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無力な友人が“パっ”とその手を離した

作者: 豚煮豚


 友。

『友』という漢字は手の形と手の形が重なってできた漢字だ。

ということは、友人とは手と手を取り合う関係と言っても間違いではないだろう。

ちょっと前にその意味を理解する機会に恵まれた。

結局のところ、人間なんて機会がないとなにもわからないものだ。

どれだけ大切な物であったとしても、容易に無下にすることができてしまう。

捨ててはいけない物は捨てることができない物ではない。

大切な物は大切にするよう心がけないといけない。

その心がけを発端として、その機会を貰えた場所に一人で居た俺。

とにかく景色が綺麗だった。

ここは百名山にも選ばれているくらい登山に適した山だ。

東北南、どこを見ても絶景で、言葉が出ないくらいに素晴らしい。

ため息が出そうだ、言葉の代わりに。

“ぷはぁー”ってね。


 そんなに高い山でも難しい山でもない。

ガイドブックにはしっかりと初心者マークが描かれていた。

まぁ、本当に初心者向けかは疑問だが、とにかくここはその程度の難度だった。

それでも学習能力の高い俺はしっかりと登山道具を揃えてここに来ていた。

登山家しか着けない帽子に、なんか“ガサゴソ”している風避けのジャケット。

石橋を叩いて渡るためのトレッキングポール。

もはや隙などどこにも存在していない俺。

過剰なまでの重装備でこの絶景と記憶を拝みに来ていた。

拝みのメインは記憶の方だ。

記憶を拝むるば思い出せるものありけりなり。

たまに来るのだ。

来ないともうホントに嫌いになってしまいそうだからだ。

めちゃくちゃなアイツの友人であることはもう疲れる。

マトモな俺は振り回されてばかりだ。

マトモって疲れますよね?


 最近のアイツは友人であるはずの俺に黙って結婚しそうになっていたのだ。

そんなことあっていいのか?

結婚とかすんの? 俺たち。

恋人と破局して、メンタルがヤバくなっているアイツが家に来た。

錯乱状態のアイツはいろんなことを喋る喋る。

お酒が入っていたからか、詳しいことを知らない俺の前で詳細な話をするする。

恋人が居ることすら知らなかった俺はなんの話をしているのかわからなかった。

が、話が進むに連れて状況を理解するする。

理解したことで“グツグツ”の怒りが底から沸いて出てきた。

シチューみたいな“ドロドロ”系のスープみたいな“グツグツ”。

さすがに泣きじゃくっているアイツの前で怒るようなことはなかった。

しかし、気が済んだアイツが帰って一人になるとそれが爆発しそうになる。

あり得なくないか? いうてそれなりの関係の俺になんにも報告ないの。

もう本当に友人を止めてやろうかと本気で思ったが、その前にここに来てみた。

そういう風に決めていたからちゃんと来てみたのだ。

すると、やっぱり気持ちはちゃんと洗われる。

もうちょっとだけ一応的な友人でいてあげてもいいかもしれない。

一応ね? 念のためにね?


 さて、そろそろ帰るとするか。

“サー……サー……”という川のせせらぎも聞き飽きた。

こんなところにまで来て、くだらないアイツの友人であろうとする俺。

どんだけ徳を積んでいるんだよ。

徳だけでヒルズができるぞ。

徳高き俺の徳だけで億ションが建築できるぞ、都内の一等地に。

こんなに人間を大事にすることができる人間が他にいるか?

結婚しそうなことさえ内緒にしていたアイツのためにできるか?

わざわざ非常識なアイツを許してやるためだけにこんなところに来てね。

ヤバイくらいにいい奴な俺。

蕩佚(とういつ)的な気持ちになることができた。

やっぱり大自然とは凄まじい物だな。

なんか、もう言葉にできない。

いや、筆舌に尽くしがたけりなり。


 まだ頂上まで到達していない俺は下山の準備を始めた。

なぜならば、ここまで来ればもう十分だったからだ。

山の途中にあるちょっと崖のようになっているその場所。

ここに来さえすればもう十分だった。

拝むようにそれを眺めたあと、ちょっとだけ頭を下げて気持ちを切り替える。

そして、切り替わった気持ちで人一倍気を付けながら山道を降りる。

もう二度とここには来たくないが、どうだろうなぁ。

きっとまたここに来ることになるんだろうなぁ。

別に趣味が登山ってわけではないんだけどなぁ。

なんだったら登山怖いから嫌いよりなんだけどなぁ。

マジで本当にいつかは友人辞めてやろうかな・・・って、危ない。

さっき綺麗になったばかりの心がまた荒みはじめてしまった。

なので、俺は深呼吸をする。

マイナスイオンだのなんだのと呼ばれている清廉(せいれん)な物を取り入れようとする。

そして、深く息を吐いて、下山を再開した。

まぁ、もう友情ってよくわからないものですよね、マジで。


 友との思い出。

それは綺麗なばかりではない。

それは汚いばかりでもない。

友とは時間を共有するもの。

価値や出来事を共有するもの。

だからこそ時に不快にもなる。

マジでホントに嫌いにもなる。

それでもそれより大事ななにか。

嫌いなんかより大事ななにか。

大変なときに助けてくれるか。

それか、手を取って肩を貸せるか。

とにかく友とはそういうものだ。

シモン・・・じゃなくて友人万歳。

友人サンキュー、友人賛歌。


「ファイトォォ~~!!」

「いぃぃっかぁい!!!」


 山登りをしに山へ来てみた俺。

季節は夏と秋の間で、まだ紅葉の気配すらなく木々は青々としている。

でもその青さがよかった、逆に。

風流でごじゃった。

名山勝川(めいざんしょうせん)と言った感じで、川のせせらぎもよかった。

“サー……サー……”って。

山に居るのはいつも一緒に遊んでいる友人と景色に見惚れている俺の二人。

学校で仲良くなったという、よくある感じの友人。

ちょっとだけ悪友的な風味もあるが、まぁ、普通の友人だった。

二人とも登山着は着ていなかったが、足元だけはちゃんとした物を買っていた。

普通に汚れが着くのが嫌すぎたから買っているだけ、と言えばだけの靴。

ここはガイドブックにも百名山だがなんだか書いてあった有名な山だ。

名山と呼ばれるだけあって景観が素晴らしい。

南の方を向けば人の少なさそうな集落。

北の方を向けば「見晴るかせ!」と言わんばかりの山脈。

東の方を向けば海。巨大な海。

西の方を向けば、西にはなにもない。普通の景色だった。

そんな名山に来ていた俺たちがしていたのはまさかの『ファイト一回』。

(『ファイト一回』とはシモン・オオスギというタレントの有名なCM)

雄大な自然の中、あの栄養ドリンクのCMと同じ状況になっていた。

言わなくてもわかるはずだが、CMの状況を説明するとしよう。

ぬかるんだ道に滑り、滑落したことで崖から崖の下へ落ちそうになっている男。

(滑落しそうになっているのがシモン・オオスギ)

そんな男を崖の上の別の男が掴み、崖の上へ引っ張りあげようとする。

崖の上の男と崖の下の男が助け合おうとする、そんなCM。

そう。山を舐めていた俺たちは崖から落ちそうになっていた。

ちなみに、腕が千切れそうになっている俺が下だった。

つまりはシモン側だった。死にかけていた。


(風情があってよいでおじゃるなぁ・・・)

とさっきまで思っていた「ホーホケキョ」という鳥の鳴き声さえうざい。

目の前には“ゴツゴツ”とした岩肌があり、落ちるときに擦った顔面が痛い。

そして、それよりも痛い、今にも千切れてしまいそうな右腕。

全身から吹き出してくるように出てくる汗汗汗。

山登りだ。順風満帆に行くわけがない。

そんなことはわかっていたが、あまりにも急すぎる。

さっきまではそれなりに楽しんでいたはずなのに、もうそんな余地はない。

デッド・オア・アライブ、だ。

死にかけている俺にとっては無限に感じた数分間。

さすがにお互いの筋肉はもう限界だった。

こんなことならばなにか筋トレでもしておくんだった。

「筋肉は裏切らない」という言葉を聞いたことがある。

しかし、それはあくまでもマッチョにのみ適応される言葉らしい。

貧弱な俺の筋肉は容易に俺のことを裏切りそうだ。

それによって自分の運動すら止まったとしても裏切ることを選びそうなのだ。

俺の筋肉は俺が生きていることで初めて活動することができるというのに。

なんという恩知らずな裏切り者なのだろうか、まだ裏切られてはないが。

そして、筋肉なんかよりも、なによりも自分を裏切りそうな存在がいた。


「ごめん! もう無理だぁぁ!!!」

「待て!! 離したら死ぬ! 離したらわかる!! 死ぬ!!」

「そんなこと言われてもなぁ!!――ん?」

「どうしたっ!? なにか見つけたの――うわぁぁぁぁ!!!」


「もう無理だぁぁ!」と言われたとき。

そのときから嫌な予感はしていた。

なぜならば根性がないコイツのことはよく知ってるからだ。

ダメダメなコイツが「無理だ」と言ったときは諦めるときだ。

だから生殺与奪の権を握られている俺は必死に命乞いをしてみた。

しかし、その権ごと右手を離されてしまった。

その瞬間に、なにか走馬灯のような物が頭を巡る。

両親の顔、兄妹喧嘩、愛犬のペン。

そして、『ファイト一回』のシモン・オオスギ。

さっきまでこのことを考えていたせいでなんか混ざってきた。

走馬灯の内の半分はシモンだった。

父、シモン、母、シモン、兄、シモン、妹、シモン、ペン、シモン、ペン。

文字に起こすならばこんな感じだろう。

そして、その最後に見えたのは、裏切り者であるコイツの顔だった。

長尺で見えた。


 クズとしか言いようがないコイツ。

心が枯燥(こそう)してしまっていて“カサカサ”なんだろうな。

触ったらきっと水分が抜き取られてしまうんだ。

思えば、これまでもそんなようなことは何度もあった。

普通に傘を勝手に使われたこともあった。

失くしたはずのゲームソフトが犯罪者的なコイツの家に有ったこともあった。

なんでかは知らんが不意に石を投げられたこともあった。

こんな奴と友だちだったなんて、恥ずかしいことだ。

でも、こんな奴でも、友だちだったんだ。

孤独な俺にとって、唯一であり、無二の友だち。

手を取り合えるような仲だったのだ。

無限に引き伸ばされているかのような死に際でそんなことを思った。

死という方向性へ向かっているはずだった俺。

脳内に恨み節ばかりが炸裂していた俺。

なんとか助かろうと崖に身体を押し付け勢いを殺そうとした。

しかし、ちょっとあまりにも痛すぎて無理だった。

たとえるならば全身を大男に金たわしで洗われているような感じ。

もう全身から血が吹き出してくるのだった。

だから、もう落下することを選んでしまった。

【死】を選んでしまったのだ。


 もうダメだ。

もう死んだ、と思ったが、想像に反して落っこちた俺は無事だった。

絶体絶命の俺は思ったよりも早くに地面に落下した。

そして、思ったよりもそれは痛くなかった。

とはいえ普通に痛かった。

たとえるならば階段の十段目から飛び下りたときのような痛み。

そんなワンパク小僧みたいなことをしたことがある人は多くないだろう。

しかし、ちょうどそれくらいの痛みだったのだ。

なんか、肛門が“ジンジン”する感じの痛みだった。

というか、おそらく本当にそれくらいの高さだったのだろう。

どうやら崖の下にはちょっとした出っ張りがあったようだ。

それこそ人が一人ようやく入れるほどの小さなスペースがあった。

“ちょこん”とした出っ張りに落ちた俺は、普通に痛いだけで済んだ。

おそらくどこも怪我をしていない。

この出っ張りがわかった友人は命乞いをする俺の手を離した。

手を離す前にそのことを一言言っておいてもよかったんじゃないか?

もうちょっと心を隣に置いてくれてもよかったのでは?

親身になってもらってもよかったのでは?

命が助かったのにも関わらず“グダグダ”とくだらないことを考える俺。

そしてなにを思っているのかは知らないが、こっちを見下している友人。

物理的に見下しているだけならいいが、精神的にも見下されていたらどうしよう?

被害妄想か? 考えすぎか?

いや、考えすぎではない可能性は十分すぎるほどに存在している。

体育祭のときに謎に投げられた石のことを未だに根に持っている俺がいるのだ。


 観望(かんぼう)気分の旅はいつの間にか九死に一生の旅になっていた。

悪夢の気分だった。悪い旅、悪夢気分。

もう景色を見るとかなんとかっていう次元じゃない。

あの世とこの世の話だ。

もし仮に景色の話をするとしたらあの世の景色の話だ。

もうこの世の景色の話をしている場合じゃない。

それに、なによりも問題なのは無表情のコイツだ。

なにを考えているのかわからないコイツは本当に心配してくれていたのだろうか?

なんか、もっと他にやり方があったのでは?

なんだろう、なんか、もっと怖さを和らげることができるなにかがあったのでは?

とか、そんなことを無責任に思ってしまう俺は間違ってる?

なんだかんだ助けられちゃってるし。

負い目から来るマイナスの感情の矛先を自分以外の人間に向けているだけか?

今の俺に正常な判断を期待するべきではないかもしれないな。


 帰るまでにしっかりと考えよう。

どうせ下山という作業が待っている。

これで大怪我でもしてれば自力で下山する必要もなかったのだが仕方ない。

時間が経てば経つほど元気になっていく俺。

“ジンジン”も“シンシン”くらいにはなっている。

楽とは言えないが自分の力で山を降りることができそうだ。

登山も友情も遠足も帰るまでが大事なのだ。

いうて友だちが他にいない俺としてはここで絶縁となってしまうのは困る。

なにより、今も俺は崖の出っ張りのとこにいるから助けてもらわないと困る。

困ることだらけだ。

もうちょっとだけこの友情のことを考えよう。

友だちとは手を取り合える関係のことだからな。

これから先も手を繋げるような相手なのかを見定めなければならない。

たしかに俺が迷惑をかけている側面が多分にあるのはわかる。

それでも、なにか友情それ自体が毀損されてしまったような気がした。

今も俺を見ているコイツは憐憫(れんびん)を含んだ瞳をしてる気がする。

おい! 俺のことを哀れむなぁ! たしかに哀れかもしれんが!

考えすぎか?

考えすぎている気がしたので、とりあえず声をかけてみることにした。

 

「おーい。引き上げてくれないか? なにかロープとかないか?」


 聞こえなかったのか、返事がない。

まさか向こうが屍になっているということはあるまい。

返事がないと言ったら屍と相場は決まっているがそうでもないだろう。

――なんだ? と疑問に思っているところに吊るされた縄。

(よくあったなぁ、逆に)とか思いながらその縄を“グルグル”身体に巻いた。

これでいきなり落下することもないだろう。

準備万端の状態で、それを使って“グイグイ”と崖をよじ登る。

「よじ登る」などと簡単そうに言ったがもうめちゃくちゃ大変だった。

そんなことは言うまでもないかもしれないが、もう死ぬほどキツかった。

百キロの石と綱引きをしているような感覚になった。

もちろん、そんな経験なんて全くしたことない。

しかし、ロープを使って上へ登る作業はそれほど大変なものだったのだ。

それなのにどうして返事がないのか。

もうちょっと「頑張れ!」とか言ってもよいのでは?

不信感ばかりが募る。

やっぱりこの男は頼れる友人ではなくて、蔑ろにするべきコイツ(・・・)なのだろうか?

もし、言えそうだったら文句の一つでも言ってやろう。

まぁ、文句を言えるような立場に僕がいないことは知ってますけどね。


 またもや千切れそうになっている腕の痛みと格闘しながら上を目指す。

必死で崖をよじ登った先、目の前には号泣する友人の姿があった。

なんだよおまえ・・・なんだよ、おまえ・・・

さっきまで考えていたことなんて嘘みたいにぶっ飛ぶ。

果たしてぶっ飛ばしていいものかは知らないが、ぶっ飛んだ。

あぶねぇ、ミジンコみたいな俺の気持ちに気づかれなくてよかった。

気づいてないよな?

涙を隠そうとして、“ジロジロ”見ていた俺とは反対側に顔を向ける友人。

とりあえずお礼だけでも言っておこうと思った。

これはもうおそらく言わなければならない感じだ。

ここでなんにも言わなかったら残滓(ざんし)のような“モヤモヤ”が心の一部を占有する。

それはキモかった。


「お、おまえ・・・あ、ありがとな?・・・」

「――大丈夫なのか? 怪我は?」

「怪我はないよ。痛みもそこまでじゃない」

「――そっか」

「じゃ、じゃあ、とりあえず、下りるか? 山?」

「そうだな――てか、あんま見てんじゃねぇよ」

「そ、そうだよな。ご、ごめん」


 全然バレていなかった。

さっきまでの心の罵詈雑言は微塵も気づかれていないみたいだ。

まぁ、言わなきゃバレないよな、態度に出てるわけでもなかったし。

こんなにいい奴だと思わなかった友人との間に沈黙が流れる。

申しわけなさに震える俺は早くこの沈黙を切ってしまいたかった。

でも、今回の件と過去の悪事は別だよな?

走馬灯で悪事をしていた過去のコイツを思い出すのは悪いことじゃないよな?

悪いことをしてきたコイツが悪いような気さえしてきた。

たしかに俺の心は汚れているかもしれない。

しかしながらだからと言って、目の前のコイツが悪くないとは限らないだろう。

そうなると泣いている友人に対して誠実な気持ちを持つ必要もない気がしてきた。

おそらく借りパクされたゲームは売・・・やめとけ!

死んだと思っていた灰がまた復活する前に、口を開いた俺。

これ以上、惨めになってどうするつもりだ。

どんな背景があったとしても、命を助けられた俺がとやかく言う権利はない。

今回のケースの場合は多分本当にそういう資格が全くない。

マジで意味わからんことを思う暇があったら感謝でもせぇ!!


「よし! じゃあ! 帰るか! ごめんな! 本当に助かった! 『本当に助かった!』って言って本当に助かってるケースあるんだなってぐらい助かった!」

「気にすんなって」

「はぁ、まさかこんなことになるとはなぁ」

「――肩、貸すか?」

「へ?」

「痛みはあんだろ? じゃあ、肩貸してやるよ」

「まじか・・・」


 いつの間にか涙が引いていた友人。

その代わりに今度は俺の両の瞳から雫がこぼれそうになっていた。

――イイヤツ――

それ以外の言葉で形容することができないほどの――エエヤツ――

もう、かわいそう――

性格が悪すぎてかわいそうだよ、自分。

あの憐れんでいるような瞳は不純な俺の心の鏡に映し出されていた物なのか?

自分で自分のことを見下すなんてなんと滑稽な存在なんだ。

なんだよ! 手を離されただけじゃないか。

それなのにこんなに“グチグチグチグチ”と、くだらない!

感謝こそすれば恨まなければならない理由などどこにもないのだ!

心を入れ換えろ!


 心を入れ換えようとして、視線を北側に向けた。

そこにはたしかに見晴るかされることを待っているような山脈があった。

青い木々に青い俺の心を受け入れてくれているニュアンスがある。

それにしても景色が綺麗だ。

空は青く、どこまでも澄んでいるし、鳥の鳴き声は心を癒してくれる。

こんな素晴らしい景観の中にいると心が“さらー”と洗われる。

もう悪いことなんてなんにも考えられないくらいに麗しゅうございます。

景色が素晴らしゅうございます。

心が汚くなったらまたこの山に来てみよう。

そうしたら、この【友情】が本物だったことを再確認できる。

そして、どん底まで黒ずんだ俺の心をもう一度“ピカピカ”にするのだ。

反省するしかない。


 無力な友人が“パっ”とその手を離した。

そのときは本当に呪い殺してやろうと思った。

いわゆる末代まで呪ってやる! 状態だ。

そんな状態だった。

目の前の存在が敵にしか思えなかったのだ。

しかし、それは信じられないくらいに勘違いだったのだ。

敵どころか味方だった。

いや、味方どころか友人だったのだ。

友情を感じた俺は、友人の肩を借りた。

もはや全てを受け入れなければならない。

遠慮とは拒絶のことだ。

相手のためなどという言い訳で、この手を払うことなんてできない。

友情がわかってしまった俺にはそんなことはできない。

そんなことをしていいわけがないのだ。

だから、肩を預けることにした。


「ごめんな。ホントに」

「気にすんなって。俺たち、友だちだろ?」

「そうだな。友だちだったわ、忘れてた」

「忘れんなって」


 忘れないようにしなければいけない。

今も真っ赤な瞳で、痛みを抱えている俺に肩を貸してくれている友人を。

そして、シモン・・・じゃなくて、優しい友人のことを。

落ちそうな俺を救ってくれた重なる手のことを。

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