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暁の銃声

― 西暦1895年7月7日 深夜、カブール ―


夜のカブールは重苦しい沈黙に包まれていた。城壁の周囲を巡る衛兵たちの足音すら、どこか緊張を帯びている。だがこの静けさは、嵐の前触れに他ならなかった。


カブール北部、アズィズ・ザミーン・シャーの司令部。


「王宮近衛が動き始めた。第三衛士中隊が今夜未明、我々の兵舎へ突入予定との報」


アズィズは地図から視線を上げた。副官のハキームの報告は、ついに来るべき時が来たことを告げていた。


「つまり、粛清か。……連中に先を越されては我々が消える」


兵舎の壁には、自らの手で描いた組織図が掲げられていた。軍事改革を進め、教育制度の再構築に着手し、山岳砲兵部隊の近代化にすら着手したアズィズ派。しかし、成果が出始めたからこそ、王政保守派の妬みと警戒は激しさを増していた。


「よかろう。今夜二時、こちらから動く。治安回復の名のもとに」


「自走砲『アサド』の準備は整っています。山砲は調整済み、弾薬も十分に確保しました」


それは当初、騾馬でしか運べなかった山砲を小型車両に搭載し、移動・展開を迅速化したアズィズの実験的兵器だった。機関部はガソリン駆動の簡素な内燃機関、車体は改造された馬車である。粗削りではあるが、機動性と威圧力を兼ね備えていた。


一方、後続にはマキシム機関銃を荷台に搭載した改造貨物車、いわば“テクニカル”が控えている。密輸商から入手した英国製マキシム機関銃を、ドイツ製車両の後ろに据えつけたそれは、古風な戦場において異様な存在感を放っていた。


 


同刻、カブール旧王宮南棟、軍議室。


「閣下、彼らは危険です。王の御威光を軽んじ、兵に教育を施し、村に学校を建てております」


王政保守派の筆頭、カリーム・シャムズの報告に、王弟ナスルッラー・ハーンは不快そうに眉をひそめた。


「農民に学など不要。『王の声が法である』。この国の秩序は千年かけて築かれたものだ」


カリームは深く頭を垂れながらも、どこか不安を拭えなかった。アズィズたちの台頭は、確かに急進的で危険である。だが、兵士たちはアズィズの訓練で秩序を学び、民衆は彼の手で食糧と井戸を得ている。


(……もしかすると、我らの時代は終わったのかもしれぬ)


そう感じたとき、突如、地鳴りのような轟音が王宮の石壁を揺るがした。


 


午前2時05分、西門。


「照準よし、発射!」


自走砲「アサド」から発射された山砲の榴弾が、王宮西門の門楼を吹き飛ばす。夜空に閃光が走り、砕けた石片が火花とともに飛び散る。


「突撃、第一波、テクニカル隊前進!」


サイード・バシャ率いる先遣隊が、エンジン音を唸らせながら突入。荷台に据え付けられたマキシム機関銃が咆哮を上げ、王宮守備隊は為す術なく崩れ落ちる。弾丸の雨の中、かろうじて逃げた兵も、やがて抵抗を諦めて降伏していく。


戦いは実のところ“戦”と呼ぶにはあまりに一方的だった。保守派の兵士の多くは、王に忠誠を誓うよりも自らの懐を気にする傭兵か、素行の悪い徴兵兵ばかりだった。整然としたアズィズ派の部隊に比べ、まともな抵抗線すら張れなかった。


 


午前3時21分、王宮西棟。


「……ナスルッラー・ハーンは爆風による倒壊瓦礫の下で発見されました。即死と思われます」


無線の報に、アズィズは深く息をついた。


「王弟の死は意図したものではない。だが……時代の象徴だ」


アブドゥッラフマーン・ハーンは、わずかな近衛兵を連れて北門から逃走。後に判明した記録によれば、彼はブハラを経てペルシャ方面へ亡命したという。


 


午前5時40分、王宮前広場。


夜明けの薄明の中で、民衆が広場に集まり始める。銃声は止み、空には新たな光が差していた。


アズィズはゆっくりと演壇に立ち、軍服の胸元を正す。


「国民諸君。昨夜の銃声は、叛逆ではない。我らが撃ったのは、暴虐の旧体制である。我らはこの国を、学び、築き、再び偉大な国家に変えるのだ」


その隣には、アマーヌッラー・ハーンが凛として立っていた。若く、誠実で、王家の血を引く象徴にして改革派の同志。


 


こうして――1895年7月7日、カブールにて起きた7•7軍事クーデター(アフガニスタンでは7•7革命)により、長らく続いたアフガニスタンの王政は終焉を迎えた。


王政の廃止とともに、暫定的な軍事政権「国家救済評議会」が設立され、アズィズ・ザミーン・シャーはその議長として国家の全権を掌握する。


王位にはアマーヌッラー・ハーンが象徴として即位し、国家の正統性を維持しながら、改革と近代化の時代が幕を開けた。


アフガニスタン――戦火の中で、新たな夜明けを迎えたのである。

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