約の打診か。
困っているのは確かだが、来られたら来られたで非常に困る。
断る以外の選択肢がないので、黙って次の言葉を待つ。
私がはっきりとした態度で言えば、消えうることなのだから。
「ブルーノ、今日は予定を空けておきなさいね」
「……仕事がございますが」
何も言わないどころか食事すら手を止めていた父上をほぼ無視する形で席を立とうとした時だった。
母上が、にこやかに告げてくる。
───警戒。
母上が“何気ない風”を装う時ほど、ろくでもないことが起こる。
や、もう起きている。
「殿下にはご了承済みです。あなたは今日、午後から“とても大事な用事”があるの」
「………」
嫌な予感しかしない。
母上はにっこりと微笑んだが、その笑顔は『逃がしませんよ』と言っている。
父上は静かにカトラリーを置いた。
こんなに真剣な上に、難しい問題に直面しているような顔は久しぶりに見るかもしれない。
仕事の時ですら、もう少し余裕がある。
「ブルーノ」
「はい」
「今日の正午、この店に行き一緒に食事をしなさい。お相手はメイシー伯爵家三女クリスティーナ嬢十七歳だ」
「っ無理です!」
バンッ!とテーブルに両手をつき、思わず立ち上がってしまった。
何を言っているんだ、わかっているくせに。
「会うだけでも吐き気がするのに、食事などっ!メイシー伯爵家ならば、フィオリーナ嬢の妹君でしょう?あのように───」
あのようにいかにも着飾った貴族らしく女性らしい美女、と言われる女性が一番苦手だ。
や、フィオリーナ嬢は、知っていて出来るだけ目を合わせないようにしてくれていた。
私には一切興味を示さなかったし、当時は周りの女生徒にも配慮してくれていたほどだったが。
だが、妹君までそうとは限らない。
「無理を承知で言っているんだ」
「しかしっ!」
「ブルーノ、クリスティーナ嬢は十五歳まで長男として育てられた方だ」
「は?」
「メイシー伯爵の前妻は、二年前に自害されているが……心の病が酷かったらしい。
生まれたばかりの三女を『長男だ』と言い張り、メイシー伯も分かっていながら時に任せてしまったようだ。
彼女の容姿は、若い頃のメイシー伯によく似ている。語学と経営学にも堪能で、剣術も相当だと聞く」
「そんなことが……ありえるのですか?」
「ありえるんだ」
十五まで長男として?
本当にそんなことがありえるのか?
「メイシー伯が今必死でお相手を探していると聞き、私が縁談を申し込んだ」
「今まで一度も婚約をしていなかったと?」
「十五まで貴族の男性として育てられたんだ。まさか、女性と婚約は出来まい」
「……しかし」
「メイシー伯は後妻との間に長男が生まれてな。クリスティーナ嬢が修道院に行く、と言い出したようだ」
「は?何かの罰でもないのに?」
「ああ」
今の話から、だいぶぶっとんだお嬢さんだということは分かった。
「十七であっても、そのまま男装で過ごしているらしい」
「美少年だったし、とても紳士的だったわ」
「カミラ、君はまた勝手に」
「あら、いいじゃないですか。これから義理の娘になるんだもの」
「っ……」
もう、父上と母上の間では決定しているのか?
私の意思は、尊重してもらえないのだろうか。
「ブルーノ、このまま逃げても婚約は三か月後、お相手が変わるだけでしてよ」
「……それは」
母上も情報通だ。
逃げられないということを知っている。
そして、私の性格すらも良く把握している。
「嫌よ、私は自分より我儘で手に負えないような痴女を娘にする気はありません」
「カミラ、不敬だ」
父上がそっと正すが、ああ、これは火に油を注ぐ行為だ。
母上の眼が鋭く光る。
「本当のことを言っているのです」
「…そうだね」
「大体、あなたが陛下をお止めできるとおっしゃるのでしたら、私だってここまで出しゃばりません」
「それは、うん、無理な話だ」
「だったら、後がないんじゃなくて?」
「まあ……そうだ」
「とにかく、見た目は相当な美少年です!性格も女性に対しては紳士的、とても大らかな性格でしてよ。一緒に食事が出来るならそれで十分です」
「確かに、そうだ」
「生い立ちに不憫なことがあれども、何か落ち度があったわけでもありません。語学、経営学、政治に、剣術、全てにおいて優秀だそうです。他にいらして?」
「いや」
ああ、こうなってはもうしばらくかかりそうだ。
申し訳ないが、犠牲は父上になってもらう他ない。
今は口を挟まないのが一番だ。
「ブルーノ、あなたの話をしているんですよ」
「…はい」
「もし一緒に食事が出来るようでしたら決めてしまいなさい。いいですね?」
「……わかりました」
一緒に食事、か……。
確かに、私と一緒に食事ができる女性がいるならば、結婚したいくらいだ。




