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滴る毒は誰のもの

作者: 高瀬あずみ


 カサンドラ・チャリスは社交界で孤立していた。

 何故なら彼女にはいくつもの噂があり、それらすべてが彼女が悪女であると語っていたからだ。


 曰く。カサンドラは男好きである。既に乙女ではなく、相手の身分によらず見目好い男を次々と閨に引き込んでいる。

 曰く。カサンドラは浪費家である。伯爵家の財政を食い潰し、いたずらに借財を増やしている。

 曰く。カサンドラは性悪である。彼女の言葉は嘘に塗れ、他人を蹴落とし不幸にすることを何よりの楽しみとしている。

 曰く。カサンドラは野心家である。他家を陥れ、伯爵家を更なる上位へと引き上げるべく暗躍している。

 曰く。曰く。



 今日も夜会で壁の花になっているカサンドラは、ちいさくため息をついた。

 噂が流れるようになってから、それまで友人だと思っていた令嬢たちから距離を取られ、最近ではお茶会の招待状すら届かなくなっている。


 最初の内は噂を打ち消そうと抗弁もしたし、証明すらしてみせた。その時はただの噂で真実ではないと悪評を払拭できたはずなのに、いつの間にか新しい噂が流れ、重なり、そうして誰からも相手にされなくなるまでは早かった。どれほど違うと叫んでも、受け入れられる土壌が汚されていくばかりとなり、今となってはもう、誰もカサンドラの言葉を信じない。

 もしかしたら縁遠くなった人たちの内には、噂が正しくないと知りながら、巻き込まれることから逃げただけの者もいるかもしれない。けれどカサンドラの味方でないことだけは確かだった。


 現在、カサンドラの無実を信じてくれるのは家族以外にいない。家族が支えてくれるから、まだ立っていられる。けれど繰り返される悪意ある噂は増える一方で、カサンドラ自身も己の潔白を叫ぶのに疲れてきていた。



(落ち着いて考えれば、誰が噂の元なのか簡単に分かることなのに)

 カサンドラは遠くの集団をちらりと見やる。第三王子デクスターとその取り巻きが中心になった人の群れを。



 デクスターはカサンドラの婚約者だ。伯爵家の後継であるカサンドラには婿が必要になる。その為に父が相手を吟味していたところに降って湧いて下された王命。拒否のしようもなかった。

 王太子は既婚者で既に子もあり、第二王子も婚姻を間近に控えている。スペアも確保済みの王家からすれば、デクスターの婿入りは財政的にも美味しい話だ。その相手にカサンドラが選ばれてしまったのは、双方にとって不幸でしかなかったのだが。


 デクスターは王族らしい煌びやかな美貌と、王族らしいプライドと傲慢さを持っている。そして野心も。持ちすぎるほどに。

 だがどれだけ野心があろうとも、彼から王位は遠すぎた。第一王子でもある王太子はデクスターよりも十歳以上年上で、しかも他国の王女という正妃の子だ。国内随一の権勢を持つ大公家の令嬢を娶って、後継も儲けてその地位は盤石。付け入る隙がない。


 だが何よりデクスターは。側妃にもなれぬ子爵家出身の愛妾との間の子だった。三人の王子の中でも容貌は飛びぬけて整ってはいるが、言ってみればそれだけである。あげつらう程無能ではないが、持ち上げるほどの有能さもない。兄たちの子が増えれば、自然とデクスターの継承順位も下がっていくばかりとなる。


 それでも国王が健在である中、寵愛される愛妾の息子であるというだけで、社交界では持て囃されていた。何せ、彼がいると場が華やぐ。彼とその周囲が流行を牽引している向きもある。今は。

 しかしそれは次代に王位が渡るまでのつかの間の栄光。母である王妃の飲んだ苦渋を知る王太子に、愛妾の産んだ弟に掛ける情などあるはずもなく。デクスターが王宮に王子として残った場合の命運に先がないことを国王は誰よりも知っていた。だからこそ王命は、公爵家でも侯爵家でもない伯爵家の、しかも当主でなく婿に収めることで、命を永らえさせてやろうと言う親心。



 だがいつの世でも、親の心が素直に子に届くわけではない。

 デクスターはこの婚約に不満しかなかった。たかが伯爵家の婿だとかありえない。自分に相応しいのはそれこそどこかの王女か高位の令嬢であると信じているらしい。

 それでも表向きには王命に従わざるを得ないからこそ、デクスターはカサンドラとの婚姻を破棄するべく噂を流し、味方を減らして孤立させているのだ。カサンドラの有責を狙って。



(とんだ自己紹介もあったものね)

 カサンドラは内心でデクスターを嘲笑していた。カサンドラに押し付けられた噂は、反転すればすべて、デクスター本人そのものでしかないのがあからさますぎて。


 デクスターの境遇は貴族であれば周知されていることだ。

 愛妾の子であっても、認知された王子であるデクスターには予算が割り振られてはいる。王族を名乗るに相応の額で。

 正妃や側妃を母に持つ場合、そこに母方実家からの支援が加わるものだが、デクスターの母の実家は支援するよりも支援を必要とする程度の下位貴族。当然、二人の兄との暮らしぶりには差があり、父王が憐れんでいくばくかは援助してくれるものの、デクスターはその状態を屈辱だと感じているらしかった。


 美貌と肉体と愛嬌でのし上がったデクスターの母は、側妃にすらなれない子爵家の出。そして愛妾は王の個人財産で養われている。

 何故ならば、王国法では正式に愛妾を認めておらず、それに割く予算も認められていないからだ。それでも傍に置くことを望むならば、国王自らで養えということになっている。

 これは三代前の国王が愛妾にかまけて国を傾け、愛妾の縁者をのさばらせて国政を危うくしたことから線引きが必要だと定められた。


 それ以前より、愛妾との間に生まれた子供は、例え第一王子として誕生しても、後から生まれた正妃腹・側妃腹の子供よりも、継承順位が落ちることは国法に明記もされている。これを覆すことは国王であっても不可能だ。でなければ政略の旨味がなく、正妃のなり手がいなくなってしまうために。


 愛妾は公式の行事や夜会にも出席を許されず、後宮のひとつに押し込められ囲われるだけの、愛玩動物の類としての扱いだ。また愛妾となった時点で貴族籍も抜かれ、なんの身分も称号も持たない。


 そこまで扱いを軽くし、締め付けることで、国王に愛妾を持つことを躊躇わせ、女の側でも二の足を踏むようにという意図の元に定められているのだ。それほどまでに、三代前の国王の愚行が国家に与えた傷は大きかった。


 それでも現王は愛する女を迎えたのだ。それにより、正妃や側妃との関係が悪化するのを承知の上で。

 例え愛妾が正妃や側妃たちに迫害され、殺されたとしても、それを咎める法もない。王国の女性の頂点である妃たちが、平民をどうしようと罪にもならないのだから。守り切れない方が悪い、で済まされる。

 国王も察してはいる。自分が王座を引き、権力を失った後、愛妾と過ごせる未来などないことを。守る力をも失うことを。だからせめて息子を逃がそうとしたのだ。



 そういう背景がありながら、デクスターは正しく自分の立場を理解してはいない。


(お気の毒だとは思うのよ。でもだからって、わたくしが犠牲になる筋合いはないもの)


 デクスターは最初からカサンドラとの交流を拒絶した。おそらく彼はカサンドラの容姿すらまともに見たことはないだろう。今夜のような正式な夜会であっても、迎えにも来ず、エスコートも放棄し、ドレスすら贈らない。

 デクスターが見た目だけ上等な道化であることを王族も高位貴族も知っているはず。だからこそ、彼の取り巻きはその現状が見えていない愚か者か下位貴族しかいない。ただ彼らは面白おかしく他者を貶める噂を楽しんでいた。いつか自らの首を絞めるその日まで。




 本日は建国記念日だ。十年毎にこの日の夜会では、主だった貴族たちが己の力を差し出して、改めて王家に忠誠を誓う儀式がある。伯爵家以上の「本物の貴族」たちだけが儀式に臨む。当主ひとり、もしくは成人済みの後継者がいれば共に。それ以外の貴族はただ眺めるだけだ。


 カサンドラは先日、成人の十八歳を迎えた。それ故にこの場に立っている。

 大公家から始まった儀式は公爵家から侯爵家へ、そして数の多い伯爵家へと続いていく。爵位毎に順位はあり、伯爵家の中の中位であるチャリス家がようやく呼ばれる。

 父と共に国王陛下の前に進み出て一礼。許しと共に顔を上げて奉納を始めようと―――



 この国の「本物の貴族」は血統により続く固有の魔法を持つ。先祖たちはこの力を持って初代国王の前に馳せ参じて国家の礎となった。今日はその記念すべき日なのだ。


 他国には無いこの血統魔法の厄介なのは、血を引いているだけでは使えないこと。ごく幼い頃から厳しい訓練を施し、発動できた者を後継に定める。男女の差も年齢による序列もない。カサンドラ自身、兄弟姉妹らを押しのけて後継に選ばれたのだ。自分は成し遂げ、選ばれ、次に継ぐ者となった。そのことに誇りはあっても後ろめたさなどない。


 例外は王家だけだ。

 王家にも血統魔法は当然のようにある。だが一国を治めるとなれば、他国との関係を無視できない。婚姻外交を避けられないのが国王だ。せっかく娶った他国の高貴な女性との間に生まれた子が後継にならない事態が起これば、戦争に至りかねない。それ故に、初代は継承条件を変えた。正式に後継として立太された者のみに強制的に発動するように。ただし、その無茶のせいで、王家の血統魔法はずいぶんと力を弱めた。だが問題はない。仕える「真の貴族」の発動する魔法が、国を守る鉾であり盾である限り。

 逆に王家は「真の貴族」たちが王家と同じ条件で後継を定めることを禁じた。競い合い高めあうことで、血統魔法はより強力になることからだ。護国のためにもそれが望ましいと。



 チャリス家の披露が始まろうとすると、それを邪魔する者が現れた。こんな愚かな真似をするのはデクスターしかありえない。


「父上、チャリス家の忠誠には翳りがございます。ことに後継たるカサンドラにおいてはその悪辣さは既に皆の知るところ。証拠も証言も揃っております。チャリス家を廃し、カサンドラとの婚約破棄というご英断を!」


 美貌の王子が芝居がかった言動で躍り出ると、会場は喜劇の舞台と化した。しかし国王は愛息子を退ける。

「くだらん。チャリス家は代々の忠臣である。その方の言い分は考慮に値しない」

「何故です!? これほどまでに非道な存在を見逃すというのですか!?」


 国王が更にいさめようとする前に、カサンドラは素早く静かな声で申し立てを行った。

「国王陛下に、発言のお許しを願います」

「許そう、チャリス伯爵令嬢」

「感謝いたします。おそれながら、わたくしの血統魔法の披露の対象を第三王子殿下とすることをお認めいただけませんでしょうか」


 血統魔法は、使用したとて誰の目にも明らかなものばかりではない。そのために、発動するための対象を人なり物なり準備することが許されている。チャリス家の披露では、そのために二人の()()()が用意されていた。


 国王は初めてカサンドラにまともに視線をやった。そして彼女の瞳が非難の色に染まっていることを見て取ったのだ。

「それほどか。それほどまでに我が息子は。そなたに決意させるほどに。―――よい。デクスターを対象とせよ」

 ここにきて国王はようやく父であることを捨てた。それを受けてカサンドラは礼を取る。


「今更、どんな足掻きをしたところで無駄だ!」

 ここまで貶めてきたカサンドラが何を言おうと、周囲が信じないだけの土台を作った自信があったデクスターが尊大に断定する。

「本当にそうでしょうか、殿下。チャリス家十二代継承者カサンドラ、ここに我が血統魔法を発動いたします」

 カサンドラの声は決して大きくはない。それなのに会場の隅々にまで届いた。


「すべてを明らかに。『審判の目(ジャッジメント)』発動」



 周囲には何も起こったようには見えなかった。魔法の対象とされたデクスターも発動後に何らの変化もない自分に安堵して嘲笑う。


「やれ、虚仮脅しであったか。高貴な王族である私に遠慮したと見える。それならば最初からしおらしく婚約を辞退しておれば、噂を流し証言と証拠を捏造する手間も省けたものを。比類なき美貌の私を夫とできる幸運に舞い上がりでもしたか。一度限りであれば閨の相手として情けを掛けてやっても良いぞ。持ち得る財産をすべて私に差し出して懇願するならばな。私はその財を足掛かりに、兄上たちを引きずり落としてみせよう。甥も決して生かしてはおけぬ。玉座に至る私を邪魔するのであれば、父上すら亡き者となっていただくべきか。何せ、至高の存在である私に、そなたのような女を宛がおうと言う耄碌ぶりだからな」


 途中からは彼自身も気付いていた。隠さなければいけないはずの発言が零れていくのを。だがその時にはもう、口が止まらなくなっていたのだ。


『審判の目』は、己の罪や隠していた悪意をさらけ出すよう誘う自白魔法。一度かけられれば効果が切れるまで、延々と告白は続くことになる。



 代々、チャリス家は中立を旨とし、陞爵を断り続けてきた。公平であるために。『審判の目』によって、冤罪を晴らした者も過去には存在する。他家はチャリス家と対立することを良しとせず、その立場を守った。地位に伴い、口にできぬ所業に覚えがある者ほど、丁寧に接してくる。その筆頭が王家であるのは、なんという皮肉か。だが真の忠臣であるならば、仕えるべき王を諫め、その存在でもって抑止力とすることをチャリス家は示し続けている。



 この力があるから、カサンドラは噂と言う悪意に晒されても折れることはなかった。この力があるから、国王はわざわざカサンドラをデクスターの相手として選んだ。カサンドラとチャリス家の血統魔法の内容を知らずに侮ったのはデクスターの何よりの敗因であっただろう。知っていれば、己が魔法の対象とされることを避け、国王の意図を悟れたかもしれない。愚かな言動を慎み、自ら弁えて引くことで生き永らえよと。国王とてデクスターの危うさと愚かさを知らぬわけではなかったから。

 けれど国王のその配慮は遅きに過ぎた。何故なら、デクスターが生まれた二十年前から結末は定められていたのだから。



 彼が傲慢であるように。彼が狭い視野しか持たぬように。彼の思考が浅いものにしかならないように。奢侈や甘言、快楽に弱くあるように。



 デクスターは生まれ落ちたその日から、彼が増長するよう、言葉の毒を毎日少しずつ与えられて育ったのだ。細やかに密やかに、守る国王の指の間を抜けて滴らせた毒が、確実に回るように。

 彼を守り育むはずの乳母、侍女に侍従、護衛。成長すれば側近の内にも毒の舌があった。個々が垂らす毒は僅かであっても、積もり積もれば致死量に達する。


 愛妾を持つことで裏切った国王への制裁のひとつとして、正妃はデクスターを生贄となるよう注意深く育てた。王命を使って逃がそうとしても、その前に自滅するように。国家の重鎮たちもそれを後押して協力した。

 すべては国王の咎ゆえに。


 それらを国王がすべて知っていたかというと、そうではないだろう。国を治める者としては悪くはない王である。ただ男として夫としては足りなかっただけなのだ。妻たちに甘えて、妻たちの恨みを甘くみていた。


 彼女たちは決して、裏切った夫を、唆した女を、その二人から生まれた子供を許すことはない。政略で結ばれた縁ではあるが、良き夫婦でありたいと、愛し愛される存在となりたいと嫁いできた彼女たちの心を踏みにじったのは国王なのだから。殊に、他国から嫁した正妃は、この国が愛妾を疎む背景を知っていた。曾祖父の愚行を言い聞かされて育った国王が同じ轍を踏むはずはなかろうと、役目を受け入れたというのに。

 そして国を傾けた王を忠臣たちもまた許さなかったが故に。


 デクスターはここまで愚かに仕上がったのだ。




「デクスターを拘束し、一般牢へと放り込め。国家転覆を目論む大罪人である。やれ」

 国王は一挙に老け込んだ顔で近衛に命じ、杖で床を強く叩いて会場内の耳目を集める。


「チャリス伯爵令嬢の披露、見事であった。チャリス伯以下の奉納をこれから受け取る。儀式がすべて終了した時点で、朕は玉座を退き、王太子に後を譲ることとする。それまではしばし、朕が玉座にあることを赦せ」

 波が引くように、会場にいるすべての貴族が一斉に深く礼を取る。この日、記念すべき日に、新たな王が誕生することが決まった。




 カサンドラは確かに噂の払拭に疲れていた。けれど途中から自ら噂を煽る方に舵を切ることにしたのだ。この儀式の日に彼に魔法をかけられるよう調整し、デクスターの破滅を早めるために。

 デクスターがカサンドラを認められないと思っていた以上に強く、カサンドラもまた、デクスターを婿として迎える気は最初からなかった。


 通常であれば臣下が王命に背くことなどできるはずがない。

 だが婚姻する前にデクスターが失脚なり死去するなりすれば、さしもの王命も意味がなくなる。

 だから、彼がより愚かに踊れるように、甘んじて噂を助長させたのだ。心が血を流しても耐えて。

 正妃たちによる毒は彼の全身に回り切っていた。足りなかったあとひと押しをカサンドラがしただけ。



 カサンドラには正妃と側妃との交流が以前からあった。彼女たちとて、常に悪意と殺意から身を守らねばならない立場だ。『審判の目』というチャリス家の血統魔法に頼りたい場面があり、後宮の性質上、男子ではなく女子であるカサンドラを招いて「処理」をすることがあった。

 その縁で親しくなり、表立っていない事柄をも見聞きする。デクスターの件もそのひとつだ。彼女たちの王への怒りがデクスターを自滅させようとしていることさえ。まさか自分との婚約という災難を呼ぶとは思ってもみなかったが。


 近衛に連行されて去っていくデクスターの口からは、まだ効果が切れていないために、大小の所業や思惑が垂れ流されているままだ。きっとこのまま尋問へと移行することだろう。

 視界の端からも、自分の人生からも消えるデクスターをカサンドラが惜しむことはない。ただ憐れみ、嘲笑し、忘れていくだけの存在へと成り下がったのだから。



(お可哀そうなデクスター殿下。ですけれど二十年も良い夢を見られたのですもの。十分ではないかしら?

 わたくしもあなたに毒を注いだ一人ですのよ。あなたが悪意あるわたくしの噂を次々に流したりされなければ、もう少し優しい効き目の毒を選びましたのに。さすがに周囲に信じて貰えないのは堪えました。その分、派手に散っていただいたとしても、きっと許されると思うのですわ。


 間もなく大罪人として、あなたは本物の毒杯を授かるでしょう。陛下はきっと苦しまずに逝ける毒をと命じられるのでしょうけれど、あなたの手元に届くころには、何日ももがき苦しむような毒にすり替わっていることでしょう。

 それに関してわたくしが『審判の目』を使うことはございません。わたくしを不当に貶めたあなたのために使うなんてありえませんもの。


 恨むならばどうぞあなたの御父上に。

 かのお方が愛妾を迎えられなければ、こんな結末にはならなかったはずですもの。正妃様も側妃様も、女として傷つけられた痛みをあなたで晴らした。


 そして血統魔法の後継者は、先祖の記憶をも継ぐのです。


 希望と熱意に満ち、多くの血を流しながら仕えるべき主を得られた幸運に、身を粉にしてもと国家の礎となることを選んだ初代たちの記憶も。

 自分の娘ほどの歳の愛妾に溺れて、盟約を蔑ろにして危うく国家を滅ぼしかけた三代前、いえもう四代前の国王の裏切りに対する怒りと失望も。

 どれもが鮮やかにこの魂に刻まれているのです。


 血統魔法の継嗣を意図的に決定するために、代々の国王から徐々にその記憶が薄れていっているのは存じております。ですが、記憶がなくとも、語り継ぎ、行動を正すことはできるはずなのです。

 法で縛り、教育の過程でくどい程過去の王の所業を言い聞かせ、道を誤らぬよう導かれたはずなのに。あなたの御父上は愛妾を迎えられた。


 ええ、国王であっても、一人の人間であり、一人の男であると。それは承知しておりますとも。異性への愛情の発露が男女で差があることも。恋と欲がどれほど抗い難いものであるかも。『審判の目』は無知な箱入り娘のままではいさせてはくれませんでした。我が身で経験がなくとも、思い知らされて参りました。ですから、陛下が愛を正妃様たち以外に求められたお気持ちも理解しているかと思います。


 ただ、そのお立場では許されなかっただけのお話ですの。

 自ら愚王の所業を見聞きした存命の者すらまだおりますのよ? 三代経ったからとて風化するほどの昔のことでもございません。

 この国は実際に滅びかけたのですから。かの愚王がどれほど罪深かったか、忘れてはならなかったのです。


 あなたのお母君は、権力も身分も地位もなく。追従する人間からも切り離されて無力化されておりました。かつての愚王の寵姫のような振る舞いは決してできぬようにと取り図らわれて。

 そこまで警戒されていたのは、国王という存在にすべてを覆す力があるからです。たかが愛妾ひとりと侮っておれば、また足を掬われるかもしれぬではないですか。


 ならば国王の権勢を削げば良いのかもしれません。けれど他国との軋轢を乗り越えるためには、ある程度以上の力は必要となるでしょう。いずれは名ばかりの存在となるやもしれませんが、今はまだ、その時ではございません。その日まで臣らは、忠実な徒でありましょう。国王その人でなく、王家と国家に。


 次はどうか、ゆめゆめも王族などに生まれて来られないことをお祈りいたしますわね?)



 (チャリス)は時に毒を滴らせて悪意を晒す審判を下すのだ。



裏タイトル「王子を愚かに育てて自滅させるまでのRTA」。

婚約破棄を言い出すような王子は、愚かであってくれた方がざまぁはすっきりする。でももし、最初から愚かになるよう恣意的に育てられていたとしたら?


嫌な噂を立てられても、誰にも信じて貰えない主人公ということで、名前は自然にカサンドラになりました。カサンドラ、もしくはカッサンドラ。ギリシア神話の悲劇の主人公。理不尽過ぎて腹が立つほどの悲惨な境遇は、下手なドアマットヒロインよりもはるかに憐れ。彼女にこそ復讐させてやりたいものですが。


「真の貴族」は普通の魔法も使えます。それに加えての血統魔法という。物理系、精神系と、家によって傾向はばらばら。公爵家はどの家も血統魔法がマップ兵器。凶悪。


血統魔法を発動できるのは世代ごとに一人だけ。発動して当主となると、次世代の候補者が分かるようになりますので、集めて教育します。発動を促すための教育は、一般的な魔法を上達させることになりますので当主になれずとも無駄ではなく、この国の魔法の練度を底上げします。発動できなかった候補者は、次期当主の側近となることが決まっており、その中から配偶者が選ばれることも多いです。ただ、それも行き過ぎると血が濃くなりすぎるので、他家との婚姻を検討することに。カサンドラは従兄妹同士の婚姻が二代続いた娘なので、他家からの婿が必要でした。王子の自滅ですので、カサンドラの悪評は払拭され、今度は良縁を得ることでしょう。


たかが国王が愛妾を持っただけで、ここまで警戒せんでも、と思わないでもないですが、臣下一同、王の愛妾という存在そのものにアレルギー反応起こすようになっておりまして。愚王の罪は重い。


シリアスにダークにヒストリカルにいっちゃった後に、脳天気なお話はいかがですか?

『南の島で魔王と踊ろう』パキッと強いヒロインがお待ちしております(宣伝)。マイページからどうぞ~。

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― 新着の感想 ―
裁判官系統の家を敵に回すとか正気か〈令嬢から離れた人々
中世ヨーロッパの「王の愛妾は人妻のみ」っていうシステムは理に適ってたんだなあ。 実際には夫婦間での接触が一度もなくても名目上夫人の子は夫婦間の子として扱われますし。 夫側も見返りを受けながら第二夫人と…
長年少しずつ盛られて蓄積された毒(悪意)が致死量になって退場したというか、悪意の種がやっと芽吹いたというか…成人までにはやらかすと見込んでたにしろ20年計画は気が長い。真綿で首を絞めたかったんだろうか…
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